1ー4 リア充に『彼女』の話しは災いの元

「礼ッ!ありがとうございました!」


「「「ありがとうございました!」」」


終礼を終え、帰宅の準備をする。

鞄に教材を詰めて帰る者。掃除当番の班で残る者。友人と喋るために残る者。勉強するために残る者。

俺はさっさと鞄に詰めて帰る者の方だ。

昼休み、金子達と言い合いになったり、最後に言った俺の彼女について根掘り葉掘り訊かれそうになったり。

今日は本当に色々な意味で疲れた。

早く帰って、夜飯食って寝たい。

だが、そうは問屋が降ろさなかった。


「境くんや、どこ行こうとしんてんだよ」


背後から肩を掴れる。

ギリシッと骨がミシミシと悲鳴を上げる。

──痛い。


「そうだぞ。水臭いではないか境くんよ。私たちは友達ではないか」


背後から肩を掴まれる。二人目。

またギシッと骨がミシミシと悲鳴を上げる。

──痛い。痛い。


「そんな友達を置いて行かないよな、境くんや。ま、彼女持ちのリア充の境くんはそりゃあ多忙でしょうけど、僕たちとも遊んで行ってくれないか?えェ?」


背後から肩を掴まれる。三人目。

またまたギシッと骨がミシミシと悲鳴を上げる。

──痛い。痛い。痛い。


「は、はあ.........」


振り返るとそこには般若となった金子と佐々宮。血の涙を流す満面スマイルの金剛力士像となった春曰澤がいた。


「「「ちょっと、この後付き合えや。境くん」」」


「...........はい」


俺は無言で頷き、三人に連行された。

それを遠くから眺める神無月先生にペコリと頭だけで挨拶をする。

俺を見る神無月先生はどこか哀れみの目だった事で気持ちに諦めがついた。







この街には色がある。

ペンキや色鉛筆のような物体では無く、概念的な人の奥底から滲み出る本質や理念や歩んできた人生。

それが街.....いや、この島でぐちゃぐちゃにかき混ぜられて塗りたくる。

それを芸術作品と評価する者もいる。

それを凡才の作品と評価する者もいる。

それをこどもの落書きと評価する者もいる。

千差万別。多種多様。

俺はそんな目にみえない人が生み出す残像のような物を受け入れたく無かった。

色は本当にあるのか。色は心の奥底の本質なのか。色は理念を映し出すのか。色は人生の足跡の積み重ねなのか。

一体誰が判断しているのか。

一体誰が認識できるのか。

一体誰が信じるのか。

何も考えずにただ積み上げたグラグラ揺れるブロックタワーのように不安定で歪で脆い。

全部積み上げるなんて幻想で不可能だと、想わせる。無確定の空想。

日常、非日常でも無い、非日常が生まれるための材料、餌。

生まれるかなんて分からないギャンブルだ。

俺は可能性より確実性をとる。

可能性は危なくて将来性も無く、不安定な積み木だ。

だから、俺は確実性をとる。

しっかりと積み上げられた安定感があって、まだまだ積み上げれる将来性を持っている今の積み木を.....。

自分の身勝手な理由で周りを巻き込んだ挙句に元が取れずに.....なんて結末は嫌だから。







7月25日の放課後に昼休みでの事について、仲良く(笑い)話し合おうと無理矢理連行されて、14区の【レールタウン】と呼ばれる所の【世界樹】と言う喫茶店に来ていた。

【世界樹】は喫茶店を昼に営業。夜にBARを営業をしているちょっと変わった特色な店だ。俺は昼の喫茶店より夜のBARの方が気になって、店長に少し訊いてみた。

何でも、夜にBARを営業しているがとてもBARとは言えないらしい。ダーツがある訳でもカクテルが出される訳でもなく、BARの雰囲気だけを全面に押し出した偽物らしい。

店長曰く、BARモドキなのだと。

そんな特色な店で、般若となって満面のスマイルを浮かべる金子と佐々宮。血の涙を滝のように流す不動明王.........不動明王?金剛力士像では.....って、春曰澤だ!

え、なに、何で進化してるの!?

ここに来るまで金剛力士像だったよね!?

そ、それがこ.....こんな化物になってるなんて。春曰澤.....お前、どれだけ俺に彼女がいるの事がショックだったんだ!?


「──さて、境くん。コーヒも飲んだ。一休みもついた。そろそろ、話して貰おうか」


俺は突然の言葉に思考が戻る。

自分は何故ここに連行されたのかを──。

金子.....いや、般若は笑って言う。

さっさと話せ、と。

声に出さずとも般若の笑顔から滲み出る本音が一つの集合体となって僕を襲う。

これはお願いではない。命令であり、強制であり、絶対服従だと。一つの集合体となった何気ない言葉の特性を嫌でも気付かされる。


「え、えっと.....あの、すいませんでした!」


俺は盛大に謝った。

大声でハッキリと相手に伝わるよう。

周りの客が何事かとこっちに視線を向ける。

当然だなと俺は思った。

涙目になる俺。

どうして俺は放課後に喫茶店で頭下げて、理不尽な理由で謝っているのか。

.....俺、悪くなくね?


「すいませんね〜。あのね境くん、俺達は別に怒ってるわけじゃないんだよ」


「いや、めっちゃ怒ってるだろ」


それにお前は彼女の愛澄がいるだろ。

俺は心の中で突っ込みをいれると、


「うるせぇーだよ。このクソリア充が。俺はなお前みたいに毎日毎日手を繋いだり、キスしたり、一緒に風呂入ったり、セ〇クスしたり、SMプレイしたり、騎乗位でベットがギシギシなるくらいセ〇クスしたり、夜遅くに公園で人が来るんじゃないかとハラハラしながらアヘりあったり、セ〇クスしたり、セ.....」


満面スマイルで般若顔の佐々宮はぶつぶつと昼休み以上に己の欲望と嫉妬を吐き続ける。

いつもの佐々宮がぶつぶつと呟いていたなら気持ち悪いで済んだが、満面スマイルで般若顔の佐々宮が呟やくと気持ち悪いを通り過ぎて、最早怖い。

佐々宮が怖すぎて店の子供たちが今にも泣きそうだ。

本当に申し訳ない。

.....ん?ちょっと待てよ。最初の方はともかく、最後の方からただの性癖を暴露してないか?

そもそも内容がリア充の批判なんだけど。


「それ、俺は関係な.........」



「Shut Up!!黙れ!毎日セ〇クス 三昧でウホウホ喘いで腰振ってる、この脳内セ〇クス塗れの原始チンパンジーがッ!!こっちはな!愛澄が初すぎて付き合って1ヶ月も経ったのに手を繋ぐことさえできていないんだぞ!初を改善するためにトレーニングを積んで、最近やっと下の名前で呼べるようになったんだぞ!!ここまで1ヵ月!1ヵ月も掛かったんだぞ!?セ〇クスに辿り着くまでには何年掛かるっていうんだよ!?ん?セ〇クス目的だって?──違うわボケッ!!愛澄だからだよ!初めて本気で好きになった相手だからこそ熱い熱い激しいセ〇クスをしたいと思ったんだよ!あぁ、セ〇クスしたい。セ〇クスセ〇クスセ〇クスセ〇クス──セ〇クス!!」



俺は沈黙した。

金子達も沈黙した。

空気も沈黙した。

店内も沈黙した。

ほんの一瞬だが、彼.....佐々宮武は、地球を世界を置いてぼけりにし、彼だけが時の流れに逆らい加速した。



「「「あ、あぁ、佐々宮さんすんげ〜」」」



と、店内の人達全員が同時に呟いた。

この時、人々が初めて一つになった。

──佐々宮武を除いて。


.....何やってんだ俺達?




「んで?本題は何だよ?」


あの後、色々と大変だったけど一先ずあの場は治まった。

佐々宮は【ナックルナルド】の格闘家兼の店長に撲滅壊滅裏道場に連れてかれた。 噂では、世界から抹消された元殺し屋や伝説の傭兵、破壊神とかホモ王とか富愚与荷ふくよかなんて呼ばれる猛者を集った大会が年に1回開かれるらしい。

【ナックルナルド】の店長のMr.我莉羅がりらがちょうど今日、7月25日が開催日だったので、佐々宮をそこへ出場させると言っていた。

.........それだけだ。うん。

さらば佐々宮武。


ま、お巫山戯はここまでだ。

俺も気の長い方じゃない。

早く済ませて帰りたい。


「こっちは連行されて来たんだ。つまんねぇ理由だったら.....ぶっ飛ばすぞ」


「お前の彼女について」


呆気なく、短調に、軽く、いつものニヤニヤ顔に戻った金子は言った。

ふ、ふざけんなよ!俺を連行させてまで訊きたい理由が『俺の彼女について』と吐かしたぞこのクソ野郎は!?

俺は唖然となった。


「ふざんけんなよ金子!俺はそんなくだらねぇ事を質問されに来たってのか!?」


俺は声を張り上げる。

店内で謝った時の恥ずかしさを返せ。


「怖ぇ怖ぇ。そんな怒んなよ境。何も無理矢理聞き出そうとしようとしてんる訳じゃ無いんだからさ.....」


金子は落ち着け落ち着け、とジェスチャーする。


「.....それはそうだが」


「だろ?ならさ、そんな声張り上げずに穏便にいこうぜ〜。穏便に、さっ」


俺は注文したメロンソーダを手に取って、ストローを咥える。

飲み物でも飲んで、一旦落ち着いて、このぐだぐだな展開の流れを変えようとする。


「ん!」


ストローを口から離し、手に取ったメロンソーダを凝視する。


「う、うんめぇ〜!」


「それ、うめぇーだろ。この店の裏看板メニューだ!」


と、珍しいく丁寧に教えてくれた。


「ごくん。.....確かにとても美味い。この枯れた喉に届く爽やかさ。枯れた大地に降り注ぐ恵みの雨のような高揚感。一見キツそうに見えるこのシュワシュワの炭酸だが、飲んでみるとそんなに強くなく、客が理想とする絶妙な炭酸加減だ。盛ってるアイスも冷たくて口当たりが良く、それ単体だけを食べるとすぐ溶けて秘められていた甘味の爆弾が口いっぱいに広がる。メロンソーダとアイスの両方を一緒に食べると、炭酸のシュワシュワな爽快感とアイスの甘味が美味さの黄金律を兼ね備えて完全無欠の絶妙なハーモニーを口.....いや、身体全身に奏でる。これは人類が、生命が到達した一種の極点だ!」


「.........読者への説明どうもありがとよ」


金子は何かメタ的な言葉を発してるが、無視しよう。

俺はこの神秘的な味の余韻浸りたい。

それからも説明口調は止まらず、飲んだり語ったりして10分過ぎた頃、


「そろそろ話してくれねぇかな?」


「.....何を」


「もち、彼女についてだ」


やっぱり、と俺は嘆息する。

若干わざとやっていた説明口調で有耶無耶にできたかと小さな希望を持っていたが、やはり金子の言う通り、俺は嘘が、流れを変える事が苦手らしい。

もう一度深い嘆息を吐き、


「何でそこまで訊きたいんだ?.....こんな事は言いたく無いが、今回は異常だぞ。金子、お前は特にだ。いつものおちゃらけじゃないんのか?」


俺は金子に訊ねると、金子は注文した麦茶ソーダをゴクゴクと瞬く間に飲み干し、


「.....それはお前の態度が原因だ」


と、切り返された。

え、俺の態度が原因だと?

俺は昼休みの時のように硬直する。

今日の俺はどうした、と自分自身に問いかける。

いつもはこんなに迫られたりしないぞ。


「...........次は、一体何が可笑しいんだよ?」


と、俺は金子に訊く。

また、俺は何かしたのか。

また、俺は金子達に気を遣わせる何かをしたのか。

考えても答えに心当たりが無い自分自身に自己嫌悪を向ける。


「今回のは昼休みの時みたいにあからさまな態度じゃねぇ。お前の動作のひとつひとつが『彼女』の話題になると、敏感に、小さく、細かく、反応してる」


金子の分かりにくい説明に俺は黙るしか無かった。

.....ここ数日で分かった。俺は自分自身に無頓着で鈍感だという事に。

自分自身の本音も分からない俺に、どうして自分の本音を曝け出せる金子を止める事ができようか。


「.....簡単に言うとだな、お前は『彼女』という存在に嫌悪、恐怖に似た感情を向けているという訳だ。分かったかな境くん〜」


金子の言葉に俺は押し黙る。

なぜなら、金子の主張は正しいとも取れるし間違いとも取れる答えだったから。

.....自分でも分かっていたから。


「……別に、嫌悪や恐怖なんて抱いないんだが、傍から見ると、そう映るんだろうな」


「何だ、その思わせ振りの言葉は?訳ありか?」


「シリアスな事情じゃないよ。……“彼女”とは7年近く会ってないから、自分に『彼女』なんて存在がいた事自体を本当に忘れていただけなんだ……」


「はぁ!?.....7年も会ってやってねぇのかよ!?」


「違う!俺が、じゃなくて、“彼女”が、だから!」


「会いに行ってやれよ!」


「どこに居るかが分からないんだよ!」


「はあああぁぁぁぁぁぁ!!!???」


金子は盛大に驚いた後、頭を抱えたり、頭をグラグラ揺らしたり、何故かシャドウボクシングしたり、戸惑ってるというより、


「…………ちょっと、整理させろ」


この話に辿り着くまでの過程が長すぎて、脳の処理能力が著しく低下していた。

金子は麦茶ソーダを注文し、それが来ると一気に飲み干し、「ぶはぁ~」とオッサンくさい息を吐き、こちらに視線を向ける。


「……つまり何だ?“彼女”はいる。でも、7年も会ってもいない、話してもいないから、昼休みに佐々宮の彼女の話題になるまで、自分に“彼女”がいるこ自体わすれていた、と。そういう事だよな?」


「ああ」


金子は再び深い溜息を吐いた後、口を開く。


「それ、彼女がいるって言うのか?」


「う.........!」


金子の言葉は俺の言動に致命傷を与える言葉だった。

分かっていた。気付いていた。

それでも、完全に否定はしなかった俺は彼女の事が好きなのだ、と思った。


「金子、この話止めないか?」


「.....お前の反応見て、オレが関与する案件じゃねぇ事は理解できた。だが、このままじゃオチがねぇ。締まりが悪い。中途半端に追求して、頑張って書いてみました、みたいな文章をベラベラと喋って日常風景のシーンのクソ再現してる今この状況を少しでも和らげる言葉がねぇとダメだ。じゃねぇと終わりたくても終われねぇ。──さぁ、言えよ境。この三文芝居に幕を降ろす締めの言葉を言えよ」


と、金子は天を仰ぐような体勢で神のお告げのように逆らえない絶対命令のように俺に、境零士に言い放った。

俺は一呼吸を置いて、



「──続きはCMの後で」


「オリャャャアアアア!」


「──グフォ!?」



その瞬間に金子の黄金の右ストレートが俺の右頬にめり込み、スケートのトリプルアクセルを超えるフィフティーンアクセルを店内で成功させ、視界がブラックアウトする前に見た金子の顔.....では無く、隣りの不動明王になった春日澤のしめしめという顔に怒りを覚えたのを最後に俺の意識は現世と乖離した。















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境界線上の生命録書 雪純初 @oogundam

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