行間1

繁華街の14区店にあるとある店。

店内は繁盛はんじょうしてるとは言い難いが、6、7人は客がいる。

その6、7人の内の1人、真っ白な上着を着ている20〜30代辺りの男性がテーブル席の1つに着いていた。

かれはある飲料水を注文した。

緑色の液体。下から上へと反重力のように浮かび上がる無数の泡。グラスの中央にデカデカとあるキラビラやかで店の電球で光り輝く真っ白な物体。グラスの片隅かたすみにちょこんとかざられてる紅色あかいろの小さな葉っぱ。芸術的にえられたストロー。その総てがその飲み物を完成させる星々ほしぼしだ。

男はごくりとつばを飲み込む。

待ってましたと言わばかりに、男の顔は口元を歪める。


「あぁ、やっとだ」と男がこぼす。


男は思う。

あらゆる労働は1つの“対価”でおぎなわれる。

──それは何か。人によって答え違う。金。女。家族。笑顔。統一して同様の“対価”を払う事は出来ない。その中で共通するものがある。それは──。


達成感たっせいかんだ」


と、男はが答える。

どんな“対価”でもを手に入れた時、人は無意識に『達成感』を胸の中に抱く。ソレを手に入れる過程が険しい程、『達成感』は大きく、増大する。『達成感』は人を時にくるわす麻薬まやくのようなものだ。あやまれば、その『達成感』に呑まれ、俗に言う『悪党あくとう』に成り下がる。だから、取り扱う際には十分に注意するべきだ。

と、男は『達成感』の取り扱いの注意項目の一部を読み上げる。


「──お客様、お早めに飲んだ方が宜しいかと。飲み物がぬるくなってしまいますし.....」


この店の店長が、目の前の“対価”に感激していた私に注意を促す。


「ありがとう。早速さっそく飲むとするよ。今日はコレを楽しみにしていたからな」


と、男は感謝の言葉を伝え、それを受けた店長もペコリと頭を下げて、自らの作業に戻っていく。

男は目の前の完成された一般人でも手に入いる芸術的なまでの飲み物。


──“メロンソーダ”を掴む。


男は子供が欲しい玩具おもちゃを買おうとする時に抱くドキドキを胸にストローに口を付ける。

男はチョロチョロ飲むのは好きでは無い。だから、男はズッと一気にメロンソーダを半分まで飲み干す。少々汚い飲み方かもしれないが男にとってはコレが大人になって見つけた最高のメロンソーダの飲み方だ。

ごくんとメロンソーダが のどを通る。

炭酸特有のシュワシュワが仕事で疲れた男の身体からだをマッサージするかのような感覚が男の身体を覆う。

メロンの甘味あまみ。炭酸のシュワシュワ。

ソレは男を昔の記憶へといざなう。


男は思い出す。

子供の頃、部活帰りに自販機じはんきで買った炭酸飲料を。部活での疲れが吹っ飛ぶ程の爽快感そうかいかん。やみつきになったものだ。

男はストローに先端に付いたスプーンで中央にある丁度良く溶けた光り輝くアイスにスプーンを伸ばす。

良い感じだ、と男は思った。

スプーンでアイスをすくう。口に含む。

この動作がとても長く感じた。人は楽しい時は時間が進むのが早いと言うが、私にしてみれば楽しみの時間だからこそ長く、そして鮮明に感じる。

口に含んだ時にはアイスは溶け、アイスの旨味が口の中に広がる。その瞬間、全身を旨味という名の幸福感こうふくかんが走る。


「あぁ、美味い」


男は幸福の吐息を零す。

やはり、メロンソーダの上に乗せてあるアイスこそが『最高のアイス』だと男は再確認する。

次に男は幅の狭いスプーンにアイス出来るだけ大量に乗せ、メロンソーダに浸す。


「(ふっ)」


メロンソーダとアイスが調和ちょうわしていると男は心の中で喜びの声を静かに呟く。

調和したメロンソーダアイス(命名)を食べる。


「(オォォォッ!)」


男の身体をメロンソーダアイスが雷のように脳から爪先を貫く。アイスの甘さ。メロンソーダの甘さがあるシュワシュワ。その2つが調和される事によって、メロンソーダとアイスは新たな次元へと到達とうたつしたのだ。そして、男は──。


「(ふっ!アハハハハハハハッ!アハハハハハハハハハハハッ!!アハハハハハハハハハハハハハッ!!!アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」


男は笑う。男の心の中で。

それも止めようの無い激流のように。

それから男は暴走列車の如く手を休ませず、飲む。掬う。掬って食う。の繰り返しだった。

誰も男を止められない。そもそも、男の心の中は誰にも分から無いのだから止めようが無いのだが。

そして、男は紅い小さな葉っぱ──チェリーをグラスの底に残した。


「(さて、最後のデザートだ)」


男はグラスの底にポツンと残ったチェリーを右人差し指と右親指でつまむ。

グラスに当たらないようにゆっくりかつ、迅速にチェリーを取り出す。

チェリーはメロンソーダによって煌めく星のようだった。


「(ふっ。素晴らしいぞチェリー!)」


男は喜ぶ。

顔には出さないが、男の斜め前で作業する店長には男が喜んでいる事がすぐに分かった。

男は摘んだチェリーを手馴れた動作で口に運ぶ。へたと葉っぱ、両方を食べる。

男は辺りを見回し、客が少ない事を再確認する。


「(ふっ。客が少ない今日ならをやっても気付きはしないだろう)」


男は口の中のチェリーを舌で上手く操作し、男が一度はやってみたいアレ──。


──『チェリーを舌で結ぶ』にチャレンジする。


男は事前にネットで調べたそれっぽい事を実行するが、中々結べない。


「(ふっ。くそッ!中々難しいな。ネットじゃこんな感じで出来てたのに)」


男は舌使したづかいに慣れて無かった。

それは、男に今まで彼女がいなかった事の証拠しょつこになるのだが、今は置いておこう。


──結局、男は結べ無かった。


だがしかし。男に悔しさは無い。

一朝一夕で出来る事では無い事は分かっていたからだ。


「(ふっ。しかし私は諦めないぞチェリー!いつの日か必ずや勝ってみせよう!その時まで精々待っているがいい。アッハハハ!)」


男は諦めない。

時間はまだまだある。

いつか出来たらそれでいい。

しかし欲を言うなら、『チェリーを口の中で結べる』をかくげいに出来たらな、と思う男であった。

男は綺麗きれいに飲み終えたグラスを店長に渡す。これがテーブル席に座っている客の暗黙あんもくのルールらしい。

男は店長にメロンソーダ280円を支払う。

店長は「ありがとございました」と言い、レシートを男に渡す。

男はレシートを貰い店を出ようとする。

すると──。


「オイ!何ぶつかってんだよ!このオッサンが!」


と、男は不運ふうんにもガラの悪そうな男性にぶつかってしまった。そして──。


「ス.....スンマセンした!」


と、男はペコリと頭を下げ、男性に謝罪を言う。


「チッ、気を付けろよオッサン!」


ガラの悪そうな男性は、そう言って店を出ていった。男は冷や汗を掻く。


「(ふっ。アッブネェエエエ!)」


男は心の中で絶叫ぜっきょうする。

先程までの優雅さ?はどこへやら。


「(やっぱり、真っ白な上着って目立つのだろうか。さっきの奴に顔憶えられたらどうしようー。怖ぇよ)」



──男は臆病者おくびょうもの だった。



男──「中沢なかざわ真人まこと」は今日もちょっとした不運ふうん見舞みまわわれる。












明確な表現は私には出来はないが、あえて言わせてもらおう。

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