1ー1 交差する約33時間前の日常

〈7月25日〉

──どこまでも広がっている青空。

空高く、地平線ちへいせん彼方かなたの先までずっとずっと地球、世界とつながっている。真夏の陽光が大地に降り注ぐ。



とある学校の屋上。

真夏の中に一人、黒髪天パの少年がいた。

真夏の陽光を浴びながら、気持ち良いそよ風を身体全体に受ける。たまに太陽が雲に隠れて作られる陰で陽光を浴びて体温が上がった身体を冷やす。その繰り返し。

そんな繰り返しの中で稀に黒髪天パの少年は左手を伸ばす。

空へ向かって。

グッと空へ向けられた左手は、風で漂う浮雲を捉え、握りしめる。その次には、空高く光り輝く太陽を。

左手の中に何かを握りしめた感触はない。温度も変わらず。黒髪天パの少年は、閉じていた重い瞼を開け、左手の中にある物を見据える。当然、左手の中には何も無かった。黒髪天パの少年は、ただ虚空を握りしめただけだった。

当たり前の結果に少ししつつも、黒髪天パの少年は、ふっと頬を緩める。



──あぁ、俺の日常は変わらず続いてる。



黒髪天パの少年の胸をその言葉が埋め尽くす。埋め尽くすその言葉は安堵によるものか落胆によるものかは一概には決められなかった。安堵しているのは確かだ。また、落胆しているのも確かだ。

安堵も落胆も両方感じたのだが、最も多く胸を埋め尽くしたのは果たしてどちらなのか。それは分からなかった。安堵かもしれない。落胆かもしれない。


もしかすると、丁度半々なのかもしれない。どれも憶測で確証の無いものだ。相手の真意は、ある程度分かるが、自分自身の本音は分からない。何故なぜなら、自分自身の本音などいくらでも上書きできるからだ。自分自身がこれが答えだと思ったとしても、どう判断したらいいのか。判断基準はんだんきじゅんは何なのか。本音など、その時々に発生する『事情』『感情』などで容易に嘘で塗り潰せる。キャンパスに塗った自分の好きな色を誰かに命令され、その色の上からその誰かにとって都合の良い色で自分の好きな色を仕方ないと塗り潰すように。

建前などいくらでもつくれるのだから。

しかし、胸の奥底おくそこにある、自分でも気付いていない本当の気持ち。自分自身では決して開くことは出来ない心の扉。それは、自分では無いによってしか開かないものなのかもしれない、とここ最近はそう感じるようになってきていた。

だとしたら、この行為は無駄で意味が無いのかもしれない。どれだけ回数を重ねたところで何も起きないならば、この場でこの動作をし続ける義理はない。

こんな事をやるそもそもの事の発端は、つい先日、友人に言われたある言葉が原因だ。



── 「お前、今のごく普通の日常に満足してるか?もっと別の非日常が欲しいと思わないのか?変化しねぇ日常という名の平行線を突っ走しって、他の平行線とは交わるつもりは無いのか?」



と。

その友人にとっては、気になったから言っただけの何気なにげない言葉だった。

しかし、その言葉は俺の身体を鎖で縛り尽くすには十分だった。その後、友人にはどうしたのか、と聞かれたが「何でもない」と当たり障りのない返事を返した。

それからだ。俺が自分の日常にどこか物足ものたりないと感じたのは。その時は左胸にポッカリ穴が空いた様な初めて味わう気分だった。それはすぐに霧散むさんしたが、あの時感じたという事実は変わらない。

どれだけ悩んでも、一向いっこうに答えが出ない。そもそも考えることが間違いではないのか。友人の言葉を借りるなら、『考えるな感じろ』ってやつが自分にとっても優しい結末なのかもしれない。誰かに相談などしなかった。母親と父親はにはいないし、兄弟や親戚類もこの島にはいない。友人達に相談するのも手の一つかと一瞬思い至ったがその考えも無しだ。


こんな、悩んでいるのか、苦しんでいるのか、助けて欲しいのか、迷っているのか、解決したいのか、それすらも理解出来ていないのに、そんな状態で相談なんかしたら、余計に気をつかわせる。少なくとも、何に対しての違和感いわかんなのかはっきりしてからだ。そして、考えた中ではっきりしているものが一つある。

──あの日、友人に言わた日から俺のごく普通の人生に刹那だが自分のがぐらっと曲がりくねった。



『自分の人生に変更点が打たれるのはいつも唐突に訪れる』



と、そんな言葉が頭をよぎった。

しかし、そんなものは日常生活で当たり前にあること。ふと自分の日常に何かしらの疑いを向けるのは、多いかは知らないがいることにはいるだろう。俺もその一人だとその時は思った。それでも、違和感は消えない。日に日に薄くなっていく違和感。そして、薄くなっていっても決して消えない違和感。

今では、消えるギリギリ一歩まで来ている。

が、違和感は消えない。

いっそのこと、諦めるのも手だ。いつ消えるか分からないこの違和感にれてごく普通の人生を生きていく。.....もしかすると、いつの日か消えて無くなるかもしれない。明日、1ヵ月、1年、10年後、にいつか.........。



「.....そんな訳にはいかないよな.....日常生活に支障ししょうを犯してないか、と聞かれたら、はいと答えれる自信は今の俺には無いしな。.....屋上まで登って厨二病ちゅうにびょうみたいなことやってるんだからな。そろそろ、答え見つかんねーかな」


そべっていた体勢から起き上がる。

ずっと寝そべっていたせいか、首が痛い。

首筋に手を当て、左右に曲げる。ゴキッゴキッと関節から大きな音が鳴る。屋上で寝そべって空に左手をかかげ握りしめ起き上がって首筋に手を当て左右に曲げて、ゴキッゴキッと大きな音を鳴らす。ここ数日、学校に来るたびに昼休みにやっている。思い返すと、なんて変人じみた繰り返しだろうか。自分の行動ながら顔を手で覆いたくなる。


「だけど、まぁ、ずっと頭の中で色々するより身体を動かした方がしょうにあっているし、前よりはまだましかな。.....神無月かんなづき先生にも一回だけだけど心配されたし、このままじゃいけないよな。.....でもな、方法が他に思いつかないんだよな.....」


頭の中で色々考えたとしても、ごく普通の高校生の俺では突然ピンとくる閃きなんて起きない。精神学・心理学・哲学系の本でも読もうかなとか、ネットの『ばあちゃんの知恵袋ちえぶくろ』サイトで質問を書き込んでみようかなとか、自分探しの旅でも出てみようかなとか、誰にでも行き当る考えに辿り着く。それ以上は進めない。見渡したところで他に道は見当たりそうもない。


「屋上まで登って、それっぽいことしてみたけど。ダメだな。自分が探している違和感、『何か』の先端せんたんだけでも掴めるとか、都合の良い事を考えたけど、収穫は『屋上は意外と人が来ない。ギャルゲーみたいだなー』っていうどうでもいい事だけ」


例えるならアレだな。CM やネットニュースとかで『今日、〇〇の隠された秘密が遂に明らか』にってなかんじで情報が拡散して、放送直後か配信直後の時間帯まで待っていざしてみると、予想通りというかそこまで驚く内容ではなかった時のあのやり切れない気分みたいな。


「不思議と不快感はないけど、これからも.....は厳しいな。.....主に、肉体的では無く精神的にくる。神無月先生や金子かねこの奴らも心配程では無いけど、どこか気を遣ってるし。俺のせいだよな.....。それでもは俺自身で掴みたいものなんだ。だから。失敗?ばかりだけど。そろそろ、本命を当てなきゃな。.....そのためにはまず..... 昼飯食うか。うん。.....」


問題は解決して無いが、後々の事は昼飯食ってからにしよう。腹が空いては戦もできず。

そう決めた瞬間、気が抜けたのかグゥ〜とお腹から大きな音が鳴った。少し呆れた顔をしながら屋上を後にした。







さわがしい教室。

談笑だんしょうが絶えない教室。

4限の授業の内容を消していない黒板。

冷房のいた教室。

色々な食べ物の匂いが漂う教室。

あらかじめ構成された男子グループ、女子グループ、男女グループで各々で昼飯をっている教室。

そんなごく普通の教室の窓際の席。

金髪で金と銀の指輪を片方ずつはめた不良少年。坊主頭にサングラスをかけたヤクザ風の少年。ガタイが良く若干浅黒い茶髪の少年。その3人が昼飯を食いながらゲラゲラと笑って話していた。その3人に声をかける。


「よう。もう昼飯食ってたのか」


「当然だぜ境。昼休み入ってから10分以上経っているじゃないか。俺はそこまで待てるほどお人好しじゃないぜ」


金髪不良少年に境と呼ばれた黒髪天パの少年──さかい零士れいじは「まぁな」と返して自分の席に座る。


「だけど、もう少し待ってくれても良かったんじゃないか。そうしたら、皆で一緒に昼飯食えたのに.....」


「ハッ!オイオイ。境君や。オレ.....オレ達がそんな恋人を待つ彼氏みてえなことするかよ。なんせ個人主義者の固まりだぜオレら。不足してるなら他人から一部を奪え。無いならまるごと奪え。そういう連中だろオレ達は」


胸元のボタンを開け、口が悪く、自分達を個人主義者の集まりと称するこの金髪不良少年

──「金子 かねこ 貴虎たかとら」はニヤニヤと口元を歪めながら本音をぶちまける。


「.........俺、お前が二丁拳銃持って銀髪美少女をニヤニヤしながら撃ってても驚かないわきっと.....」


「ハッ!なんだその具体的な妄想は!」


いや、コイツなら本当にりかねないと思う俺も金子コイツに毒されできてるな、と悲しい現実を受け入れるさかい零士れいじであった。


「まあまあ。落ち着け二人とも。そんな漫画のワンシーンみたいなやりとりなど止めたまえ。遅れてきた境も反省すべき点があるだろう。金子も相変わらず口が悪い。改善すべきではないかね?」


渋い声で説教のするような口ぶりで境と金子をなだめるが、


「うるせぇよこのハゲ!坊さんらしく説教したいならまずはその両手に持ってるエロゲをゴミ箱にダストシュートしてから言えや!」


「同感だ」


俺は金子の言い分に同意し、エロゲを両手に持っているグラサン坊主頭──「春曰澤はるいざわ 晴彦はるひこ」に訴える。

すると、この世の終わりのような表情をする春曰澤。真顔からの豹変ひょうへんがとても気持ち悪かったことは内緒だ。


「何を言っているのかな二人とも。私が今プレイしているのは『エロゲ』などと言う卑猥ひわい破廉恥はれんちな物では無い。『恋愛ゲーム』と言う名のいわば恋愛を勉強でするための教科書バイブルだ」


「それが何か」と恥じる部分は無いと言いたげな春曰澤を冷めた目で見る俺と金子。


「お前。それ本当に言ってるのか?」


「勿論だとも。私は今勉強している(ドヤ)」


グラサンをクイッと上げてドヤ顔の春曰澤。本当に思っているのか、現実から逃げているのかは分からないけど、俺達は知っている。ドヤ顔をしている春曰澤晴彦はるいざわはるひこは──だということを。


「.....なんて救えねー坊主頭ロリコンだ。頭の髪じゃなくて、心の汚れを丸坊主にしてもらったら良かったのに.....」


金子からの辛辣しんらつな言葉をかいさずプレイを続ける春曰澤。呆れるしかない俺。ほんの数秒の沈黙ちんもくが訪れる。



「ったく。何でお前らはいつもそう喧嘩ごしになるんだよ。もうちょっとやわらかい会話が出来ないのか.....」


沈黙を破る声。

やぶったのは、この中で彼女持ちのリア充ライフを謳歌おうかしてる男子──『佐々宮ささみや たける』だった。



「なんだよリア充。何でリア充が非リア充共の友人顔してんだ。リア充は屋上の片隅でセッ〇スでもしてろよ!」


「金子!お前直球すぎんだろ!もっとオブラートに包んで言えよ!」


「え?何で?ごく普通の高校生がセッ〇ス言うのが何処どこが可笑しいんだ。リア充様の佐々宮ささみやたけるが恥じる部分が何処にある。毎日パコパコやってんだろ。女に取っかえひっかえして」


「やってねぇし、彼女は1人だ!」


「ほう、なら童貞どうていか?」


「おう!童貞だ!.........すまん。今のは忘れてくれ。そして、追求するな」


春曰澤は頭を抱えて、俺はそれを見て、春曰澤の彼女を思い返して気付く。


「佐々宮の彼女確か文学系の女の子だっけ?」


記憶が確かなら春曰澤の彼女はいつも本を読んでるイメージが強いけど、人一倍恥ずかし屋で性関係せいかんけいの話題になると真っ赤になって慌てふためいたはず。つまり──。


「キスするだけでも、拒否られるから性行為なんて夢のまた夢か」


「ぐッ!.....拒否られてねーよ!ただうぶなだけだから!ここ最近でやっと名前呼びの関係に進展したから!だから大丈夫だから!高校生の間に童貞卒業してやるから!お前らの中の誰よりも早くに!」


自分の欲望を吐く佐々宮ささみや。その顔からは必死さが伝わってきた。どうやら、その彼女は想像以上に恥ずかし屋らしい。そんな彼女との話題を持っている佐々宮に男として当然のごと嫉妬しっとを向ける。


佐々宮リア充佐々宮リア充で大変なんだな。もっとこう.....ラブコメみたいなイチャラブなのかと想像したけど」


想像していた彼女持ちの日常生活とは裏腹うらはらにいるからこその葛藤かっとうがあるんだなと、少し驚く。


さかいはラブコメのイメージを持ち過ぎだろ。実際はもっとシビアだぜ」


そういうものだろうか。


「何ッ!彼女ができたら毎日ニャンニャン出来るのではないのか!」


エロゲをプレイしていた春曰澤が叫んだ。


てめぇロリコンは、エロゲし過ぎだボケッ!あと言い方がキモイわ!!」


「.........その前に犯罪だな.....」


まったくこのロリコンは。本心で言ってるのかネタとして言ってるのか分からない。春曰澤はガクッとしたままエロゲに再び集中する。


「って、そもそも何でこんな話しになったんだっけ?」


いつの間にか脱線していた話しを最初の話題に戻す。


「何でって、さかいが遅れて来たからだろ。昼休みに入ったってぇのに.....」


「俺のせいかよ。確かに遅れて来た俺も悪いけどな。そんな面と向かって言わなくても」


1年半も一緒にいるけれど、面と向かって真顔で言われると流石に少し胸にくる。


「だって境、今日も何処どこかうわの空だったじゃねぇか。.....今日だけじゃねぇー。ここ数日、毎日だ。話しかけても、『あぁ』とか『そうだな』や一言二言ばっかり。返事してるだけで会話を続けようとしねぇー.....」


金子かねこ不満気ふまんげに言う。その言葉にドキッとする。目を逸らし、佐々宮ささみやに視線を向けるが佐々宮も金子と同じ意見なのか視線を逸らされた。

ごく普通の教室の片隅に普通では無い空気が生まれる。それは徐々に正常な流れを異常な流れへと変更させる。



『自分の人生に変更点が打たれるのはいつも唐突に訪れる』



昔、ある人に言われた言葉だ。まだ幼かった俺は深い意味までは理解出来なかった。高校生になっても時々思い出すだけでそれに込められた意味を探ろうとしなかった。しかし、今、目の前でソレは起きている。いや、起ころうとしている。皮肉ひにくにもあの人に言われた俺自身が。もしかすると、あの人はこの状況を想定していたのでは?なんて、絶対に有り得ないことを思ってしまった。本当に想定していたなら、あの人は予知能力者よちのうりょくしゃになってしまう。昔の俺ならまさか、と笑い流していただろう。だけど、この島に来てからの俺は、理解が追いつかない出来事を目にしてきた。そんな『異常いじょう』に少しは慣れた俺は、あの人ももしかすると、なんて馬鹿馬鹿しい考えを振り払う。.....それに、あの人が予知能力者とかそういう事を考えるのは後だ。今はこの状況をどうにかしなければ。元のごく普通の日常に戻さなければ──。


「.....はー。そういうプライベートな事を聞くのはどうなんだ?.....金子かねこだって聞かれたく無い事もあるだろ?」


俺は疑問形で金子に聞く。


「──まぁな。例えば、オレの全財産がどのくらいとか、今までの彼女の人数とか、実はオレには妹がいるとか、オレは本当は魔術師まじゅつしだった、とかか?.....」


雰囲気を出すために口元を歪めて、デタラメな事を言っている金子に無意識にいつも通りの対応する。


「おいおい。最初の三つはともかく。流石に最後のは嘘なのはどんなバカでも分かるぞ。やるなら、もっとこの島にいる人達を納得させる風に言えよ。──例えば、実は俺、装着者ホルダーだったとか.....」


俺は最後の方の言葉が最初の方の言葉より声が小さくなってしまった。


装着者ホルダーねぇ〜。さかいから装着者ホルダーの名前が出るとは、コレは驚いたっ」


金子は全然驚いていない口ぶりで言う。

俺はその言葉に疑問を持つ。


「そうか?装着者ホルダーなんてこの島の名物のようなものじゃないか。俺とお前も装着者ホルダーのご本人を見たことがあるだろ?なら、俺の口から出ても不思議じゃないだろ?」


疑問を口にし、金子の返答を待つ。数秒の間が開く。俺は何をめることがあるのかと眉を寄せる。


「.....別に、言わなくても良かったんだがな。言っても何かが変わる訳じゃないし。言わなくとも、これからも“ごく普通の人生”を送れるなら良いかなって思ってたからな。.....それに、言って反応するお前の顔なんて想像するまでもないし。面白くないし.....」


金子は何が言いたいのか俺には分からなかった。

.....突然ではあるが俺、「さかい零士れいじ」は、今のごく普通の人生ってやつがそこそこ気に入っている。決して満足してない訳ではないが、屋上の時のように今の人生に対する『違和感』の正体.....いや、『本音』を模索することがここ最近多くなった。それが、気にくわない訳でも、苦痛でもない。日常生活に新たなスパイスが加わった程度のものだ。神無月先生や友人の金子達を心配させる俺も悪いのだが、そこまで深刻になるような.....漫画や小説にあるシリアスシーンに入る程では無い、と俺は思う。そんなことで、そこそこ気に入ってる日常生活によどみを作りたくないと思うことはそう可笑おかしいことではないだろう。実際には、俺の身勝手みがってな理由で心配してくれる先生や友人達の周りを嫌な空気にしたくないのが大きな理由だ。維持いじしておきたい。変わらずにいてほしい。こんな空気嫌だ。いつも通りの日常が“一番安心するから”。

──だから、俺は身勝手でもあのごく普通の日常を守りたい。

俺はそう決心して、金子かねこを見据える。


「あぁ、何だよ.....」


「別に...」


俺は早速チラッと俺達の会話を黙って聞いていた佐々宮とエロゲをプレイしていた春曰澤を横目で見る。

佐々宮は相変わらずにただ聞いているだけで、話しに割って入るつもりは無いように見える。

春曰澤の方は体の態勢がさっきより前屈みになっていて、はっきりとは分からないが春曰澤も佐々宮同様に割って入るつもり無いと見える。

なら、俺の話し相手てきは「金子かねこ貴虎たかとら」一人。

俺はこの嫌な空気を変えるべく、良くない頭を使って話題を逸らそうとする。


「わかったわかった。俺が悪かったよ。今度何かおごるから機嫌なおせよ。流石に千円以上は無しだぞ。さかいさんのお財布の中身がすっからかんになっちまう。今月厳しいんだ。街中で不良に絡まれてる女の子を助けようとしたらその女の子も不良の仲間でよ。近寄った俺は不良とその女の子に板挟みになって財布の中身全部取られちまったってわけ。身分証明書とか重要な物はその日は財布に入れてなかったから大丈夫だったけど。いやー恐ろしいな。例えるなら、ほら甘い匂いで寄ってきた虫を取るあの──」



「.....なぁ、話題逸らそうしてんのまる分かりだぜ境。やるならもっと上手くやれよ。.....相変わらず演技が下手くそなことで」



言葉が遮られ、金子に話題を逸らそうとしていることがバレたことにドキッとする。わかってたことだけど、俺は演技が下手らしい。金子や春曰澤や佐々宮も皆言っていた。特に金子は感が鋭い。俺の猿芝居なんて気付かれて当然。いや、あの流れなら俺が話題を逸らそうするのは誰にだってわかるのか。先程した決意は呆気なく、金子が放った一言で崩れ去った。

俺の今の日常を守りたいと思う気持ちは変わらない。居心地悪いのは嫌だし、関係にひびが入るのも嫌だ。

けど、その嫌な空気を作っているのは俺自身なのも事実だ。俺がこうなる前に解決してしておけばこんな空気になることも無かった。

俺の心情などお構い無しに金子は俺に向けて野生の虎のような鋭い視線を向ける。


「このままダラダラと続けてても終わんねぇから単刀直入に言うぜ。境、お前何を怖がってんだ.....」


「.............え?」


──俺が怖がってる。

金子が発した言葉が俺の身体を仏像のように固まらせる。唇をプルプルと震わせて言う。


「.....な、何を言ってんだよ金子?.....俺が怖がってる。何に?.........」


その言葉には全く覇気が感じられなかった。


「何にって、知るかよ!てめぇが何にも話さねぇからな。だから、憶測よ。検討は付かなぇが、てめぇの状態くらい見りゃ分かる。びくびくびくびくしやがって、気持ち悪い」


「.........辛辣しんらつだな.........」


「何処がッ。つまりだ。そんぐらい気持ち悪かった訳だ。.....な、佐々宮?」


金子は、今まで黙っていた佐々宮にバトンを渡す。佐々宮の方へ顔を向けると佐々宮は、頭を掻いて俺を見据える。その表情に佐々宮が本当に心配してくれていた事が目でわかった。それが境の胸を痛くする。


「.....金子の言い方はともかく。お前が何かに怯えてるように見えてたのは確かだ。.....当然、春曰澤もだけど」


「えッ!?」


「オイ!酷くないか今の反応!」


エロゲをプレイしていた春曰澤ロリコンが俺のことを。悲しいかな、とてもそうとは思えない境零士だった。


「はは、そう言ってやんなよ。春曰澤もこう見えて本当は友達思いなんだぜ。境の状態を見て『聞くべきか、聞かざるべきか。うむ、悩ましところだ。エロゲの主人公ならここで、当たり前のように聞きに行けるのだろうが、私の心は主人公の友達の隣のクラスの横の席の中山君レベルだからな。うむ、どうしようか』って言ってたぜ」


「自分でエロゲって言ってるし」


最後の方は意味不明だし、自分でエロゲって認めてるし。矛盾するのも大概たいがいにしろ。


「春曰澤のことは置いといて.....実際、心配してたのは本当なんだ。俺達だけじゃなく神無月先生もだけど」


「知ってる」


「知ってたなら、尚更なおさら、相談して欲しいかったぜ。全部は無理でも気分転換することは出来るだろうに。.....何で一人で背負い込もうとするんだよ。金子も春曰澤も神無月先生も当然俺も、境にいつも通りに戻って欲しいと思ってるんだ。それに何かに怯えてる境を見るのは友人として何か辛いだよ。分かったか?」


「あぁ.....」


そんな間抜けな返事しか返せなかった。

全部俺を思ってのことなんだと言われ、胸が熱くなる。涙は出ないが、温かい気持ちが胸を埋める。


──ただ単純に嬉しい。


佐々宮は、友達思いなのは知ってたし、春曰澤はロリコンでも気配りは出来る奴なのは気付いていた。神無月かんなづき先生も優しい人なのは言われなくても分かってる。金子があんなに言うなんて驚いたが、流石は腐れ縁だなと静かに心の中で呟く。


「佐々宮ってたまに恥ずかしセリフを真顔で言うよな」


「そうだな。佐々宮はよく恋愛ゲームに登場する主人公のようなセリフを言う」


「う.....うるせぇよ!思い返しておれの方も何だか恥ずかしくなってきたじゃねぇかッ!!」


「うわー。男のクセに顔を赤らめてやんの。キモッ!」


「写真でも取って、彼女に送り付けてやったらどうだ?『佐々宮君かわいい〜』ぐらいは思ってくれるんじゃないか?」


「え.....春曰澤、それ、『愛澄あずみ』のマネか?止めろよ。キモイから、マジでキモイから!」


愛澄あずみって!それが彼女の名前かよ!初めてじゃねぇーの、佐々宮の彼女の名前聞いたのは!」


「な、し.....しまった!こいつらに名前がバレたら絶対にちょっかい掛けてくるだろうから言わないようにしてたのに!」


「何だその説明口調は」


固まってた境零士を無視して会話は続く。先程の嫌な空気はどこえやら。ギスギスした雰囲気は霧散して、あるのはいつもの日常の風景。ここで、境零士が会話に入ったとしても同じ様な風景ふうけいになるだろう。境は、はにかんで笑う。

結局、金子達が言いたいことの真意までは分からなかった。説明もされていない。でも、面と向かって「心配だ」と言ってくれた。それだけで、境零士には十分だった。

さあ、歩もう。

分からないことばかりだけど、それでもこの日常を守れるよう、あの時は間違って無かったって、後悔だけはしないよう。その初めにまずは──。


「ありがとう。心配してくれて」


感謝の気持ちを。


「キメェーこと言ってんじゃねーよ。そんなのどうでもいいから後で何か奢れや!」


「そうだな。私も奢って貰おうか」


「なら、俺も」


茶番だと、誰かは言うだろ。そんな日常つまらないと。変化なき日常には意味は無いと。

だけど、境零士には今、何よりも大切なものだった。

今の日常に満足してるか、安堵か落胆か、屋上での問いかけの答えは出ていない。

しかし、大切だということは正真正銘のさかい零士れいじの本音だった。




「しかし、境、お前も彼女作れや。いじるネタが増えるし、境の彼女ってだけで興味がくからな。だがまぁ、こんな黒髪天パの陰毛頭を好きになる女がいるのかね」


「散々な言いようだな。まぁ、境の彼女を見てみたいってのは同意だけど」


「私は境に彼女がいたら、境をぶち殺すがな」


最後の奴は物騒過ぎるだろ。どんだけリア充嫌いなんだよ。


「ん?あれ.....俺、お前達に彼女いるって言ってなかったっけ?」


「「「ん?」」」


「だから、俺に彼女がいるってことを──」


「「「え、えええええええええええええええええええええええええええええええッ!?」」」


今日最大の驚きだった。

それ同時に5限目のチャイムが鳴った。

俺は昼飯を食えずに午後の授業に突入する。




これからもごく普通の人生が続くと思っていた。辛いこともあって、嬉しいこともあるごく普通の人生を。

非日常ひにちじょうなんて、平行線へいこうせんだと。

決して交わることはない、と。

しかし、彼、さかい零士れいじは気付かない。

それらの過程かていは、すべ必然ひつぜんだということを。偶然ぐうぜんなど一切関与していないことをさかい零士れいじは知らない。

──これから約33時間後。さかい零士れいじは、決してまじわること無かった平行線彼女地平線ちへいせん水平線すいへいせん彼方かなた交差こうさする。

Horizonホライゾン=Cross クロス=Parallelパラレルline ライン」と。



















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