1ー1 交差する約33時間前の日常
〈7月25日〉
──どこまでも広がっている青空。
空高く、
とある学校の屋上。
真夏の中に一人、黒髪天パの少年がいた。
真夏の陽光を浴びながら、気持ち良いそよ風を身体全体に受ける。
そんな繰り返しの中で稀に黒髪天パの少年は左手を伸ばす。
空へ向かって。
グッと空へ向けられた左手は、風で漂う浮雲を捉え、握りしめる。その次には、空高く光り輝く太陽を。
左手の中に何かを握りしめた感触はない。温度も変わらず。黒髪天パの少年は、閉じていた重い瞼を開け、左手の中にある物を見据える。当然、左手の中には何も無かった。黒髪天パの少年は、ただ虚空を握りしめただけだった。
当たり前の結果に少し落胆しつつも、黒髪天パの少年は、ふっと頬を緩める。
──あぁ、俺の日常は変わらず続いてる。
黒髪天パの少年の胸をその言葉が埋め尽くす。埋め尽くすその言葉は安堵によるものか落胆によるものかは一概には決められなかった。安堵しているのは確かだ。また、落胆しているのも確かだ。
安堵も落胆も両方感じたのだが、最も多く胸を埋め尽くしたのは果たしてどちらなのか。それは分からなかった。安堵かもしれない。落胆かもしれない。
もしかすると、丁度半々なのかもしれない。どれも憶測で確証の無いものだ。相手の真意は、ある程度分かるが、自分自身の本音は分からない。
建前など
しかし、胸の
だとしたら、この行為は無駄で意味が無いのかもしれない。どれだけ回数を重ねたところで何も起きないならば、この場でこの動作をし続ける義理はない。
こんな事をやるそもそもの事の発端は、つい先日、友人に言われたある言葉が原因だ。
── 「お前、今のごく普通の日常に満足してるか?もっと別の非日常が欲しいと思わないのか?変化しねぇ日常という名の平行線を突っ走しって、他の平行線とは交わるつもりは無いのか?」
と。
その友人にとっては、気になったから言っただけの
しかし、その言葉は俺の身体を鎖で縛り尽くすには十分だった。その後、友人にはどうしたのか、と聞かれたが「何でもない」と当たり障りのない返事を返した。
それからだ。俺が自分の日常にどこか
どれだけ悩んでも、
こんな、悩んでいるのか、苦しんでいるのか、助けて欲しいのか、迷っているのか、解決したいのか、それすらも理解出来ていないのに、そんな状態で相談なんかしたら、余計に気を
──あの日、友人に言わた日から俺のごく普通の人生に刹那だが自分の
『自分の人生に変更点が打たれるのはいつも唐突に訪れる』
と、そんな言葉が頭をよぎった。
しかし、そんなものは日常生活で当たり前にあること。ふと自分の日常に何かしらの疑いを向けるのは、多いかは知らないがいることにはいるだろう。俺もその一人だとその時は思った。それでも、違和感は消えない。日に日に薄くなっていく違和感。そして、薄くなっていっても決して消えない違和感。
今では、消えるギリギリ一歩まで来ている。
が、違和感は消えない。
いっそのこと、諦めるのも手だ。いつ消えるか分からないこの違和感に
「.....そんな訳にはいかないよな.....日常生活に
ずっと寝そべっていたせいか、首が痛い。
首筋に手を当て、左右に曲げる。ゴキッゴキッと関節から大きな音が鳴る。屋上で寝そべって空に左手を
「だけど、まぁ、ずっと頭の中で色々するより身体を動かした方が
頭の中で色々考えたとしても、ごく普通の高校生の俺では突然ピンとくる閃きなんて起きない。精神学・心理学・哲学系の本でも読もうかなとか、ネットの『
「屋上まで登って、それっぽいことしてみたけど。ダメだな。自分が探している違和感、『何か』の
例えるならアレだな。CM やネットニュースとかで『今日、〇〇の隠された秘密が遂に明らか』にってなかんじで情報が拡散して、放送直後か配信直後の時間帯まで待っていざしてみると、予想通りというかそこまで驚く内容ではなかった時のあのやり切れない気分みたいな。
「不思議と不快感はないけど、これからも.....は厳しいな。.....主に、肉体的では無く精神的にくる。神無月先生や
問題は解決して無いが、後々の事は昼飯食ってからにしよう。腹が空いては戦もできず。
そう決めた瞬間、気が抜けたのかグゥ〜とお腹から大きな音が鳴った。少し呆れた顔をしながら屋上を後にした。
*
4限の授業の内容を消していない黒板。
冷房の
色々な食べ物の匂いが漂う教室。
あらかじめ構成された男子グループ、女子グループ、男女グループで各々で昼飯を
そんなごく普通の教室の窓際の席。
金髪で金と銀の指輪を片方ずつはめた不良少年。坊主頭にサングラスをかけたヤクザ風の少年。ガタイが良く若干浅黒い茶髪の少年。その3人が昼飯を食いながらゲラゲラと笑って話していた。その3人に声をかける。
「よう。もう昼飯食ってたのか」
「当然だぜ境。昼休み入ってから10分以上経っているじゃないか。俺はそこまで待てるほどお人好しじゃないぜ」
金髪不良少年に境と呼ばれた黒髪天パの少年──
「だけど、もう少し待ってくれても良かったんじゃないか。そうしたら、皆で一緒に昼飯食えたのに.....」
「ハッ!オイオイ。境君や。オレ.....オレ達がそんな恋人を待つ彼氏みてえなことするかよ。なんせ個人主義者の固まりだぜオレら。不足してるなら他人から一部を奪え。無いならまるごと奪え。そういう連中だろオレ達は」
胸元のボタンを開け、口が悪く、自分達を個人主義者の集まりと称するこの金髪不良少年
──「
「.........俺、お前が二丁拳銃持って銀髪美少女をニヤニヤしながら撃ってても驚かないわきっと.....」
「ハッ!なんだその具体的な妄想は!」
いや、コイツなら本当に
「まあまあ。落ち着け二人とも。そんな漫画のワンシーンみたいなやりとりなど止めたまえ。遅れてきた境も反省すべき点があるだろう。金子も相変わらず口が悪い。改善すべきではないかね?」
渋い声で説教のするような口ぶりで境と金子を
「うるせぇよこのハゲ!坊さんらしく説教したいならまずはその両手に持ってるエロゲをゴミ箱にダストシュートしてから言えや!」
「同感だ」
俺は金子の言い分に同意し、エロゲを両手に持っているグラサン坊主頭──「
すると、この世の終わりのような表情をする春曰澤。真顔からの
「何を言っているのかな二人とも。私が今プレイしているのは『エロゲ』などと言う
「それが何か」と恥じる部分は無いと言いたげな春曰澤を冷めた目で見る俺と金子。
「お前。それ本当に言ってるのか?」
「勿論だとも。私は今勉強している(ドヤ)」
グラサンをクイッと上げてドヤ顔の春曰澤。本当に思っているのか、現実から逃げているのかは分からないけど、俺達は知っている。ドヤ顔をしている
「.....なんて救えねー
金子からの
「ったく。何でお前らはいつもそう喧嘩ごしになるんだよ。もうちょっと
沈黙を破る声。
「なんだよリア充。何でリア充が非リア充共の友人顔してんだ。リア充は屋上の片隅でセッ〇スでもしてろよ!」
「金子!お前直球すぎんだろ!もっとオブラートに包んで言えよ!」
「え?何で?ごく普通の高校生がセッ〇ス言うのが
「やってねぇし、彼女は1人だ!」
「ほう、なら
「おう!童貞だ!.........すまん。今のは忘れてくれ。そして、追求するな」
春曰澤は頭を抱えて、俺はそれを見て、春曰澤の彼女を思い返して気付く。
「佐々宮の彼女確か文学系の女の子だっけ?」
記憶が確かなら春曰澤の彼女はいつも本を読んでるイメージが強いけど、人一倍恥ずかし屋で
「キスするだけでも、拒否られるから性行為なんて夢のまた夢か」
「ぐッ!.....拒否られてねーよ!ただ
自分の欲望を吐く
「
想像していた彼女持ちの日常生活とは
「
そういうものだろうか。
「何ッ!彼女ができたら毎日ニャンニャン出来るのではないのか!」
エロゲをプレイしていた春曰澤が叫んだ。
「
「.........その前に犯罪だな.....」
まったくこのロリコンは。本心で言ってるのかネタとして言ってるのか分からない。春曰澤はガクッとしたままエロゲに再び集中する。
「って、そもそも何でこんな話しになったんだっけ?」
いつの間にか脱線していた話しを最初の話題に戻す。
「何でって、
「俺のせいかよ。確かに遅れて来た俺も悪いけどな。そんな面と向かって言わなくても」
1年半も一緒にいるけれど、面と向かって真顔で言われると流石に少し胸にくる。
「だって境、今日も
ごく普通の教室の片隅に普通では無い空気が生まれる。それは徐々に正常な流れを異常な流れへと変更させる。
『自分の人生に変更点が打たれるのはいつも唐突に訪れる』
昔、ある人に言われた言葉だ。まだ幼かった俺は深い意味までは理解出来なかった。高校生になっても時々思い出すだけでそれに込められた意味を探ろうとしなかった。しかし、今、目の前でソレは起きている。いや、起ころうとしている。
「.....はー。そういうプライベートな事を聞くのはどうなんだ?.....
俺は疑問形で金子に聞く。
「──まぁな。例えば、オレの全財産がどのくらいとか、今までの彼女の人数とか、実はオレには妹がいるとか、オレは本当は
雰囲気を出すために口元を歪めて、デタラメな事を言っている金子に無意識にいつも通りの対応する。
「おいおい。最初の三つはともかく。流石に最後のは嘘なのはどんなバカでも分かるぞ。やるなら、もっとこの島にいる人達を納得させる風に言えよ。──例えば、実は俺、
俺は最後の方の言葉が最初の方の言葉より声が小さくなってしまった。
「
金子は全然驚いていない口ぶりで言う。
俺はその言葉に疑問を持つ。
「そうか?
疑問を口にし、金子の返答を待つ。数秒の間が開く。俺は何を
「.....別に、言わなくても良かったんだがな。言っても何かが変わる訳じゃないし。言わなくとも、これからも“ごく普通の人生”を送れるなら良いかなって思ってたからな。.....それに、言って反応するお前の顔なんて想像するまでもないし。面白くないし.....」
金子は何が言いたいのか俺には分からなかった。
.....突然ではあるが俺、「
──だから、俺は身勝手でもあのごく普通の日常を守りたい。
俺はそう決心して、
「あぁ、何だよ.....」
「別に...」
俺は早速チラッと俺達の会話を黙って聞いていた佐々宮とエロゲをプレイしていた春曰澤を横目で見る。
佐々宮は相変わらずにただ聞いているだけで、話しに割って入るつもりは無いように見える。
春曰澤の方は体の態勢がさっきより前屈みになっていて、はっきりとは分からないが春曰澤も佐々宮同様に割って入るつもり無いと見える。
なら、俺の話し
俺はこの嫌な空気を変えるべく、良くない頭を使って話題を逸らそうとする。
「わかったわかった。俺が悪かったよ。今度何か
「.....なぁ、話題逸らそうしてんのまる分かりだぜ境。やるならもっと上手くやれよ。.....相変わらず演技が下手くそなことで」
言葉が遮られ、金子に話題を逸らそうとしていることがバレたことにドキッとする。わかってたことだけど、俺は演技が下手らしい。金子や春曰澤や佐々宮も皆言っていた。特に金子は感が鋭い。俺の猿芝居なんて気付かれて当然。いや、あの流れなら俺が話題を逸らそうするのは誰にだってわかるのか。先程した決意は呆気なく、金子が放った一言で崩れ去った。
俺の今の日常を守りたいと思う気持ちは変わらない。居心地悪いのは嫌だし、関係にひびが入るのも嫌だ。
けど、その嫌な空気を作っているのは俺自身なのも事実だ。俺がこうなる前に解決してしておけばこんな空気になることも無かった。
俺の心情などお構い無しに金子は俺に向けて野生の虎のような鋭い視線を向ける。
「このままダラダラと続けてても終わんねぇから単刀直入に言うぜ。境、お前何を怖がってんだ.....」
「.............え?」
──俺が怖がってる。
金子が発した言葉が俺の身体を仏像のように固まらせる。唇をプルプルと震わせて言う。
「.....な、何を言ってんだよ金子?.....俺が怖がってる。何に?.........」
その言葉には全く覇気が感じられなかった。
「何にって、知るかよ!てめぇが何にも話さねぇからな。だから、憶測よ。検討は付かなぇが、てめぇの状態くらい見りゃ分かる。びくびくびくびくしやがって、気持ち悪い」
「.........
「何処がッ。つまりだ。そんぐらい気持ち悪かった訳だ。.....な、佐々宮?」
金子は、今まで黙っていた佐々宮にバトンを渡す。佐々宮の方へ顔を向けると佐々宮は、頭を掻いて俺を見据える。その表情に佐々宮が本当に心配してくれていた事が目でわかった。それが境の胸を痛くする。
「.....金子の言い方はともかく。お前が何かに怯えてるように見えてたのは確かだ。.....当然、春曰澤もだけど」
「えッ!?」
「オイ!酷くないか今の反応!」
エロゲをプレイしていた
「はは、そう言ってやんなよ。春曰澤もこう見えて本当は友達思いなんだぜ。境の状態を見て『聞くべきか、聞かざるべきか。うむ、悩ましところだ。エロゲの主人公ならここで、当たり前のように聞きに行けるのだろうが、私の心は主人公の友達の隣のクラスの横の席の中山君レベルだからな。うむ、どうしようか』って言ってたぜ」
「自分でエロゲって言ってるし」
最後の方は意味不明だし、自分でエロゲって認めてるし。矛盾するのも
「春曰澤のことは置いといて.....実際、心配してたのは本当なんだ。俺達だけじゃなく神無月先生もだけど」
「知ってる」
「知ってたなら、
「あぁ.....」
そんな間抜けな返事しか返せなかった。
全部俺を思ってのことなんだと言われ、胸が熱くなる。涙は出ないが、温かい気持ちが胸を埋める。
──ただ単純に嬉しい。
佐々宮は、友達思いなのは知ってたし、春曰澤はロリコンでも気配りは出来る奴なのは気付いていた。
「佐々宮って
「そうだな。佐々宮はよく恋愛ゲームに登場する主人公のようなセリフを言う」
「う.....うるせぇよ!思い返しておれの方も何だか恥ずかしくなってきたじゃねぇかッ!!」
「うわー。男のクセに顔を赤らめてやんの。キモッ!」
「写真でも取って、彼女に送り付けてやったらどうだ?『佐々宮君かわいい〜』ぐらいは思ってくれるんじゃないか?」
「え.....春曰澤、それ、『
「
「な、し.....しまった!こいつらに名前がバレたら絶対にちょっかい掛けてくるだろうから言わないようにしてたのに!」
「何だその説明口調は」
固まってた境零士を無視して会話は続く。先程の嫌な空気はどこえやら。ギスギスした雰囲気は霧散して、あるのはいつもの日常の風景。ここで、境零士が会話に入ったとしても同じ様な
結局、金子達が言いたいことの真意までは分からなかった。説明もされていない。でも、面と向かって「心配だ」と言ってくれた。それだけで、境零士には十分だった。
さあ、歩もう。
分からないことばかりだけど、それでもこの日常を守れるよう、あの時は間違って無かったって、後悔だけはしないよう。その初めにまずは──。
「ありがとう。心配してくれて」
感謝の気持ちを。
「キメェーこと言ってんじゃねーよ。そんなのどうでもいいから後で何か奢れや!」
「そうだな。私も奢って貰おうか」
「なら、俺も」
茶番だと、誰かは言うだろ。そんな日常つまらないと。変化なき日常には意味は無いと。
だけど、境零士には今、何よりも大切なものだった。
今の日常に満足してるか、安堵か落胆か、屋上での問いかけの答えは出ていない。
しかし、大切だということは正真正銘の
「しかし、境、お前も彼女作れや。
「散々な言いようだな。まぁ、境の彼女を見てみたいってのは同意だけど」
「私は境に彼女がいたら、境をぶち殺すがな」
最後の奴は物騒過ぎるだろ。どんだけリア充嫌いなんだよ。
「ん?あれ.....俺、お前達に彼女いるって言ってなかったっけ?」
「「「ん?」」」
「だから、俺に彼女がいるってことを──」
「「「え、えええええええええええええええええええええええええええええええッ!?」」」
今日最大の驚きだった。
それ同時に5限目のチャイムが鳴った。
俺は昼飯を食えずに午後の授業に突入する。
これからもごく普通の人生が続くと思っていた。辛いこともあって、嬉しいこともあるごく普通の人生を。
決して交わることはない、と。
しかし、彼、
それらの
──これから約33時間後。
「
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