12-2.ズルズルするのは良くない

 掃除をする気分なんかじゃなくなって床をごろごろする。

 ああ、駄目な大人だ。私は。詩なんか書いたりしちゃおうかな。おお、孤独なる我が人生よ、なんつって。


 アホなことを考えてたら、圭吾くんの茶色い瞳を思い出した。

 そうだよね、詩なんか考える前にやることがあるよね。

 起き上がって部屋着のセーターの上からコートを羽織り、髪だけ梳かして私は部屋を出た。





 忙しない年の瀬の街角で、だけど意外と圭吾くんの職場のカフェは閑散としていた。

 少し様子を眺めていると、ほうきを持った圭吾くんが歩道に出てきた。そうっと近づいて行くと、驚いた顔で私を見た。


「びっくりした」

「忙しい?」

「全然。人は多いけど、みんな買い物に忙しいんだね」

「年の瀬だもんね」

「仕事ってもう休み?」

「うん」

「中入ってよ。オレがコーヒー淹れてあげる」


 私は首を横に振って囁く。

「コートの下、よれよれのセーターだから恥ずかしい」

 すると圭吾くんは顔を寄せて囁き返してきた。

「後でオレだけに見せて。よれよれのセーター」

 するするとそんな台詞を吐く。

 何事もなかったように続けるつもりなんだ。大人のやり方だね。

 あの詩集を見つける前なら、私もそれに乗っただろうけど。


「あのね。挨拶に来たんだ」

「挨拶?」

「お別れの挨拶」

 悲しそうな顔になって圭吾くんは眉を寄せた。

「嫌だよ。連絡しなかったから怒ってるの? それは謝るからさ」

「怒ってないよ。私がダメだなって思っただけ」


「どうして? そんなの勝手に決めないでよ」

「だって、圭吾くんは決められないでしょ? 私が決めなきゃ、ズルズルしちゃうでしょ?」

「ダメなの?」

 そんな可愛くされたら心が揺れちゃう。

「ダメ。ズルズルするのは良くない」

「オレ、紗紀さん好きだよ」


 なんて憎たらしい。ここぞというときに、こんなふうに言えるのも、イケメンで自信があるからだろうな。

 そんなふうに思ってしまう私は徹底的にひねくれている。独りになって頭を冷やさなくちゃダメなんだ。

 好きって意味を、ちゃんと思い出さなきゃダメなんだ。


「圭吾くんの良いところは、素直で正直なところだと私は思う」

「……うん」

「だから、お別れを素直に受け入れて下さい」

「ズルい言い方だなあ」

 狡い大人だからね。


「楽しかったよ。短い間だったけどありがとう」

 今まで言えなかった何人分もの言葉を。言わせてくれてありがとう。

「最後に耳たぶさわらせて」

「やだ」


 切って捨てると、圭吾くんはにこりと笑った。

「後悔するのはどっちかな?」

 そりゃあ私でしょうけども。泣きはしないけどね。

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