10-7.欲望の幻想

 言いながら、私は圭吾くんの腰のベルトを緩める。カチャカチャとバックルの金属の音。これって挿入の前に聞くと、とてもいやらしく聞こえるんだよね。

 馬鹿だよなあ、人間の脳みそ。それもそうだ、想像でだってイケちゃうんだから。


 四つ這いになって圭吾くんを見下ろす。綺麗な瞳だなあ。無垢ってコトバが浮かんじゃうくらい。

 キスはしないで素敵な喉元に吸いつく。

「動かないで」

 彼が手を上げて私を抱こうとしたからもう一度注意した。

 そのまま口でネルシャツの襟元を探って歯でボタンを外していく。引きちぎるように顎を引くたび、組み敷いた胸元が小さく反応するのがわかる。


 興奮するでしょ、これ。昔、これをヤツにされたとき、荒々しいのにもどかしい動きに堪らない気持ちになった。

 早くコトを始めてほしくて、自分から服を剥いでヤツの頭を抱きしめたくなった。焦らされて期待が高まって、その夜はどうしようもないくらいに燃えた。


 馬鹿だよね、人間て。ただの生殖行為がこんなにも気持ち良くて、それを娯楽に変えてしまった。

 感極まって「愛してる」なんて叫ぶのも、快楽による幻想で頭がやられてしまうせい。心なんて関係ない。体は正直なだけ。


 だって、そうでないのなら、体を繋ぐことはこんなに簡単なのに、どうして心は見えないの。

 どんなに体が交り合っても心は溶け合わない。お互いが何を考えてるかなんて何も見えない、覗けない。

 これは気持ちを確認するためのものだっていうけど、私には逆にしか思えない。

 触れ合う気持ち良さがそれを愛だと思わせる。夜の営みがうまくいかなくなると別れちゃうってそういうことなんじゃないの?


 だとしたら、男と女の間に精神的な愛なんてありはしない。欲望が幻想を見せるだけ。

 じゃあ私たちが言う恋って何? 好きって何? 大人になったぶんだけそれがわからない。


 答えが欲しくて夢中で貪れば貪るほどあとは飽きるだけ。わかっているのにやめられない。

 寂しいから? ひとりはいやだから? 孤独だから? それだって答えは見つからない。わからない。何もわからないんだよ。


「ちょっと待って……」

 情欲を受け止めきれなくなったのか圭吾くんが呻く。そんなこと言われたってもう遅いのに。

 わななく唇に、満を持してキスしてあげる。

「紗紀さん……もうダメだ」

 お馬鹿さん。だから確認したのに。

 大人は本気になったら止まらないんだよ。

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