10-6.食べちゃいたい
「仕事で嫌なことでもあった?」
「うん? そうだねえ」
小さく笑って私は訊き返す。
「圭吾くんこそヤなことないの? 嫌なお客さんとかいるでしょう」
「うーん。そうだなあ……嫌な奴ってだけなら同僚にだっているけど。オレ沸点が高いから、怒るまではいかないんだよねえ。まあ、いいかって思っちゃう」
「圭吾くん優しいもんね」
「でしょ? だから付き合っててもケンカしたことってなくて、でも気がついたら振られてるんだよね。なんでだろう?」
優しいからじゃないかな。思ったけど口には出さない。
それより彼がずうっと私の耳たぶを触っているのが気になる。
「紗紀さんの耳たぶ、かわいい。ピアスとかしないんだね」
「だって、怖いもん」
「臆病だなあ」
くすくす笑う声音にオオカミみたいって言われたことを思い出した。
外は寒い冬の夜。ここはねぐらで、私はこうして微睡んでいる。
だけど本当はここだって、安心できる場所なんかじゃない。
私の耳を弄る圭吾くんの手を掴んで引き寄せる。指を絡ませて眺めてみると、すんなりした細くて長い指だった。
殴る方のケンカもしたことないんだろうな。昔よく見た、節くれだってゴツゴツした手を思い出す。
それが我慢できなくて私は圭吾くんの指を銜えた。
甘嚙みするみたいに甲から指先までなぞって口に含む。
その行為を連想させるように舌で舐ると、圭吾くんのもう片方の手が首元に滑ってきた。
「またやらしいことする」
「やらしいことしに来たんだもん」
「全然本気じゃないくせに」
私のブラウスのボタンを器用に片手で外しながら、笑い交りに圭吾くんはぼやく。
「いつも手加減してるのわかるよ。いつ本気になってくれるの?」
のこのこ身を捧げに来たウサギをオオカミはどうするかって。そんなの、食べちゃうに決まってる。
お腹が空いてなければいたぶってから食べる。頂いてしまうのは変わりない。
私はゆっくりと起き上がって圭吾くんと向かい合う。
「可愛いなあ。キミは」
「子ども扱い」
「だって、可愛いんだもん」
食べちゃいたい。
肩を押えて押し倒す。頬にかかった明るい茶色の髪を梳いてあげながら顔の輪郭を辿って額を撫でる。おでこの形も可愛いなあ。
「好きにしていいの?」
「もちろん」
後悔するのはどっちかな。
「動いちゃダメだよ」
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