5-6.わかっていても
アパートの部屋に帰ると、室内がやたら小キレイになっていた。晃代が掃除してくれたみたいだ。
「お皿も碌にないんだね」
「だって、ひとりだし」
「彼氏用に二組そろえておかないの?」
「部屋デートは絶対しないもん」
「紗紀はクールだよねえ」
晃代が作ってくれた煮物を鍋から直接食べた。これはこれで面白い。
「今夜も泊っていい?」
「掃除にご飯まで作ってもらっちゃあ、ダメとは言えないなあ。むしろ明日も作って」
「お弁当も作る?」
ちきしょう、あの野郎。これだけ至れり尽くせりの嫁になんの不満があるっていうんだ。
「あたしさ、わかってるんだよ」
寝るのに電気を消した後、私のベッドの脇に敷いた布団の中で、晃代が静かに口を開いた。
「自分が子どもっぽいってさ。社会経験もあまりないまま結婚して主婦になってさ、子どももいないからママ友ができるわけじゃなし。家に閉じこもってダンナの為だけに家事をして、毎日毎日ダンナの帰りを待つだけの生活でさ」
くぐもった聴き取りにくい声色。私は一生懸命耳を澄ます。
「ダンナに仕事の愚痴言われても、元気づけられるようなこと何も言えなくてさ。おまえは呑気でいいよなあって、馬鹿にされても何も言い返せない。友だちだってさ、あんたたちみんなちゃんと働いてて会社でうまくやってて、あたしのことなんか。苦労もしてない専業主婦だって下に見てるでしょう?」
何も言えない。そういう部分がないとは言い切れないから。
「あたしだって、それは同じなんだよね。結婚もできないでせかせか働いて、ひとりぼっちで可哀想にねって。あたしはダンナに愛されてるから幸せだって……そういうふうに思わなきゃ、やってられない」
晃代の震える声を聞きながら、私は考える。
そうやって、自分と人とを比べることで自分の幸せを確かめようとするのは、女の最も浅はかなところだ。
人と比べることで得られるものなんて何もない。そんなことに意味はない。わかっていても。
「誰よりも早く幸せになりたかったの。いちばん幸せになりたかったの。素敵な人と結婚してかわいい赤ちゃんを産んで。みんなからいいなあ、羨ましいなあって祝福されたかったの。だから頑張ってるのに、頑張れば頑張るほど悪くなっていくみたいで、どうしたらいいのかわからない。ダンナとだって上手く話がかみ合わなくて、かと思ったら風俗行ったとか言うし」
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