第37話 ルーシー初めての魔法!?

 聖樹マリアリベラの根元にあるポポスの部屋を出て少し歩くと、見晴らしの良い開けた場所があった。

 

「よし、ここでいいか。まあ初日から飛べるとは思えないが、一応周りに障害物は無いほうがいいからな」


 ミレノアールは、軽く辺りを見渡すと傾きかけた太陽に目をやった。

 気付くと夕方の一歩手前という時刻になっているようだ。


「あの大きな樹のてっぺんまで飛べるかなー?」


 ルーシーは聖樹マリアリベラを見上げてピョンピョンとジャンプしている。

 もうワクワクが止まらないと言った感じだ。


「さっきも言ったけど、ホウキを使って空を飛ぶってのはそんな簡単なことじゃないぞ。そもそも魔法ってのは想像力と集中力が大事でな……」

「わかったから早くホウキ出してよ、師匠!」

「ったく、しょうがねーなー」


 ミレノアールはそう言うと右手の指を パチン! っと鳴らした。

 すると目の前に一本の古びたホウキが現れた。そのホウキは年代物と一目で分かるほどボロボロになっており、以前ルーシーを乗せて飛んだホウキよりも一回り小さい物だ。


「ほらよ。俺が昔使っていたホウキだ。これを貸してやるよ」

「えー!! 前に師匠が使ってたキラキラしたホウキがいい。これボロっちいじゃん」


「あれは大人用だ。子供のお前には重すぎるし、扱うのが難しいんだよ。その点これはいいぞ。癖のない素直なホウキだ。初心者にはちょうどいい」


 ルーシーは渋々そのホウキを受け取った。


「飛べるようになったら新しいの作ってやるよ。とりあえずそれまではこれで我慢しろ」


「ほんと!? 絶対だよ! 飛べるようになったらカッコいいホウキ作ってね!」


 ルーシーは受け取ったホウキに早速またがった。

 しかし、それだけではもちろん何も起こらない。


「……師匠、コレどうやって飛ぶの?」


「いいか。初めての魔法を使うときに大事なことは2つ。『想像力』と『集中力』だ。まずは想像力。ホウキで空を飛ぶ自分を想像すること。だがいきなり飛ぶのは無理だから、最初は宙に浮くようなイメージを持つといい。そして次は集中力。さっきのイメージをどれだけ集中して具現化出来るか。空を飛ぶってことは、それだけ魔力を消費し続けるわけだから集中力もかなり必要になってくる。どうだ? 分かったか?」


「んー……わかんない! 呪文みたいなのはないの?」


「呪文や知識を必要とする魔法はもっと高度なやつだ。ホウキで飛ぶだけなら呪文は必要ないから、まずは浮かぶところから始めてみろ。想像するのは得意だろ?」


「うん、わかった!」


 ルーシーはホウキに跨ったまま、目を閉じて空に浮かぶ自分を想像した。

 必死に集中しているのがわかる。


「うぐぐぐぐー」


「はははっ。ルーシー、そんなに力んでも意味ないぞ。俺だって初めて浮くまで3日かかったんだ。それも10センチだけ。それから普通に飛べるようになるまで一週間は毎日練習してたな。天才と言われた俺ですらそれだけかかったんだ。まあルーシーなら早くても一か月は…… ってあれ? ルーシー……どこ行った?」


 気付くとさっきまで目の前にいたルーシーがいない。自分が思い出に浸っているうちに、もう飽きてどこかへ行ってしまったのか? そんなことを思いながらミレノアールがキョロキョロと辺りを見渡している時だった。


「師匠ぉ~」


 どこからともなくルーシーの声が聞こえる。その響きから少し遠いところにいるようだ。

 しかし周りを見てもルーシーの姿はない。


「師匠~ってば~。ここだよぉ~」


 ミレノアールは、その声が自分の頭上から聞こえていることにやっと気付いた。

 ハッとして、声のする方を見上げる。

 

 そこにはなんと上空10メートルほどのところに、ルーシーがホウキに跨ったままプカプカと浮かんでいるではないか。


「お、お前……なんでそんなところに!? どうやったんだ?」


 ミレノアールは予想外の出来事に上を見上げたまま、思わず尻もちをついた。


「どうやってって…… 師匠が想像しろって言うから、したんじゃんかー! 飛んでるとこ!」


 ルーシーは上空で浮いたまま身動きが取れなくなっているようだった。

 

「ルーシー、とりあえず降りてこーい」

「降りられないよー! 怖いよー! 助けて師匠ー!!」

「今そっち行くから、そのままちょっと待ってろ」


 ミレノアールは自分のホウキを出すと、上空のルーシーのもとまで浮かび上がった。


「大丈夫か? ほら掴まれ」


 ミレノアールが手を差し伸べた瞬間、ルーシーはフッと気が緩み、集中力を切らした。

 伸ばしたお互いの手は重なることなく、ルーシーは重力に従いそのままストンと落ちた。


「うわぁぁぁぁ!」


 しかし間一髪、ミレノアールがルーシーの手を掴んだ。

 地上までは1メートルを切っていた。

 遅れてカボチャのジャックが真下にぴょこぴょことやってくる。


「オーライ。オーライやで」


 ゆっくりとルーシーをジャックの上に降ろすと、ミレノアールは「ふぅ」と一息吐いた。


「堪忍やで、ルーシーはん。でもケガなくてほんま良かったわ。てあれ? ルーシーはん大丈夫か?」


「私…… 一人で飛んでた……んだよね?」


 ルーシーは、ぬいぐるみであるジャックをお尻の下に敷いたまま、その場で腰を抜かしたように座り込んでいる。さすがのルーシーも楽しさより怖さが上回ったようだ。


「それにしてもお前、いきなりあそこまで浮かび上がれるなんて凄いじゃないか。間違いなく魔法のセンスあるぞ」


 いつもなら褒められれば直ぐに調子に乗るルーシーが、今回ばかりは素直に喜ぶこともないようだ。


「師匠に言われた通り、目をつぶって頭の中で浮かんでいるところを想像して集中したら、急に体がフワッて軽くなったんだ。足が地面から離れていくのが分かって、その時はまだ目をつぶっていたんだけど、それから少し風を肌に感じるようになって、ゆっくり目を開けてみたら……急に目の前に広がる景色がそれまでと違うんだもん。それで下を見ると地面がずっと遠くにあって……もうビックリしちゃって頭ん中真っ白! 降りられないし、前にも後ろにも横にも動かなくなっちゃって……」


 ルーシーは、今起きた一連の出来事を思い出しながら話すと、最後にぶるっと身震いをした。


「はははっ。ほんとにお前といると飽きないな。器用なんだか不器用なんだかわかんないし。まあ初めてやってあそこまで飛べるやつなんて聞いたことないし、すごいのは間違いないぞ」


 ミレノアールは、ルーシーを元気づけようとしていた。


「私も目を開けたらいきなりあんなに高いとこにいるなんて思わなかったから、ちょっとパニクちゃっただけ。あ、そうだ師匠、助けてくれてありがとう」


「ああ。俺もいきなり飛べるなんて思っても見なかったからな。今度からはちゃんと目を離さずにいてやるよ。怖い思いさせて悪かったな、ルーシー」


 ミレノアールは、座り込んでいるルーシーの頭をポンポンとした。


「ううん。もう大丈夫。……私一人で飛んだんだよね、あんな高いところまで。まだ信じられないけど……魔法が使えたんだ! ほんとに魔力あったんだ! ……よし! もう一回やる! 次はちゃんと飛んで、あの大きな樹まで行ってやる!」


 ルーシーは勢いよく立ち上がると、聖樹マリアリベラの方を指差して自分のやる気をアピールして見せた。

 相変わらずへこたれないやつだ。ミレノアールは、ルーシーのこういう前向きな部分だけは見習わなければいけないと思っていた。


 ルーシーは「ふん!ふん!」と気合いを入れて、近くに落ちたホウキを拾い上げた。

 するとそのホウキは真ん中部分でポキッと折れてしまった。

 先ほど落ちたときの衝撃で折れたのだろう。


「ありゃ~。古いホウキだったし、こりゃしょうがねーな」

「これじゃ飛べない?」

「そうだな。残念だが、これじゃ無理だ」

「師匠、ごめんさない。師匠の大事なホウキ壊しちゃって」


 ルーシーは、珍しく俯いてしょんぼりとしていた。


「どうした? お前らしくない。心配すんな。今度ルーシー用に新しいの作ってっやから! 言ったろ、飛べるようになったら作ってやるって」


「ほんと!? やったー!!」


 ルーシーは、飛び上がって喜んだ。


「ただ、キラキラしたやつはダメだぞ。あれは金がかかるし、お前にはまだ早い」

「えー。じゃあ、いつになったらキラキラしたの持っていいの? 大人になったら?」

「そうだな。一人前の魔女になったらだ」

「よーし、頑張って早く一人前の魔女になってやるー!!」


「ちょうど陽も落ちかけているところだから、今日のところはこれで終わりだ。ところで、ルーシーどうだ? 何かいい匂いがしないか?」


「する! イイ匂いがする!」


 そうしてお腹を減らした二人は、美味しそうな料理の匂いに引き寄せられるのであった。

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