第38話 夜の宴と魔法騎士団の副団長

 いい匂いがする方向を見ると、そこには色とりどりの料理がテーブルに並べられていた。


「エルフの料理をお持ちしましたわ、ミレ様」


 マシェリが様々な料理を盛った皿を並べているところだった。

 今しがたルーシーの修行をしていた場所で歓迎の宴が開かれるのだと言う。

 

 あっという間に組み木が組まれ、火の妖精がフウッと息を吹きかけると、そこにたちまち火柱が立った。

 燃え盛る炎を囲み、ミレノアールたちを歓迎する夜の宴がはじまる。


「この料理美味しー!!」

「ルーシーはちっちゃいのによく食べるのね」

「シャルルよりは大きいよー」

「だからシャロロだってばー」


 ルーシーは楽しそうにエルフたちとおしゃべりしている。

 ミレノアールはさかずきに注がれたエルフ特製のお酒を呑みながら、楽しそうなルーシーを眺めていた。

 


「あの子が本当にポポス様の予言に出てくる者だと思うか?」


 察したパウルがミレノアールの隣に座り、空いた盃に酒を注いだ。

 

「さあな。俺にはわからんよ。だけど俺は、あの笑顔がずっと続けばいいと思ってる」


「そうだな。だが我々にとってポポス様の予言は絶対だ。前にも一度、人間に予言を託したことがあったが、結局その人間はその予言を信じなかった。そのせいで悲劇が起きたと聞いている。だからお前も――」


「――それってもしかして100年以上前のやつか? 何か知っているなら教えてくれ」


 パウルの言葉を遮るようにミレノアールが尋ねた。


「ああ、そうだが……詳しい内容は俺も知らん。ただ100年以上前、この里に若い魔女が迷い込んだ。ポポス様はそれが運命なのだと言い、その若い魔女に、予言を託したそうだ。それはいずれ起こるという『悲劇』の予言だった。そしてその魔女には、その『悲劇』を回避するすべがあるのだとポポス様は仰った。だが結局……ほんのではあるが、その『悲劇』はポポス様の予言通り実際に起こってしまったのだ。 ……そしてポポス様は、そのことをひどく悲しまれていたのだ」


 パウルは揺れる火柱を眺めながら、遠い目をして語った。

 それがポポスの予言は絶対なのだ、という言葉の裏付けになっているかのように。


「その若い魔女がじいさんの予言を信じて、回避するために手を尽くしていれば、その悲劇は起こらなかったというわけか……」


「いいや、それでもその悲劇を回避出来たのかは、今となってはわからない。全ては過去の話だ。だが俺が知る限り、ポポス様が人間に予言を託したのは、今回とその二つだけ。それだけポポス様はお前に期待をしているのかもな」


 パウルはそう言うと、ミレノアールの空いた盃に酒を注いだ。


「ははっ。世界が滅ぶのを!ってか。なかなか難しいことを簡単に言ってくれるな。俺はただ、ルーシーからあの笑顔を奪いたくないだけだよ」


「それも簡単なことではないぞ。大きな力には、それに伴う大きな力が動く。あの子にその気がなくとも、それを利用しようとする人間が現れるかもしれんしな」


「ああ。分かっているよ。俺だって伊達に修羅場をくぐり抜けてるわけじゃないからな」


 ミレノアールは大きく背伸びをした。

 その頃には焚き火を囲んでルーシーやエルフたちが踊りを踊っている。


「もぉー、ミレ様もパウル様もこんなところで呑んでばかりいて……さあ、行きますよ!」


 マシェリが二人の手を引き、踊りの中に連れ込んだ。


「師匠ー! こっちこっち!」


 ルーシーは楽しそうな笑顔を見せ、ミレノアールと踊った。

 


 こうしてエルフの里の夜は更けていった。



―――― 時を同じくしてここは、アルバノン王国『王都エクシリア』


 魔法騎士団の集まる一室に、ジョヴァングの怒号が響き渡っていた。


「ガルスのやつは、まだ戻らんのか!? たかが一介の魔女すら連れてこれんとは、魔騎団の恥さらしめが!」

「しかし団長、もしその魔女がミレノアールと関係のある人物ならば、やはりそれなりの実力もあるのでは? もしかしたら既にミレノアールと会っているのかもしれません。そうであれば、いくらガルスといえども、やられている可能性が高いのかと……」


 ジョヴァングの側近が横からなだめた。


「確かに……少し侮っていたかもしれんな。仕方ない。レイヴンを呼べ」

「ふ、副団長をですか? しかし副団長は今、スティレット家の捜索に出ておりますが……」

「その件にしても、いつまで経っても進展がないままだろう。早く呼び戻せ! どうせ遠くには行っておらん。やつは国中のカラスを使って情報を集めているだけだからな」

「わかりました。直ちに呼んで参ります」


 暫くすると、その部屋に一人の青年が入って来た。

 その青年は、17~18歳で青みがかった銀髪に糸目が特徴的な、一見すると好青年のように思えた。

 しかし常に不敵な笑みを浮かべているところが、見た目とは裏腹に不気味さを醸し出している。

 真っ黒なローブもその不気味さの要因の一つだった。


「団長ー、何か用ー?」

「遅いぞ、レイヴン! あと敬語を使えと言っているだろう」


 レイヴンと呼ばれるこの青年は、アルバノン王国直属の魔法騎士団副団長だ。言わばナンバー2である。

 若くして副団長にまで上り詰めたという事実こそが、この男の実力を裏付けていた。

 そして目上のジョヴァングに対しても臆することなく、敬語すら使わないというのがまかり通っていた。


「はいはい。あー、スティレット家はまだ見つかってないよ。てか一族ごと滅んだっていうのは、本当なんじゃないの?」

「その件は一先ず保留だ。他に頼みたい事案がある」


 ジョヴァングは、ガルスに命じたことをレイヴンにも繰り返し説明した。


「なるほど。そのクロエっていう魔女を連れて来ればいいんだね。てかガルスも情けないね」

「ああ、だがその場にミレノアールという魔法使いがいれば、その男だけ連れてくればいい」

「なんだ、じゃあその魔法使いを優先して探せばいいじゃん」

「もちろんお前のカラスでミレノアールを見つけ出せるならそれでもいい。だがまずはガルスの回収とクロエの所在を突き止めることから始めろ」

「はーい。今日はもう眠いから明日の朝から始めるよ。カラスも一日中動けないからね」


 レイヴンはそう言うと、ふあ~っと大きな欠伸をして部屋から出ていった。


「あの若造め、いつまで経っても敬語は使わんし、相変わらず掴めん奴だ」


 するとジョヴァングの側近がそっと耳打ちをする。


「副団長一人に任せて大丈夫でしょうか?」

「あの男はああ見えても、魔導士の肩書を持つほどの実力だ。相手が誰であろうと負けることはない」

「ただ最近、副団長の悪い噂を耳にします。裏で何やら動き回っているとか」

「ふん、所詮は若造。放っておけ。それより早くミレノアールを見つけ出して『不死身』の秘密を聞き出さねばならん!」


――――この時はまだ……この副団長レイヴンが企てる陰謀も、そして彼の正体も、アルバノン王国及び魔法騎士団の中に知る者はいなかった

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