第36話 ルーシー魔女への第一歩

「まさかこれほどの力を秘めているとはのぅ…… いやはや驚きじゃわい」


 ポポスも驚きを隠せないようだ。

 とは言え、黒猫の姿であるからいまいちその表情は分かりづらい。尻尾がピンと伸びているのが驚いているということなのだろうか。


「じいさん、本当に小さな穴を開けただけなのか? 封印が解かれたってことはないんだろうな?」

「大丈夫じゃよ。ほんの針ほどの穴、いや……それよりももっと小さな穴じゃ。儂の魔力でもそれが限界じゃった」

「それにしちゃあ、とんでもないほどの魔力を感じるぞ。とても10歳の子供が持つ力とは思えない……」


 ミレノアールがこの状況に一番驚いていたのかもしれない。

 やはりクロエの言った通り、ルーシーの封印には何かしらの大きな理由があるのだと確信した。


「それみい。だからルーシーはんの封印に穴を開けるのは反対やったんや」


 カボチャのジャックも横から口を挟む。


「おそらくじゃが……今のルーシーは、それまで封印によって抑えられていた魔力が、儂が開けた小さな穴から一気に溢れ出ている状態じゃ。一時的なものじゃろうて、そのうち魔力も安定するじゃろ。まあ確信はないがな」


 ポポスはそう言うと、前足を目一杯伸ばしお尻を突き上げて気持ちよさそうに伸びをした。


「……じいさん、予言者のくせに結構いい加減だよな……。まあいいや、んでルーシーはどうだ? そろそろ何か変化を感じるか?」

「ううん。何も感じないし、自分に変わったとこもないよ。ほんとに魔法使えるようになったの?」


 ルーシーは心配そうに自分の体のあちこちを見ている。

 周りの反応と違い、自分の魔力を自分だけが実感出来ないのが不満らしい。

 ついには、そこら中をバタバタと駆け巡ったと思ったら、次はピョンピョンとジャンプして見せたりと何かと落ち着きのないやつである。

 終いには、魔法で何か出そうとしているのか「ハッ!」とか「やあ!」とか言い始め、挙句の果てには何やら自分で考えたような呪文をむにゃむにゃと口走っていた。


「やっぱ何にも感じないし、何の変化もないし、魔法も使えないじゃん!」


 ルーシーは、ほっぺをぷくっと膨らませると地団駄を踏んだ。


「元々ルーシーの中に秘められていた魔力じゃからな。ルーシー自身には何も感じられなくて当然と言えば当然かもしれん。傍から見れば、これほど大きな変化もそうそうないがな。儂もミレノアール殿もちゃんとルーシーの魔力を感じ取っておるよ」


 ポポスは、ルーシーを慰めるようにさとすとペロッと舌を出した。


「まあ、『魔力がある』のと『魔法が使える』ってのはまた別の話だからな。どんなに強い魔力を持っていいても、不器用で魔法が下手なやつもいるし、逆に大した魔力を持ってなくても器用で効率良く魔力を使えば、それ以上の魔法を操るのも可能だ。そこはセンスみないなもんも絡んでくるが、なんせルーシーはたった今、覚醒したようなもんだし焦らなくてもいいと思うぞ。魔力が安定したら、今度ゆっくり魔法の使い方を教えてやるよ」


 ミレノアールはルーシーの目の前で身振り手振りを加えて説明した。

 しかしルーシーは、納得して落ち着くどころかそれを聞いて不機嫌になるばかり。


「ええー。ヤダ!! 早く魔法を使いたいもん! 師匠、今から教えて! ねぇーお願い、師匠!!」


 ルーシーは駄々をこねるようにミレノアールのローブを引っ張り、ブンブンと左右に振った。

 早く自分の魔力を体感したくて仕方がないのだ。それがルーシーにとって夢でもある『魔女になる』ということの第一歩であるからだろう。


「ちょっ! 引っ張るなって! わかった、わかったよ。教えてやるよ」

「ほんと? 師匠、大好き! 師匠、カッコイイ!」


 ルーシーは、先ほどまで引っ張り回してシワシワになったミレノアールのローブを、今度は手でなぞり皺を伸ばすフリをした。


「……わかりやすい奴だな、お前。……普段から俺をそれくらい敬ってくれよ」


 ミレノアールはルーシーの押しに負けてしまったようだ。


「ふぉ、ふぉ、ふぉ。ルーシーは面白いお嬢さんじゃの。明るく楽しい魔女になりそうじゃわい」


(確かに魔女って変わった奴が多いよな。すげー陰気だったり、ドSだったり……)


 ミレノアールは今まで出会ったことのある魔女を思い返していた。


「んで、どんな魔法覚えたいんだよ?」

「ん~とね、なんか火とか出したりしてね~凄いドッカーン!!って爆発するやつ!」


 ルーシーはとにかくカッコイイ魔法に憧れているのだ。


「却下っ!!」

「ええーなんで!?」

「そんな魔法いきなり覚えられるわけねえだろ! それに危ねーよ」


 即行で却下されたことへの不満をあらわにしながらも、ルーシーは次の案を考え始めた。


「ん~ じゃあー そうだ! 空を飛びたい!! ホウキに乗って! ねえ、それならいいでしょ?」


「まあ、基本っちゃ基本だけどな。だがそう簡単にはいかないぞ。魔力のコントロールが難しいし、集中力も必要だ。それに高いところから落ちたら……痛いぞ」


「だ、大丈夫! 私、頑張るよ! 師匠の後ろに初めて乗せてもらって、飛んだときの感動がまだ忘れられないんだ。びゅーんって浮き上がって、空から見る景色が綺麗だったんだよ。特にあの朝陽が!」


 それはミレノアールとルーシーが初めて出会って、夜から朝方までホウキで飛んでいたときの思い出だ。


「ルーシーが落ちたら、わしが守ったるでー。防御魔法は任しときー」


 カボチャのジャックは、ジャンプしてルーシーの頭に乗ると自分の存在をアピールした。


「うん! ありがとう、ジャック! 頼りにしてるからね!」


 ルーシーは、頭に乗ったカボチャのぬいぐるみをポーンっと上に投げると、キャッチしてそのままギュッと抱きしめた。「落ちてきたらキャッチしてね」と言う意味だったようだ。


「じゃあちょっと見てやるか。じいさん、外の空いてる場所借りるぜ」


 ミレノアールは「よっこらせっと」と重い腰を上げた。


「構わんよ。今日は、この『エルフの里』に泊まっていくといい。夕食は我々がお持て成ししよう。二人には迷惑もかけたしのぅ。エルフもたまには人間との交流が必要じゃて。パウルとマシェリには儂から話しておくから安心せい」


「おお! それはありがてぇ。じゃあお言葉に甘えて一晩お世話になるか。良かったな、ルーシー!」

「やったー! シャルルといっぱい遊べる!」


「……っておいおい、今から魔法の特訓するんだろ? もう忘れちまったのかよ あとな。友達の名前間違えちゃいかんだろ、ってなんで俺の方が思えちゃってるんだ」

「えへへっ。そうだったね。師匠よろしくお願いします!」

「おう、じゃあ表に出るぞ。ここで飛んだら天井にぶつかっちゃうからな」

「はい!」

「いい返事だ」


 こうしてついに魔女への第一歩を踏み出したルーシーは、期待に胸を膨らませながら師匠であるミレノアールに魔法を教わるのであった。

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