第4話 ルーシー・パンプキン 「その2」

「はぁ~10歳の誕生日だっていうのに最悪だよ。なんて日だよ」


 結局チケットを返してもらえなかったルーシーは落ち込んでいた。


「ルーシーおはよう。あ、誕生日おめでとう! それにしても朝から大変だったね」


 ルーシーの同部屋で同い年でもある『オリビア・ルカレ』は本当はもう随分と前に起きてはいたが、当然二人のやり取りに入ることも出来ず困惑していた。

 一段落着いたところでようやくルーシーに声をかけたのだ。


「あ、オリビアおはよう。ごめんね、起こしちゃったね。今日の計画は失敗……」


 親友のオリビアは、ルーシーが今日旅立つ計画だったのを知っている。

 そしてルーシーがいつかすごい魔女になると信じていた。


 ルーシーとオリビアは見た目も性格も正反対。オリビアはウェーブのかかった金髪にメガネをかけており、性格は引っ込み思案で何をするにも慎重だった。ゆえに常に明るく行動力のあるルーシーに憧れていた。

 だからこそ一人で魔法学校へ行くというルーシーを心から応援していたのだ。

 寂しくて泣きそうだったことは、ルーシーには内緒にしている。


「じゃあ当分は魔法学校へ行くのもお預けだね」


 少しでも長くルーシーといられることに喜びは隠せないが、親友が夢を叶えるための一歩に失敗したのは悲しいというのも本心であろう。

 オリビアは少し複雑な気持ちを抱えたままルーシーが散らかした部屋中の本を本棚に戻した。


「諦めてなんかないよ! またすぐに『王都』行きのバスのチケット買ったら、今度こそすぐに出発してやるんだ!」


 少しも懲りてないどころか以前にも増して意気込むルーシーを見て、オリビアは自分もいつかこんな風になれたらな~と思うのであった。


 それでもさすがのルーシーもすぐに忘れることは出来ず、昼過ぎまで「ああ、本当だったら今頃バスの中かな~。いやもう王都には着いてるか。エバーライト魔法学校ってどんな感じなんだろう?」とブツブツ言っていた。


 ルーシーは、王都はおろか今住んでいる街から出たこともない。300km以上も離れている王都へ一人で行くという計画がいかに覚悟のいるものだったか。ルーシーはまだ10歳の少女なのだ。


 ルーシーたちが住んでいる孤児院は学校も兼ねている。

 その日の午後、最初の授業は歴史だった。よりにもよって「魔法と文化」という項目だ。勉強嫌いなルーシーが唯一興味が持てる魔法の歴史ですら、今日はとっても憂鬱だった。


 授業中にも関わらず、上の空のルーシーを見かねて隣の席のオリビアがこっそりと話しかけた。


「ねえ、ルーシー知ってる? 街のはずれにある小さなお城のこと」


「もちろん知ってるよ。丘の上にあるお城だよね? お城っていうかちょっと大きな『塔』くらいなもんじゃん。てかあそこ、もう長い間誰も住んでないって聞いたよ」


「でもね……あそこのお城には、すっごい地下深くに牢屋があるんだって」


「ろうや?」


 ちょっとだけルーシーの食いつきが変わったのを見ると、オリビアは嬉しそうに続けた。


「うん。それでね、そこにはすっごい凶悪な魔法使いがすっごい長い間捕まったままになってるんだって」


「ほんと!?」


 こうなるともうルーシーは目を輝かせて興味津々になっていた。

 同じ魔法の話なら歴史よりこういった類の方が好きなのをオリビアはよく知っている。


「私もね、こんなのはただの都市伝説みたいな噂話だと思ってたの。でもね、こないだ街で聞いちゃったんだ」


「何? 何? 何を聞いたの?」


「今日そのお城に王都から偉い魔法使いの人が来るんだって。こんな遠くの街のへんぴなお城に王都から来るんだよ。絶対何かあると思わない? だから悪い魔法使いがいるっていう噂も本当なのかなって思ったの」


「それだ!」


 急に何かを閃いたかのようにルーシーが立ち上がった。……今が授業中だということをすっかり忘れているのだろう。


「ミス・パンプキン! ミス・ルカレ!」


 コソコソ話をしていたつもりの二人も、ルーシーのおかげで先生に見つかって怒られてしまった。


「……また後で話すね」


 怒られて恥ずかしそうにするオリビアをよそに、目をらんらんと輝かせたルーシーが呟いた。

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