第1章 交錯する運命

第2話 ルーシー・パンプキン 「その1」

「ないないないないないなーい!」


 ルーシーは焦っていた。

 朝日が昇る前に、孤児院を出ると決めていたからだ。

 それなのに一週間前から用意しておいた王都にある「エバーライト魔法学校」行きのバスのチケットがない。


「おっかしいなぁ~。絶対この本の間に挟んでおいたのに!」



 ――――彼女の名は『ルーシー・パンプキン』


 魔女に強い憧れを持っているが、その力は……まだない。

 まん丸な大きな目にリンゴのようなほっぺ、それに黒髪のおかっぱが似合う10歳の少女だ。

 でも本人はこの髪型を気に入ってはいない。ほんとはもっと今風のオシャレな髪型にして欲しかったのだ。次こそは可愛く切ってもらおうと思いながらも、先生に髪を切ってもらうときはついウトウトとしてしまい、起きたらもうご覧の通りおかっぱの出来上がりなのだ。


「リンドル先生! もっと可愛い風に切ってって言ったでしょ! なんでいつもおかっぱになっちゃうのよ!」


 気の強いルーシーは「ありがとう」よりも先に文句が出てしまう。

 それでもそんなルーシーに対して優しいリンドル先生は「髪なんてすぐに伸びるわよ。それにルーシーならどんな髪型だって似合っちゃうわ。だってそんなに可愛いんだもの!」と言ってたしなめるのがいつものやり取りだ。


 そして「似合う」や「可愛い」と言われて機嫌が直ってしまう単純な性格もリンドル先生はよく知ってした。

 20代後半から30代前半に見られがちなリンドル先生だが、ルーシーが0歳のときからよく知っている。




――――ルーシーは、未だバスのチケットを探していた。

 

 いつでも出発出来るように身支度を終え、一張羅である赤いワンピースにも着替えている。


 同室の子を起こさないように、コソコソと部屋の本棚を全部調べ終えようとしたころ、カーテンの隙間から朝日の光が差し込んだ。


「ああ! もうどこ行っちゃったの! 早く出てきてよー! ちけっとぉぉぉぉぉ」


 そんな時だった。突然部屋のドアが「バタンッ!!」と音を上げて激しく開いた。


「ルーシー・パンプキン!」


 ルーシーは思わず、びくっ! としてドアの方を振り向いた。

 するとそこには純白のローブに見慣れた赤ぶちの眼鏡、しかしいつもの優しい顔とは違うリンドル先生が立っていたのだ。

 そしてリンドル先生の右手には『エバーライト魔法学校行き』と書かれた1枚の紙切れが握られていた。


「あっ!バスのチケット!」


 そう叫んだルーシーは今にもチケットを破り捨ててしまいそうなリンドル先生の顔をじっと見つめた。


「リ、リ、リンドル先生……? どうしてそのチケット持ってるの?」


 ルーシーはドアの前に立つリンドル先生に疑問を投げかけてみたが、大方の予想は付いている。


「王都の魔法学校へは行っては行けませんと何度も言ってきたでしょう。このチケットの日付が今日だったのでもしやと思って来てみたら……やっぱりルーシー、あなたでしたのね」


 ルーシーの予想通り、リンドル先生は自分を魔法学校へは行かせたくないようだ。

 はぁ~という大きなため息を吐くリンドル先生をよそにルーシーは(こっちこそため息だよ、ちぇ!)とふてくされてみせる。


「前にも言いましたよ。魔法を使える者は『覚醒』をしたほんの一握りの人間だけだと。ルーシー、あなたは覚醒をしていないただの人です。覚醒してない者が魔法学校に行っても入学出来ないと何度も言ったはずです」


「わかってるよ……そんなこと! 私だって……前にも言ったけど、絶対覚醒してると思うの! 魔法だって使い方を知らないから力を出せないだけ。うまく言えないけど……自分には魔力があるってわかるときがたまにあるんだもん。ちゃんとした人に見てもらえば絶対試験だって受かるはずだもん! エバーライト魔法学校なら10歳から入れるんだよ! 私は今日が、だから今日行くって決めてたの!」


 ルーシーも負けじと言い返す。気の強さで言えばこの孤児院で一番なのだ。

 そして先生もまたルーシーが今日10歳の誕生日だということも当然知っている。だから魔法学校行きのチケットを見つけたときは不安が的中したと思ったのだ。


「とにかく魔法学校へは行かせません! このチケットは没収しますから!」


「えーーーー!!!」


分かりやすく大きな声でアピールするルーシーをよそ目に、リンドル先生は振り返らずに部屋を出て行った。

本心ではルーシーを悲しませたくないのだ。


――――実のところリンドル先生は時々思うことがあった


(ルーシーの封印が解け始めているんじゃないかと……)


それにはまだルーシー本人には言えない大きな秘密と理由があった――――

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