第315話:最後の戒め
「どうしてそんなことを言うんですか……」
肉体的な力はほとんど望めないにしても、それでもなおボクを圧する気迫。
しかしそれらの言葉は、言っている通りの内容ではないのかもしれない。そう思い始めていた。
「生まれが違う。育ちが違う。置かれた運命が違う。同じ人という種族であっても、お前たちは全く違う存在だ。埋めることなど出来ん差がある」
「──だから、何です?」
リマデス卿の言っていることは、何も間違っていない。ボクの親を知っているというのもあってか、反論の余地はない。
「何も糞もない。今お前たちが愛だの恋だのと言っているのは、勘違いだ。至極近い将来、お前たちは互いを憎む。どうしてそうまで違うのかと」
言葉が痛い。確かにそうなるかもと、予想が立ってしまう。
「そうなれば、そこまで親密を装っていた反動は大きいぞ。俺はこれでも、親切で言っている。今終わらせておけば、被害は少ない。処理までやってやると言うのだから、破格というものだ」
「それがフラウを育てた、親代わりの役目だと?」
曲がった使命感なんて、ボクにはどうでもいい。それが人を幸福にするなんて、ボクには思えない。
人は自分が何をしたいか考えながら、探しながら生きるのがいいはずだ。
ボク自身にはそれもまだ実感ではないけれど、少なくともボクが知っている人たちはそれで幸せそうだ。
だからフラウが縛られているものから解き放ってあげたいし、そんなことを理由にフラウをどうこうしようなんて、認められない。
「役目? 違うな。これは特権というのだ。強い力を持った者は、その掌中にある何物も自由に出来る。お前がそこに生きていることも、俺が気紛れに見逃したからだ」
見逃したって、一度は致命傷をもらったけども。
でもそれはそれで間違いない。リマデス卿がもっと狡くことを運べば、王がひれ伏してボクは死んでいただろう。
そうだ。あの時のリマデス卿ならば、そう言えるだけの力を持っていた。ボクがどう思うかなんて一切関係なく、あのままフラウを連れ去ることも出来た。
「――ええ、その通りですね。あなたの言う通りに、ボクはそれに文句をつける機会さえなかったでしょう。強い力を持っていれば、それが許される。いいことも悪いことも、しがらみは全て無視出来る。あなたの言ったことに間違いなんて、ボクには一つも見つけられません」
そうだ、認めよう。ボクには何の力もない。いまここでボクがフラウと一緒に居られるのは、リマデス卿のお目溢しだ。
ボクの答えに、リマデス卿はそうだろうと満足したりはしなかった。
つまらなそうに目を細め、またため息のような呼吸が漏れる。
「でも、そればかりじゃありませんよ」
「何?」
「戦場でも見たでしょう? ボク自身は何も出来なくても、助けてくれる人たちは居るんです」
この会話をどう捉えているのか、団長たちは何も言わない。
でも一つ間違いないのは、ボクが助力を乞えば答えてくれる。それがフラウの機嫌をとりたいなんてことだったとしても、散々冷やかしながらも世話を焼いてくれる。
「力が足りるかどうかではない。隣り合うことが、そもそも叶わんことだと言っているのだ。お前には分かっているはずだ」
「あなただって、分かっているはずですよ。フラウは絵の具じゃない。酸でもない」
食い気味に言ったのを、卿はじろと睨むだけだった。ボクが何と言うのか、さあ唄ってみろと挑発さえ感じる。
「そりゃあ絵の具に、絵でなくて実際に使える炭になれと言ったって無理です。でも仰る通りに、フラウは人間です。装置じゃない」
「話せば分かると言っているのか? そうでない人間に、心当たりがないなどとは言わんだろうな。話し合いを始めることさえ出来ん者もだ」
それに加えて、こちらが話したくない人間だってね。二人の王子を思い浮かべて、そう考える。
思えば、非道な行為ではあっても相手の意志だけは話させていたな。
「ずるいですよ。あなたはこれまで、フラウをたくさん見てきたんでしょう。でもボクは、これからたくさん見ていきたいんだ。その機会も奪おうと言うんですか」
「機会ではなく、徒労に終わる。その手間を省いてやろうと言っている」
同じことを、一体何回言わせるのか。そんな苛々が見えた。でも威圧感は消えようとしている。
やはりそんなつもりは、最初からなかったんだとボクは察した。
「それは嘘です」
「まだ言うか」
「いえ、苦労はするでしょう。それを疑ってはいません。あなたがボクを殺し、フラウの体を支配するというのが嘘です」
窓の外が暮れていって、その闇に落ちるような瞳がボクを見つめていた。涼しいのを通り越した冷たい風が、ボクの気持ちを引き締めた。
「あなたは、フラウが笑えるようになればいいと思っている。それにはボクが相当の覚悟をしないといけなくて、戒めてくれようとしている」
「くだらんことを」
そう言いながらも、卿は否定をしなかった。前屈みだった上体を椅子の背もたれに預けて、天井を仰いだ。
「あなたはフラウを……いえ。大切に思ってくれています。だからボクに、取り扱いの注意をしてくれた。ありがとうございます」
「精々、悩むがいい」
ユヴァ王女を重ねて見ていたフラウ。それがボクの隣りに居ると言うなら、幸せになってほしい。リマデス卿は、きっとそう考えている。
そうですよねと言いかけたけれど、それは無神経にもほどがあると気付けて良かった。
「ああ──本当に疲れた。お前たち、そろそろ出て行ってくれ」
天を向いたまま、リマデス卿はぼそぼそと言う。ボクはそれに答えることが出来なかった。
答えたとしても、もう卿がそれを聞くことは出来なかった。
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