第260話:神殺しの騎士
「クアト! あなたは一体、何をやっているのです!」
枯れていながらも突き通すような響きを持った声が、クアトを打った。血みどろの彼女は、本当に拳骨を食らったように頭を押さえて怯む。
「何だい、敵を減らしてきたんじゃないか」
襲い掛かってくる兵士たちの波を割って、すたすたとヌラがこちらへ歩いてくる。背筋はぴんと伸びて、その両手はさっきも今も腰の後ろで結ばれたままだ。
前に見た時もそうだったけれど、この人はどうやって相手を攻撃しているのだろう。
「言いわけは結構」
ぴしゃりと言い捨てるヌラに、クアトは「びぃいい」と舌を出す。が、周囲を探っていたヌラの視線がその舌に注目するとすぐさま引っ込められた。
「見なさい。あなたが遊んでいる間にも――」
ヌラが手を差し伸べた先には、近衛騎士の隊がある。相変わらず大盾を前に出して、防戦一方だ。
しかしそれでも一人、また一人と着実に人数を減らされている。
大盾一枚に対して近衛騎士は二人以上でかかっていて、
騎士の側が攻撃を受け損ねて態勢を崩したか、大盾の上部を掴まれて押し引きのタイミングが合わずに引き倒されたか、どちらかによる被害が多いようだ。
「おや、随分とあっちに行っちまったねえ」
その通り、王軍は全体的に南方向に押し込まれている。
攻撃を防ぎながらも人数を減らされているということは、その穴を塞ぐのに多少なりと後退する必要がある。そうしなければ、穴を塞ぐよりも早くに相手が突入してきてしまう。
それを繰り返した結果、もう辺境伯の軍はカテワルトの東門の前を通り過ぎようとしていた。
王軍の背後には、海がある。まだまだ距離はあるけれど、大軍を自由に動かす余地はなくなっていく。
「王軍にだって、減ってもらったほうがいいんだろう? 好都合じゃないか」
「今がその時ではありません。あなただって理解しているはずですよ」
不穏な――。王軍の、つまりは王の実行力が弱まる時期を欲していると言った。それはユーニア子爵家による反乱以外の想像をするのが難しい、それ以外にないと言っていい会話だ。
「もうちょっと遊びたかったんだけれどねえ。また邪魔が入っちまった」
「また遊ぶみゅ」
艶やかと言えばいいのか、ふらふらと危なげだと言えばいいのか、ともかくそんな様子でクアトは歩いて行った。その背中に、メイさんは律儀に手を振って見送る。
「お互いに、なかなか思うようにはいかないようですね」
「そうだにゃ。でも思うようにいかないから、世の中は面白いにゃ」
「なるほど。それには同意致します」
双方のリーダー同士ということか、何もこんなところでご機嫌伺いの会話は必要ないと思うのだけれど。
その間にも、戦況は動く。
王軍の中央にある近衛騎士の隊を押すということは、辺境伯の軍もまた中央が突出しているということだ。
そこを取り囲んで押し潰そうと、王軍の両翼が前に出る──が、町から遠いほうの右翼は辺境伯の通常の部隊が。近いほうの右翼は、子爵の連合部隊が押し留める。
双方の実力差はさほどでない。でも疲弊度が違う。これではもう状況をひっくり返すことなど不可能だと思えた時、町の外門が開いた。
「援軍だああっ!」
門にずらりと並んだ騎士。その後ろには、長槍を構えた兵士。整然としたそのシルエットは、変に意気を上げているよりもよほど安心感があった。
松明を持った騎士が数騎、まず駆け出した。すぐあとを残りの騎士が、隊列を保ったまま続く。
隊列の先頭に居る騎士が、騎兵槍を構えつつ怒声を放った。
「我はエイテハルト・アル=マイルズ! 王家の敵を滅ぼす者なり!」
「わああっ!
神殺しという異名は、聞いたことがある。ハウジア王国の現騎士団長のことだ。そういえば、マイルズという家名だったか。ミリア隊長の部下と同じとは、奇遇なこともある。
マイア男爵が率いていたのと同じ騎士団ではあるけれど、はるばる東に遠征していたのとはわけが違う。しかも全員が、元気なエコに乗っている。
プロキス侯爵の隊がギールの部隊の喉元を掻っ切っていったように、子爵連合の部隊も次々と弾き飛ばされていく。騎兵槍の先で突かれればもちろん、最高速度に乗ったエコの脚に引っ掛けられるだけでも、無傷でいることは難しい。
それぞれの隊長らしき人たちが兵士や騎士を落ち着かせ、踏み止まらせようと声を上げても、それは叶わない。
逃げ腰になった人たちはもう足を止めることがないし、いくらかまとまった人数が食い止めようとしても、マイルズ伯の騎士たちはそこを狙い定めて突っ込んでいく。
ほんの数秒。一瞬と言ったっていいくらいの時間で、子爵たちの部隊は散り散りになった。討ち取られた人数も、少数ではないだろう。
ただ。夜間という環境では、逃げてしまった兵士たち全てを追うことは不可能だ。
しかしそうする意味もない。また別の場所で合流する士気が残っているのか知らないけれど、それまでに次の行動に移る必要がある。
辺境伯軍の右翼が消え去って、辺境伯自身の居る本隊は丸裸になった。次というならばそこが最も効果的だろうけれど、騎士たちも隊列を整え直さなければそうは出来ない。
騎士団のあとに続いていた兵士たちや、他の貴族の私兵たちも加えて、速やかに隊列が整えられた。
「はっはっ! 次から次へと、よくも有象無象が出て来るものだ!」
王軍に疲弊した兵が多いという話をするなら、辺境伯だってずっと戦い詰めなのだけれど。その声に疲れた様子は全くない。
「しかし見たところ、役者は揃ったようだ! そろそろ大詰めといこう!」
子爵連合部隊を失って、北から西、西から南を半包囲された格好になっても、辺境伯に焦りは微塵も感じられなかった。
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