第253話:休戦協定
三人は「せえの」と息を合わせて、思いきり鳴いた。それは大きな鳴き声ではもちろんあったけれど、それ以上に強さが増していた。
「何やら緊急な様子で申しわけないのだけれど、
「あ、そうですね、ハンブルにはありませんよね。ええと──身体能力が増します」
「ギールの身体能力が? それは……
どのくらい増すものなんだろうか」
男爵の顔に緊張感が差して、息を飲み込んだのが分かった。
でもどのくらいと言われても、個人差があるみたいだし、どこがどう強化されるのかも一定じゃないと聞いている。
何と答えたものか──。
「具体的には、喧嘩をしたらいい勝負だった相手が、一年経ったらずっと鍛えていたらしくて、まるで敵わなくなったくらいにゃ」
いや、具体的だけれども。
これはこれで曖昧すぎるような気が。と思っていたら、男爵もミリア隊長も納得したらしい。
「集団戦闘でそれは……」
「人員数を三倍ほどに見積もって……」
自分のイメージを同輩と共有し合う時、小声になるのはどうしてだろう。
それはともかく、二人は短い意見交換を終えて、また聞いた。
「それはキトルにも起こるのか」
「起こるにゃ」
「自発的に起こせるものなのか?」
「出来る子と、出来ない子が居るにゃ」
そんな厄介な代物は、同じく獣混じりであるキトルが相手をしろ。
そんな酷い風には考えていないだろうけれど、そういう意図が全くなくもないだろう。そうでなければ、今の質問は出てこない。
「団長なら、強制的に獣王化させられるみゃ」
「──そんなことも?」
「トンちゃ──」
わざわざ教えなくても。思わず制止の声を上げてしまった。
でもそれは、途中で掻き消す。その必要はなかったと、トンちゃんの顔を見て分かったから。
「他の団員がどう考えるかは知らないみゃ。でもウチは、ハンブルの盾になるために命を縮めるなんて、まっぴらみゃ」
男爵やミリア隊長には、関係ないのだろうと思う。知らずに一言二言を口にしたところで、気にするトンちゃんではない。
けれども、確かにそこにある怒り。
それが何なのか、恐らく過去の何かであるだろうけれど、ボクは知らない。
「ああ──すまない。それはそれほどのものに、リスクがないはずもないだろうね。察せなかった」
直に言ったのはミリア隊長だったけれど、先に謝ったのは男爵だった。機先を制されたような形のミリア隊長は、慌てて頭を下げる。
「おやおや、港湾隊が盗賊に頭を下げたら駄目なんじゃないかにゃ?」
「それは別の話だ。例えどんなに悪辣な人間でも、悪戯に抵抗して捕縛された人間でも、その心を害して良いという法はない」
頭を下げたまま、彼女は言った。
その生き方は、どうにも窮屈ではないのかと心配になる。「少なくとも、港湾隊がそんなことをするわけにはいかない」と、自分を縛っている鎖を誇らしく見せつけるような言葉も。
「害されてはいないから大丈夫にゃ。トンちゃんは、やりたくないことをやりたくないって言っただけにゃ」
「そうか。すまなかった」
あらためて謝罪を口にして、ミリア隊長は頭を上げる。その目の前に、団長は右手を差し出した。
「何だ」
「この戦争が終わるまでかにゃ? 仲良くするにゃん?」
「戦争が終わるまでの休戦か。妙なことを」
あと、ほんの少し。指先が触れそうなくらいの距離まで出されたミリア隊長の手は、そこでぎゅっと握られた。あれでは握手が出来ない。
「どうしたにゃ?」
彼女は自分の手を眺めたあとに団長の目を見て、数秒の間を持った。
「お前と握手するのは──お前が捕まって、牢に入って、刑が終わって、真っ当に生き始めてからだ」
「それはそれは、気の長い話にゃ」
団長は、にゃにゃんと笑う。差し出していた手は、そのまま肩の高さくらいまで上げられた。
何を意図しているのか分からなかったらしく、ミリア隊長はきょとんとする。
しかしすぐに自分の手が握り拳になっているのを見て、それを団長の手の平に打ち込んだ。
「おお、痛いにゃ。せめて今は、それをあたしたちに向けないでほしいにゃ」
「お前は背が高いんだ。もっと低く構えなければ、打ちにくいだろうが」
握手ではなかったけれど、休戦協定は結ばれたらしい。ここまでなし崩しだったけれど、あらためてということだろう。
どうしてあらためなければならなかったのか、それは言うべきでないし、あまり言いたいことでもないけれども。
「さあ。あたしの可愛い仲間たち、集まったにゃ。ギールを何とかするのに、力を貸してほしいにゃ!」
集まった団員は、ざっと数えて七十人ほどだった。数千人規模のギールに対して、あまりにも少ない。
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