第246話:追うべきもの
「何が起こった!」
「将軍! 将軍はご無事か!」
ワシツ将軍が蹴り飛ばされて無事なことは、その周りに居る兵士たちしか知らない。その他の兵士には、異様な音と光が将軍の居る辺りで起こったとしか分からない。
比較的に近くに居た兵士たちも、セフテムさんの率いる部隊が周りを囲ってしまったことで、その中のことは見えていなかっただろう。
「爆薬だ! 辺境伯が爆薬を使った!」
額冠を追っていったのとは別の誰かが叫んだ。これを聞いて、また声が上がる。
「ワシツ将軍は、ご無事なのか!」
「ご無事だ! ここにいらっしゃる!」
「人を相手に爆薬とは、卑劣な!」
火薬や爆薬は、一般にはそれほどその存在が浸透していない。
船や城に備えてある大砲を知っている人は多いので、それがどうして弾を飛ばせるのかと考えれば火薬に行きつく。でもそこまで興味を持つ人も、あまり居ない。
それは市民に聞かれたからと、軍人もおいそれとは話せない──という面もあるのだろう。
機密というほどではなくとも、そのものや情報の扱いには慎重なのだ。
ともあれそれは大型船同士か、攻城用。人に向けるとしても、多数の兵士を相手にした時に限定される。
さっきのように特定の少人数を目標に使われるのは、ほとんど例がない。過ぎた方法で勝っても、正当な勝利と認められないからだ。
「あっという間に、悪人に仕立て上げられましたね」
「うん。そもそもその人が、どこの誰とも分からないんだろう? ならば、先に言ったもの勝ちになってしまうね」
王軍からすれば反乱を起こしたのだから、そもそも辺境伯は悪人に違いない。
でも国家を揺るがす大罪人と、禁じ手を使った卑劣漢とでは、また随分と意味が違ってくる。
──それはともかく。ボクはどうすればいいんだ?
サバンナさんの背中で眠るフラウに、変化はない。強いて言うなら、疲労の色がより濃くなっている。
どうしてフラウが目覚めないのか、辺境伯に聞けば何かが分かると思ってここまで来たのに。
当の辺境伯が死んでしまっては、次に何をするべきなのか、皆目見当もつかない。
「目当てもついたことだし、そろそろ動くとするかにゃ」
ここまで見物に徹していた団長が、ぐいぐいと手足を伸ばす。それを見た団員たちも、各々の準備を始めた。
「目当てって──辺境伯はあの通りですが」
「ん? アビたんはこれで終わりと思ってるのかにゃ? それならそれでもいいけどにゃ」
いつも通り、迷いなんてなさそうな顔。実際にそうなのか、実はものすごく悩んでいるのに表に出さないのか。
迷いも悩みもしない人なんて居ないと信じたいけれど、多い人と少ない人は確実に分かれる。
それは何かが起こっても、対処する能力の差なのだと思っていた。
けれども今は、そうじゃないと分かっている。
「いえ、そうは思ってませんけど」
「じゃあ、どうするにゃ?」
そんなことを聞かれたって、分からない。でも分からなくたって、悩む必要はない。
「分かりません。何をすればいいのか、教えてください」
「そんなに堂々と言われたら、教えないわけにはいかないにゃ」
ちょっと苦笑っぽくもある笑みで、団長はボクの頭を撫でた。
褒められたのか、子ども扱いされたのか。気にはなったけれど、どちらでもいい。
「昨日、いくら辺境伯を追っても姿を眩まされたにゃ?」
「ええ、そうでしたね」
「たぶんその答えが、あの額冠にゃ」
額冠……。
確かにセフテムさんは、それを手に入れるために動いていたのではあるだろう。
でもあれが一体、何だというのか。
目の前に居る男爵だって革製の額冠をしているけれど、材料はカテワルトの市場で買える物ばかりだ。
それはその形なんかに意味はあって、勝手に似たような物を作ってはいけないのだろうとは思う。
でもそれを、ユーニア子爵が欲しがる必然性は何だ。
複数で追っていても、行方の分からなくなった辺境伯。
それ以外にも、何かあっただろうか。
………………。
…………。
……あ。
そうだ。フラウが格子板に縛られていた時、辺境伯は突然に目の前に現れた。その時イスタムとリリックは、兵士の頭に何かを載せていた。
あれが額冠だったのか?
そして今、辺境伯の近くにその二人は居なかった。
それは倒れている辺境伯を、守る必要がなかったからか? 偽物だからか?
分からない。でも団長の言う通りに、額冠に何かがあるのだろう。それならまずは、それを手に入れればいい。
ボクたちは、盗賊なのだから。
欲しいものは、知りたいことは、まず盗んでから考えればいい。
「なるほど、分かりました。額冠を盗みに行きます。手伝ってください」
「お任せにゃん」
もちろん一緒に行きますよねと期待を込めて、男爵とミリア隊長を見る。
二人は肩を竦めて、ミリア隊長が言う。
「盗みの手伝いなど出来ませんよ」
「ここまで来て、そんなことを言います?」
この人たちには、譲れない矜持がある。それはもう存分に感じていて、それでも一緒に来てくれることは確信していた。
「反乱の鍵がそこにあるなら、調べないわけにはいかないね」
「それはもちろんです、副長」
「ああもう分かりましたから、とにかく行きますよ」
なるほど、そう言うのか。段々と手の内が知れてきた。
でもそうやって親しくなればなるほどに、関係の難しくなる人たちなんだよなと、寂しく思う気持ちが胸のどこかに生まれていた。
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