第12章:運命と激情の交響曲

第181話:盗むということ

「なるほど、そのような事態になっておったか」


 隠す気のない圧力を感じる視線の中を堂々と歩いて、コニーさんはワシツ将軍のもとに辿り着いた。ボクはその後ろを、おっかなびっくりついていった。


 出会ってみれば、顔を見知っていることで話は早かった。もちろん一般市民と思われているボクが、この場に居る説明をする必要はあったけれども。


「それで? 用件はなんだったかな」


 ボクの説明が下手くそだったせいなのだけれど、話はあれやこれやと脱線した。

 多少の時間をかけてようやく説明を終えて、その中にはボクが盗賊だということも含まれていた。


「え、いえ。あの、それだけです?」

「それだけとは?」

「ですから――その、ボクは盗賊だと自白したわけで」


 あご髭の生え際をぽりぽり掻きながら、将軍は「ふむ」とボクに視線を定めたまま、数秒を動かなかった。


「ミーティアキトノ、だったか。その一員なのだろう? ここで儂が鉄槌を下さねばならんほどに、悪事を働いたのかな」

「ええ――ボクが入る前のことはよく知りませんが、大きな商人の家や倉庫に入ったこともありますし、公の備蓄庫から食料を盗んだこともあります」


 国王勅許の商人から金品を盗めば、王城から盗んだのに準じるものと看做される。そのほとんどは死罪、良くても何もない小島に流刑だ。


 将軍は腰かけていた岩から尻を離し、剣を抜く。その剣先は、膝を突いて座るボクの目の前に突き出された。

 戦場のどさくさでお咎めなしかと淡い期待を抱かせる態度だったのに、急に変わったものだとは思う。でも仕方がない。これまでやったことは事実だ。


 覚悟を決めて頭を垂れると、僅かな間のあとに将軍の笑い声が聞こえた。


「いや違う。刃を見ろと言っておるのだ」


 顔を上げると、もう笑っていなかった。元々そういう人ではないが、ボクをからかおうという話でもないらしい。


 良く手入れのされた、美しい刀身だった。

 研ぎきれない刃こぼれも綺麗に処理されて、刃物に縁の少ない人なら新品だと思うだろう。


 でもボクが盗賊だということと、この刃とがどう関係するのか。それはどう考えても見えてこない。


「盗みと言うなら、儂もやらかしておるよ。この刃で幾千の命を盗み取ったか、数えきれんほどにな」

「盗み、ですか――」

「そうだろう。誰が己の命を両手に乗せて、どうぞ持っていってくださいと言うものか」


 将軍の言い分は分かる。とても有難い申し出をしてくれている。

 ボクが姑息にも期待していた通り、戦争の最中だから何も言わないと。でもそれではボクが遠慮しそうだから、言いわけまでつけてやろうと。


 これが他の誰でもなく、戦場から戦場を渡り歩くような人生を送ってきたワシツ将軍が言う。

 これほどの説得力は、なかなかない。


 でもボクは、盗賊であることを隠してワシツ家に出入りしていた。ワシツ夫人やイルリさん。小さな赤ちゃんのタトゥムと顔を合わせていた。

 ボクが反対の立場であれば、どう思ったか……。


「この世は誰もが盗人なのだよ。パンの欠片でも食いたい者から、国を我が手にしようとする者までな。その上で儂が剣を向けるのは、儂が大事に思う物へ手をつける者と、戦の倣いを踏みにじる者だけだ」


 向けられていた剣が、鞘に納められた。つまりボクは今言った対象に入っていないと、そう示してくれた。

 優柔不断なボクのような人間にも、これ以上ないくらいに分かりやすい形で気持ちを表してくれた。


「ありがとうございます……」

「良い良い。それより時間が惜しい。済ませられることは、とっとと済ませるに限る」


 ボクの知る限り、大まかな状況ではあったけれど、今の布陣状況やその内情は既に伝えていた。

 その時、将軍は「では儂らの出番は、今日中にあるな」と言っていた。


「ボクは交渉事や情報を聞きだしたり、というのが苦手です。だから単刀直入に聞きます。将軍が知らないと仰れば、それで諦めます」


 それはつまりボクがこれから聞くことは通り一遍のことでなく、その裏に何があるのかあまり大きな声で言えることではないだろう、と前置きした。

 先ほどの岩にまた腰かけていた将軍は、一言「うむ」と答えて、髭を触っていた手も膝に落ち着かせる。


「ではお聞きします。どうして国王陛下はリマデス辺境伯やその兵士、きっとディアル侯とサマム伯も、全て殲滅せよと仰ったんでしょう。それは戦況にもよるでしょうけれど、反乱となれば相手を討つよりも捕らえることを優先するものではないんです?」


 そうしなければどうして反乱が起こったのか、対処できる原因なのか、そうしたことが分からなくなる可能性がある。

 そんなことは誰に教えられなくても、ボクにだって分かった。


「ふむ――理由は色々と考えつくが、陛下もまずは武人であるからな。若かりしころは共に駆けたものだ」

「つまり、勢い余った言葉の綾だということです?」

「それは分からん。そうかもしれんという話だ」


 ボクが知っているこの戦場の状況は、なるべく細かく伝えてある。もし何かあるのなら、ボクが気付いて将軍が気付かないはずはない。

 百戦錬磨のワシツ将軍でも、言いたくないことはやはり避けたいものなのか?


「……ではもう一つ。どうしてこの重要な戦場に、王子がどなたもいらっしゃって居ないんでしょう」


 それとも本当に何もないのか、と。問い続ける気持ちが萎えかけていた。

 しかしこの二つ目の質問に対して将軍が口を開くのには、それから数分の時間を必要とした。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る