第179話:知らないことは

「間に合わなかったか……」


 ボクが戻った時、既に団長は居なかった。メイさんとサバンナさんを連れて、先に出発してしまっていた。

 と言っても同行する予定ではなかったし、他の誰よりも先に動き始めるのは予定通りだ。まだぎりぎりで顔を合わせられるかと思ったのが、叶わなかったに過ぎない。


 どうすれば……。


 ボクの考えたのが、事実かは分からない。ちょっとおかしいなと思って、そこから想像していくと辻褄が合ってしまったというだけだ。


「どうしたのかなあ?」

「あ、コニーさん」


 残っていた団員や影の伝令には、見てきたことを伝えた。それぞれすぐに散らばったので、もう周囲にはほとんど人が居ない。

 コニーさんは、ボクのお守り役を買って出てくれていた。


「いやそれが、ちょっと気になって」

「何があ? 王軍のことお?」


 頷きはしたものの、内容を言うのには戸惑った。

 王軍を愚弄すれば、それは王に対する愚弄。なんてことは気にしていない。盗賊である以上は、愚弄しようがしまいが本来あちら側は敵方なのだ。


 王の軍だから、王だからということでなく、それぞれ一個の人間として見た時に、やはり疑念を持つのは心苦しい。

 それはフラウに貼られたレッテルと同じ物だ。

 内容が事実であったとしても、それを無条件に悪しざまに言っていいとボクは思わない。


「まあまあ、おいらは口が堅いよ」


 近くには誰も居ない。普通にこのまま話しても、きっと誰にも聞こえない。でも内緒話だと耳に手を当てられれば、話してみようかという気になった。


「――――」


 ボクが何を見て、聞いて、どう考えたのか。その順番通りに話した。

 するとコニーさんは難しい顔を浮かべて、人差し指を顎に当てながら「ううん」と少しの間、唸っていた。


「辻褄は合ってるけど、確証が何にもないねえ」

「ですよね――」


 やはりボクの勝手な想像に過ぎないか。でもずっと考えてもやもやするよりは、すぐに晴れてしまって良かった。


 と、頭を切り替えようとした。


「だから、知ってそうな人に聞きに行こおよ」

「え、ええ!? ボクの妄想ですよ!?」

「だから聞きに行くんだよお。知らない同士で考えてても、答えは出ないよお」


 もうコニーさんはどこへだか方向を決めて、歩き出そうとしていた。「それはそうですけど」というボクの声も、聞いているのやら。


「知ってる人って、当てがあるんです?」


 こうなると、よほどはっきり「行かない」と言わなければ、コニーさんは止まらない。そしてボクも、そこまで言う気はない。


「当てはあるけど、どこに居るか分からないんだよお」

「ええ? それは当てって言うんです?」

「言うと思うよお。たぶん答えを知ってるだろおから」


 いやに自信たっぷりに言った。

 この疑念の答えを知っているとすれば、王族かそれに近い立場の人たちだけだと思う。

 でも居場所が分からないということは、出陣している王軍の誰かではないだろうし、王本人とかでもないのだろう。


「そんな人――居るんです?」

「居るでしょお。王さまをずっと見てきた人がさあ」


 王さまを、ずっと――?


「居ますね……」

「でしょお?」


 それは確かに答えそのものではなくとも、ヒントになる何かは知っていそうだ。それに今居る場所が分からないのも間違いない。

 いや、それが問題じゃないか。


「どうやって聞くんです?」

「それを今、考えてるんだよお」

「どこかに向かおうとしてましたよね……」


 都合の悪いことは聞こえない派だろうか。コニーさんは答えない。でもその代わりに「あ」と何か思い出したらしい。


「これがあったねえ」


 そう言いながら小さな背負い袋から取り出したのは、また別の布の袋だ。中には何か入っているようで膨らんでいる。

 その袋には見覚えがあった。


「それはあの時の」

「お姫さまがクッキーを入れたやつでしょお?」


 そのクッキーは、まだ残っているようだった。一つ取り出したコニーさんは、ぼりぼりと音を立てて噛み砕く。


「おいしいねえ、これ。トイガーからもらったんだよお」

「そうなんですね。でもそれ、どうするんです?」


 クッキーはまた二つ取り出されて、一つはボクに投げ渡され、もう一つはコニーさんの口に納まった。


「あ――全部食べたら駄目だって言われてたんだったよお」

「ええ……」


 今更そんなことを言われても、受け取ったクッキーの半分以上は口の中だ。


「それより、このクッキーでどうやって見つけるんです?」

「こうするんだよお」


 もういいやと、残りのクッキーも口に放り込んだ。

 既に二つのクッキーを飲み込んでしまったコニーさんは、手にしている袋のあちこちをくんくん嗅ぎ始める。


「臭いなんて残ってるんです?」


 その袋は確かに、果物をもらったのと同じ袋だ。あの家の臭いが染み付いていた可能性は高い。

 でもあれから何日経っただろう。


「おいらの鼻は、とびきりなんだよお」


 どこかで見たような素振りで、コニーさんは自分の鼻をつんつんと突いて見せる。


 団員一の嗅覚ならば、それも可能なのか。


 ボクが感心している間にも、手がかりを見つけたらしい。

 求める人物。ワシツ将軍の居るであろう方向へと、コニーさんは歩き始めた。

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