第137話:潜伏するは
想定外の情報を一度に突きつけられたペルセブルさんは、もう一度鼻から大きく息を吸って、口から全て吐き出した。
それで気持ちをリセットしたのか顔を引き締めると、姿勢も正してメルエム男爵に正対する。
「メルエム副団長。あらためて確認します。そちらの少女と、それ以外の者たちは何者でしょうか」
「……彼女は私の大切な友人だ。命を狙われている。それ以外の面々は彼女の救出を助けてくれ、彼女を保護してくれている協力者だ」
男爵は一瞬、何か堪える顔をした。
きっとそれは、全てを聞いた上でこれから演じるシナリオを指示し直せと言ってくれた、ペルセブルさんの気遣いに感じた表れだろう。
少なくとも表面上は、この事態の収束までは、ボクたちの存在さえもその中に含めるとは。
どんな倣いなのやら分からないが、海軍の上下が強靭な信頼関係で結ばれているのは分かった。
「了解しました。しかし首都で駄目ならば、海軍基地も似たようなものですな。何処かに立てこもるとしますか」
ああ──それはそうか。
自分の感覚でどこかにこっそり紛れればいいと思っていたけれど、一応でも港湾隊の責務を建前にするならそうもいかない。
「そうなるが、この人数を引き連れたままで問題ないのか? 百人隊だろう」
「カテワルトには、首都警備隊が非番を回してくれております。ですから、もっと増やすことさえ可能です」
「首都警備隊というと、ユーニア子爵が統率されているんでしたっけ?」
嫌な名前が出てきたものだ。ユーニア子爵やディアル侯爵、サマム伯爵のことはまだ話していないが……。
「そうだ。それがどうかするのか?」
「あ、いえ。道を譲ったのが子爵ばかりと聞いたので……」
「ふむ──ユーニア子爵家は事情が違うというのもあるが、当代当主はそういう方ではないな。冷徹という意味ではうちの副団長と甲乙付けがたいし、筋を曲げないという意味では飛び抜けている」
だから有利であろうと不利であろうと、条件を付けられて戦わずに排除されることなどない。ペルセブルさんは、そう教えてくれた。
訓練所で見た姿のあれこれを思い出すと、それには納得がいく。
でもこれまで、直接にフラウを操っていたのはユーニア子爵なのだ。ウナムたちを使って、様々な工作をしたのも。
しかしこの反応を見ると、事実を言ったところで信用されない。むしろ余計な不信感を買ってしまう。
「そんな方なんですね。すみません、思いつきを言ってしまって」
「いや構わんが、お前たちにどこか当てはないか? この人数で潜めるアジトのような、な」
「アジトですかあ──」
そんなことを言われても、ボクたちは野盗や山賊ではないので、街から離れた場所にアジトを構える意味がない。
助けを求めて団長を見ると「ううん、あったかにゃあ」とか何とか、またわざとらしく悩む振りをしている人が居ただけだった。
「そうか──ではいっそ、人数を分けるか減らすかしますか」
「いや。まだ所在は分からないが、ディアル侯とサマム伯も兵を置いているはずなんだ」
港湾隊にどよめきが起こったが、それは小さく、すぐに収まった。
リマデス辺境伯があそこまで来ていることを考えれば、それほど意外な事態でもないのだろう。
「何と、やはりそうでしたか。では最終的に少数で潜むとしても、警戒と首都への連絡役は必要ですな」
「そういうことだ。だから最初から小分けにはしたくない。かといってこれ以上の人数も動きにくいけれどね」
これでますます落ち着き先の条件が厳しくなった。誰もが悩ましい表情を浮かべ、ボクも頭に浮かべた地図をぐるぐる回転させた。
「あ……」
「ん、どこかいいところを思いついたかい?」
男爵もちゃっかりしたものだ。ボクが僅かにこぼした声に、すぐ反応した。
「いいかどうかは……いえ、カストラ砦なら広いですし、ガルイアも攻めてくることはないですから、いいと思います」
部隊を動かす専門家を前に、潜伏先の候補としても、もう一つの意図を伝えるにも自信は全くなかった。でも努めて普通に言った。
フラウのことであるのに、提案の段階で判断を全て他人に委ねることはしたくなかった。
素人であることは否定しようがないが、ボクの意見はこうだと、上辺だけでも装っておきたかった。
「カストラか──」
「シイのところですな──」
反応は芳しくない。何か続けて言ったほうがいいんだろうか。
「ガルイアが攻めてこないとは、どうしてだい?」
「理由は二つあります。一つは、フルーメン侯爵を始めとした大貴族が、現時点で何も被害を受けていません」
西は要であるジュー二への工作が重ねて行われ、北はそもそも進路にある大貴族が首謀者の一味だ。
まあこれはこの人たちも、もう分かっているだろうけれど。
「それはそうだが、君の言ったカストラは、国境に限りなく近い。いざその予想が外れたとなると、最初に被害を受けるんだよ?」
「分かっています。でももう一つ。男爵がご存知の通り、これまで工作を受けたあちこちをボクは見てきました」
「──それが?」
アムニスでのやり取りを、男爵も思い出したのだろう。
別にそれを皮肉っているわけではないのだけれど、男爵にすればそう聞こえたかもしれない。
「カストラに行われた工作は、ガルイアの敵意を感じさせるに十分でした。それでいて決定的な証拠がない。実行犯は全員が死亡。徹底しています」
「それは聞いているよ。敵を褒めるのもどうかと思うが、最小の被害で目的を達成した、素晴らしい徹底ぶりだと私も思う。やり口は下卑ていて、真似しようとは思わないけれどね」
大丈夫、ボクが気付いたのは間違いじゃない。いや、仮に間違いだったとしてもいいんだ。
重要なのは、ボクがフラウのためにどれだけ考えられるかなんだから。
「ですよね。でも、だったらおかしいじゃないですか」
「おかしい?」
「ボクだったら筋を曲げて、ついでに少しくらいと思いますよ。それがきっちり、カストラ砦には何一つ被害がない」
ボクの言葉に男爵とペルセブルさんは、揃ってカテワルトの方向を振り返った。
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