第128話:パーティの前
奇襲が奇襲として成功するには、必要な要件というものがある。
例えば遠方から大軍によって進み、その道筋が概ね平坦である場合、その奇襲は既に失敗していると考えて良い。
遠方であれば、その道々で目撃する人数は増える。
大軍であれば目撃される確率が上がるし、訓練とか何とかと言いわけも出来なくなる。
平坦であれば、もちろん身の隠しようがない。
そこまでの解説をメルエム男爵にしてもらって、なるほどと頷いた。追跡してきた、リマデス辺境伯の軍勢のことだ。
「じゃあ、もう迎える準備が整えられているんでしょうか?」
「それは見ての通りだね」
王家直轄領に入ってすぐ。通行の監視が主な目的だという関所近くで、軍勢は足を止めた。
将紋の付いた旗が何種類も翻る別の軍勢が、進路を塞いだからだ。進んできた軍勢に比べれば数は劣っていそうだが、正面から対峙している以上、戦えばお互いの損傷は免れない。
「いえ、首都で迎撃する備えもするのかと思ったんですが。この軍勢を寄越したから、何もしないってことです?」
「ああ、そういう意味だね。しかしそれは、なかなか答えにくい質問だ」
備えるのか備えないのか、極端に言えばそれで答えられる簡単な質問だと思ったのだけれど、意外な答えがあった。
でも考えてみるとそうか、男爵はこの国を守る貴族で、今の立場はともかくとしても軍人なのだ。
「あ、軍の秘密とかです? それならいいですよ」
「いや――それも、なくはないんだが。言える範囲で言うと、首都で待機している軍勢のうち、かなりの割合が東を抑えに行っているんだ」
「備えたくても備えられないにゃ」
果実酒の入った水袋を片手に、団長が合いの手を入れた。男爵が勇ましい凱歌を吟じているわけではないけれど、合いの手と言うのが相応しい気軽な感じだった。
「備えないことは、もちろんないけれどね。万全の備えにはならないということさ」
東からは拠点を落として領土を侵し、西は膠着状態にと計略を巡らせて戦力を削ぐ。その上で無警戒の北から、これだけの大軍が動く。
その事実にボクの喉は、勝手にごくりと鳴った。
「どうであれ、フラウは助けないといけませんね」
「もちろん助けるつもりだが、どうであれって?」
「アビたんは悩めるお年頃にゃ。でもこの事態に関わってるフロちは、どう転んでも命がないってことに気が付いたみたいにゃん」
団長は言いにくいことをはっきり言った。けれどもそんなことは、男爵には分かりきっていただろう。それでも、はっとして「ああ、そうなるね」と渋い表情を浮かべた。
そうだ。ボクがあそこから連れ出さない限り、戦闘のどさくさで死ぬか、重大な反乱を招いた罪で死刑になるかしかない。
「今さら気付いたみゃ?」
「あれ、トンキニーズさん。またどこへ行ってたんですか」
「野暮用みゃ」
この軍勢の追跡を始めてから、既に十日以上が経っていた。その間、トンちゃんは何度も姿を消した。
時には軍勢の中に紛れ込んであれこれ調べたりしていたみたいだけれど、団長の指示か自分で勝手に判断してかどちらかなので、ボクはその内容をほとんど知らない。
今も昨日の夕方から姿の見えなかったものが、また帰ってきたところだ。
「文句があるなら、アビスには分けてやらないみゃ」
「文句なんて言ってないじゃないですか……」
トンちゃんは背負い袋から、酒や食料をどっさり出した。これのあるおかげで、空腹を我慢しながらの行動にはなっていない。
これは干物?
「海に行ってたんです?」
「アビスにしては鋭いみゃ」
話している間にも、団長はささっと自分の好物を確保して、つまみ食いを始める。そんな緊迫感の薄れた空気を、男爵が引き締めた。
「おいおい、どうしたことだ――」
男爵はそんな中でも、ちゃんと軍勢の監視をしていた。足を止めてお互いの代表者で話し合っていたものが、動き始めたらしい。
しかしそれは男爵と同じように、目を疑う光景だった。
何をどう言いくるめたものか、リマデス辺境伯の進路を塞いでいた軍勢が道を空け、辺境伯をそこを悠々と進もうとしている。
「実はあれは反乱軍じゃない、とか」
「それならそもそも、お出迎えなんてされていないさ」
それはそうだろう。ボクもそうだと思う。でもそれ以外に、ボクの頭ではこの状況の説明がつかない。
「ははぁん、これはちとまずいかもにゃ」
「まずい?」
セリフとは裏腹に、団長はにやと楽し気な表情さえ浮かべている。そしてボクの質問には答えない。
「トンちゃん、いつごろかにゃ」
「もうすぐだと思うみゃ」
「じゃあ、行くとするかにゃ」
二人の会話の意味が分からない。同じくさっぱりの男爵も、問う。
「何がもうすぐなんだい?」
「お友達をたくさん呼んでの、パーティにゃん」
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