第127話:それぞれの特技

「フロちを盗み出すのは簡単にゃ。でも、それでいいのかにゃ?」


 軍勢の大半が寝静まったころ。この隙にフラウを助け出すことが可能だろうかという話になって、団長が答えた。


「いくらかあとにここへフロちを連れて来て、顔を合わせたら、一体アビたんは何て言うにゃ?」

「……随分と不格好ですね」


 ボクはフラウに、問いかけをするために来た。その答えが応であっても否であっても、何とも不格好だ。そもそもその場合、フラウに何を信じてもらえばいいのかも分からない。


「いや――格好がいいとか悪いとかではないと思うんだが。救出出来るなら、早いに越したことはない」


 メルエム男爵は、いとも正論を言った。常であればボクもそれに賛同したし、団長に何を言っているのかと意見もしただろう。


 でも今は違う。

 きっとこの機会を最後に、フラウと共に居るか、二度と会うことがないか、それが決まってしまう。


 そんな時に対面する相手に対して「そうは言っても、あなたは何をしてくれたの?」なんて状況では、言うほうも言われるほうもどこに気持ちを置けばいいのか不明だ。


 だからここで格好をつけることには、とても意味がある――けれど、そうと言えるのは結局のところ団長とトンちゃんがそこに居るからだ。


 でもそれを今この場では、どうしようもない。必要な時に必要な自分であることが出来れば人は幸福なのだろうけれど、現実はそうではない。


「危なくなったら、あたしたちが盗み出すにゃ。信用してくれていいにゃ」

「――すみません。ありがとうございます」


 ボクがお礼を言って団長が「何のにゃ」と答える様子に、男爵はしばし考えを巡らせていた。


「――分かった。君たちに何が出来るのかは、君たちが良く知っているだろう。任せるよ」


 失笑だか苦笑だか、判別し難い笑みのあとに男爵は続けて言う。


「ただ、一つお願いがある。広刃の剣ブロードソード凧型の盾カイトシールドを盗んできてほしい」

「お安いご用にゃ。でも、そんな物を盗んでどうするにゃ?」


 団長の視線の先には、男爵の腰にある長剣があった。いわゆる舶刀カトラスだが、それにしては長い。きっと特注の逸品だろう。


 そんな立派な物があるのに、盾はともかく剣を盗んで来いとは何だろうか。


「君たちに君たちの特技があるように、私には私の特技があるということさ。残念ながらそのためには、この剣を置いて行かなければいけないけれどね」


 なるほどそう言われたからにはこれ以上聞くのは野暮だと、きっとそう受け取ったのだろう。団長はトンちゃんに「頼むにゃ」と言った。




 剣と盾を調達に行ったトンちゃんも無事に戻って、夜が明けた。うつらうつらとしか眠れなかったが、目は冴えている。


 軍勢は簡単な朝食を終えて、隊列を整えながら動き出した。


「これ、どれくらいの数なんでしょうか」

「一万――いや、二万に達しているかな」


 その数の多さに、トンちゃんが小さく口笛を吹いた。


 盾を背負って剣を取り替えた男爵も含めて、ボクたちも準備万端だった。乗せてきてくれたオセロトルも、今日は乗る予定がないのにやる気満々の雰囲気だ。


 例のエコリアはいつ動き出すのかと待っていたが、結論から言うと最後まで動かなかった。行軍には邪魔なので、きっと自領へと戻されるのだろう。


 その代わり、囲いも幌もない荷台を引くエコリアが一両あった。

 その荷台には金属製らしい箱型の檻がくくりつけられていて、その中に人が入れられている。


「フラウ……」

「見えるのか、どこだ?」


 以前に見たまま、長さをバラバラに切られた髪。いつも着ていた豪奢なドレスとは似ても似つかない、ぼろきれのような服。鎖で繋がれた、両手と両足。


 その扱いの酷さに、男爵の質問には指さすことでしか答えられなかった。


「あの檻の中か――」

「罪人みたいな格好みゃ」


 盛夏でないとはいえ、ずっとあの中に居れば温度は相当なものだろう。仲間として同行しているものと思っていれば、今度はあの扱いとは何なのか。


「可愛い女の子にあんなことをする奴は、おしおきしないといけないにゃ」


 そのためにはとりあえず進まないと、と促されてボクも歩き出した。


 やはり昨夜のうちに助けに行ってもらえば良かったのかなんて、すぐに後悔する自分が情けない。


 歯噛みしながらの追跡はディアル領からサマム領に入って、もうすぐ王家直轄領に入るというところまで続いた。

 首都までは、もう丸一日の距離だ。

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