第83話:質問は二つ
「えっ。デルディさんって」
ボクが出会った、道案内なんかもしてもらった、あのデルディさんだろうか。
それを確認しようとも思ったが、この話の流れで、ワシツ家からも色々と聞いていると言われた上でそうするのは、さすがに疑念が過ぎる。
「とても元気そうでしたけど……」
「他の人たちからも、そう聞いているよ。ワシツ将軍もね」
今までの話からすると、持病があったとかでもないのだろう。
若くして突然亡くなる人を見たことも聞いたこともないとは言わないが、デルディさんがそういう運命だとは到底見えなかった。
だからこそ、問題になってはいるのだろう。でもそれにしても、なぜこの場でそれを言うのか。
何らか、ボクに嫌疑がかかっている可能性は──低い。
ジューニでの行動を思い返して、ボクを疑うくらいならよく出入りしていた食べ物屋さんを疑ったほうが、まだ可能性が高そうだと思えた。
まさかこちらに帰ってから、遠隔的に何かをしたということでもないはずだ。
となると……。
「フラウが疑われているんですか」
「うん──まあ、そういうことだね」
そもそもボクがジューニに行ったのは、フラウをワシツ将軍の家に宿泊させるためだった。
行動範囲や時間帯を把握することで、仮に何かが起こった時にも、フラウは何もしていないと言えるように。
しかし今のボクは、知ってしまっている。彼女は人を殺したことがあると。他の誰でもない、本人からそう聞いた。
デルディさんの件も間違いないとは言わないが、やっていてもおかしくない。
「彼女がどうやって──」
話の向きに沿って聞いてみて、引っかかった。
男爵は言っていたじゃないか。どうやって死んだのか、原因が分からないと。それでどうして、彼女を疑っているんだろう。
「いや、それは分からない。というよりも、まだ彼女を犯人として断定しているわけでもないんだよ」
そう言われて、少しほっとした。でもほっとしている自分に気づいて、自嘲した。
今更一つくらい、黒いと思っていたものが灰色だったからといって、何を安心しているのか、と。
「それはどういうことでしょう」
「エリアシアス男爵夫人はジューニでの滞在中、全ての夜をデルディの宿舎で過ごしているんだ。これはワシツ家の護衛と、宿舎の警戒係とに確認済みだ」
「毎晩、ですか」
なるほどそれはデルディさんも、しょっちゅうあくびをするはずだ。ワシツ将軍に睨まれていたのが、思い出される。
「驚かないんだね」
「え、ええ。市で買い物をしている時に、そういう光景を見たので」
思っていなかったところを突っ込まれたが、男爵は「なるほどね」とだけ言って、それ以上は聞かなかった。
「そこまで親密で、一緒に居る機会の多かった人物だからね。何か知らないかくらい、聞かないわけにもいかないんだよ」
「そう思います。でも彼女は、さらわれてしまいました──」
話が振り出しに戻ってしまった。戻したのはボクだけれども、誰が口に出すかというだけだったので責められる筋ではない。
「そうなんだ。しかもさらったのが、こちらで取り逃がした山賊だからね。足取りが分かるものだけでも探し出そうと、大忙しさ」
「なるほど──大変ですね」
そうか。軍の人たちからすると、そういうことになるのか。どうりで、たくさん兵士を見るはずだ。
「アビスくんのところは珍品を扱うから、山賊にしても夫人にしても、何か関係ありそうなことを聞いていないかと思ってね」
こちらの都合で呼びつけてすまないねと、また男爵は頭を下げた。
「すみません。何も」
そのあとには、言えることがありません。と続くのだが、それこそ言えない。
「仲間にも、今の話を聞いてはみます。お役に立てなくてすみません」
本当に何も役に立たないなと、自己嫌悪に陥りながら席を立とうとした。
「いや。申し訳ないけれど、もう一つ聞きたいことがあるんだ」
友人であるフラウを疑っていて、探しているという話をしなければいけなくて、男爵は言いにくそうな態度をしていたのだと思った。
けれど、それはまだ続いている。
それでも男爵は、もう前置きするつもりはないようだ。
「君にも聞きたいことがある。君とその仲間について、だ」
ここはカテワルトの治安を守る、港湾隊の本拠地。ハウジアの海を守る、海軍基地。目の前に居るのは、その副長。
ボクの背筋に冷たいものが滑り落ちて、それは止まる気配がなかった。
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