第82話:居心地の悪い部屋
ミリア隊長の部下は入り口で別れて、元々の任務に戻った。だからミリア隊長と二人で、広いホールを奥へと進んだ。
頼みの綱――といっても使うわけにもいかないが――のナイフはミリア隊長に預けて、高い天井が逆に圧迫してくる感覚を味わった。我ながらおどおどした歩みだったと思う。
それは海軍基地という場所のせいなのか、周りに軍人だらけという視覚のせいなのか、妙齢の女性であるミリア隊長と一緒というせいなのか。
疑問に答えは出ないまま、階段を上がり、通路を何度か折れて、ミリア隊長が足を止めた。
「よろしいですか?」
「はあ」
そう聞かれて「駄目だ」と言ったらどうするのだろうなどと、子どもじみてひねくれた妄想に逃げようとする辺り、ボクもかなり切羽詰まっている。
速いリズムで控えめにノッカーが二回鳴らされると、すぐさま扉が開いた。その向こうには、小さな部屋が見える。
小さいといってもそれはここまで歩いて来た風景との対比であって、きっとこの部屋にエコリアを二台置いてもまだもう少し余裕があるだろう。
室内には扉を開けてくれた人と、机で何か事務仕事をしていたらしい人と、二人の男性が居た。
「お待ちかねだ」
「失礼します」
ミリア隊長はボクと話すのとは全然違って、緊張感を持った話し方をしている。がちがちということでもなく、軍人という職を持つ人たちに漠然とイメージしている話し方という感じだ。
それにしてもお待ちかねということは、ボクが来たことを何かの方法で知っていたのだろうか。ミリア隊長がボクを探していたのは、今日だけのことではないはずだ。
値踏みする視線を両側から浴びながら、奥の扉の前に立った。
さっきと同じように、音はもっと控えめに、ミリア隊長はノッカーを鳴らす。すると向こうから「ミリアくんかな?」と質問があって、彼女は肯定を返す。
やはりミリア隊長がボクを連れて来ているのは、知っているらしい。
入室の許可が出ないのでどうしたかと思っていたら、数秒のあとに扉が開いた。メルエム男爵の人となりはいつかの会食である程度知ってはいたけれど、海軍の副軍団長ともあろう人が、わざわざ自分で開けてくれたことに少し驚いた。
「やあアビスくん。呼びつけてしまって悪かったね。まずは入ってもらえるかな」
疲れの見える顔に、メルエム男爵は笑みを湛えた。この人の性格上、仕事が立て込めば無理をしてしまうのは想像がつくけれど、痛々しい。
「早速で悪いけれどね」
前室の二倍ほどもある広い部屋で、応接用の高級そうなソファにかけると、男爵は言った。
「私たちは、エリアシアス男爵夫人を探している」
ああ、やはりそのことか。
快適なはずのソファなのに、どんどん座り心地が悪くなっていく。居たたまれなくて、ボクの向かいに座っているミリア隊長を見ると、彼女も視線に気付いて頷いた。
「あれはワシツ家で起きたことで、そちらにはもう聞いているんですよね? だとしたらボクには、それ以上に話せることがないんですが」
事実その通りを言った。話せることがない、というのも嘘ではない。より正確に言うなら、話したくもない、だが。
「ああ、いや――うん。もちろんそちらの話は聞いたよ。君が怪我をしてまで、彼女を守ってくれたこともね」
「いえ。結果として、ボクは前と同じでしたから」
そうだ、前と同じなのだ。山賊の巣から救い出そうが、瓦礫から身を守ろうが、彼女はボクなんかの助けを望んでいたわけではない。
助けようとして、ボクは何の役にも立っていなかったのもそうだけれど。
「そんなことはないさ」
どうしたんだろう。さっきから男爵の歯切れが悪い気がする。訝しく思って目を向けると、男爵は苦笑で表情をごまかした。
いくばくかの沈黙があって、前室に居た男性の一人が部屋に入ってきた。いやもちろんノックをして、入室の許可を求めてからだ。
男性はティーポットとカップの載ったトレーを置くと、言葉も少なく退室した。それにミリア隊長が手を触れて、ボクと男爵に温かいお茶を注いでくれた。
「ある軍人が死んだ」
お茶をひと口飲むと、男爵は目を閉じて言った。
「はあ――もめごとか何かですか」
軍人の知り合いなどほとんど居ないボクには、縁のない話を突然された。どこかで繋がってはくるのだろうけれど、そういう印象だったので若干ながらも他人ごとという言い方になってしまった。
「原因と理由は分からないんだ」
「理由はともかく、どうやって死んだかも分からないってことですか? ――ああ、まだ調べているんですね」
お役所というものは、これと確かな結論が出なければ話を濁して言うものだ。お役所に限らず、いわゆる偉い人はみんなそうかもしれない。
「まだ続けて調べてはいるけれどね。ある程度調べた結果として、分からないというのが答えなんだよ」
男爵が何を言っているのか、よく分からない。話の内容そのものもだし、ボクにどういう縁があるのかも。
「死んだのは、ある程度の立場のある軍人だからね。理由のほうは、敵国による暗殺という話に落ち着くのかもしれない」
「暗殺ですか。そんなこと、本当にあるんですね」
盗賊のセリフではないが、うちの団員はそういうことに縁がないので仕方がない。というかそんな話、無関係のボクにしてしまっていいのか?
それはともかく、やはりどうにも男爵の物言いがはっきりしない。奥歯に物を挟みすぎて、含みを持たせすぎて、全貌が分からない。
「――そうだね。こんなことばかり言っていても、現実味がないだろうね。核心を言うとしようか」
男爵はそこで言葉を切って、大きく息を吸った。
「死んだのは、百人隊長。ジューニに居る、騎士デルディだ」
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