第53話:武門の道

 どうも胸か背中かを強く打ったらしい。ボクの呼吸がまともになるまで、少しばかりの時間が必要だった。


 それまでの間、ワシツ夫人を始めとした全員が待ってくれていることが申しわけなくて、あとから行くので先に避難していてほしいというようなことを言った。


「いえ、今慌てて避難することが必ずしも最善とは言えないわ。護衛してくれる人数も足りているし。むしろ身支度をする間が出来て、有難いくらい」


 確かにただ黙ってそこに居るだけの人は居なかった。エレンさんのように戦えない人も動きやすい服装に着替えていたし、コムさんたちは金属製の胸当てを着けて屋外の警戒に出て行った。そのまま市街戦も出来そうだな。


「ワシツ夫人まで……」


 ボクをエレンさんに任せた夫人も、アンさんと一緒に着替えに行った。その二人が戻ってきた時の驚きは、かなりのものだった。

 何しろ二人ともが軽装鎧を身に着けて、扱いやすそうな短剣まで佩いている。


「私も騎士のはしくれだったことがあるの。アンは従騎士だったわね。ものの役には立たないけど、自分の身を守るくらいは出来るわ」

「恥ずかしながら」


 久しぶりねと、わくわくしている感のある夫人。そんな自身の主の様子を、淡々とした目で見つめるアンさん。


 どうりで二人とも、そこはかとない風格があるわけだ……。


 そうこうしていると、外を警戒していたタトスさんが破られた壁をくぐって室内に入ってきた。その隣には何があったのか衣服がぼろぼろになったセクサさんが、肩を貸してもらってやっとのことで立っている。


「あなた、どうしたの!」

「大きな音が――遠方から聞こえましたので、何ごとかと――はあ、はあ――見に出ておりましたら、何者かに――」

「あなたも連れ去られそうになったのね?」


 息も絶え絶えといった風のセクサさんは、最後の問いには頷いて答えた。


 なるほど。あの人たちが何を目的にしているのか知らないが、フラウだけでなく手あたり次第に人をさらっているらしい。セクサさんはこんな姿になりながらも、何とか抵抗して逃げてきたのだろう。


 あ、いや。セクサさんがフラウの侍女として働いているのを知っていて、という可能性もあるのか。だとすれば、フラウに何の用があるんだ。


「外はどうなっているの?」

「火の手があちこちで上がっていますが、延焼の心配はせずとも良いでしょう。ただやはり行方知れずになった者が多数出ているようで、ただでさえ混乱している者たちを抑えきれていないようです」


 タトスさんたちに続いて入ってきたコムさんが答えた。ただ外を見ていただけでなく、何人かの兵士を捉まえて聞き取ったらしい。


「そうね。一郭いっかくならともかく、三郭さんかくならば燃え広がる心配はないわね。じゃあ避難所の手伝いでもしたほうがいいかしら」


 リベインの内部は四枚の内壁で区切られていて、外壁に近いほうから一郭、二郭にかくと呼ばれている。


 一般住民が多く住んでいて木造建築の多い一郭に比べて、貴族や大商人の邸宅ばかりの三郭では煉瓦や石造りの建物がほとんどだ。建物の内装が焼けることはあっても、外へ燃え広がることは少ない。


「武門の道を行く家として、それが最善かと」


 その言葉を聞いて、ジューニに行く途中、コムさんに聞いた話を思い出した。


 自分はよほどのことがなければ、戦争に行くことはない。ただワシツ家の人たちを守るのが仕事だ。

 しかし自分がそうやって守りたいと思ったのは、国のために、民のために、いつも何かと戦っている人たちだからだ。


 それをこの家の人たちは、武門の道だと呼んでいる。自分はワシツ家の人たちがその道を行く、露払いをしたい。


 そう語った時の清々しい目が、またそこにあった。


 あなたがたを守るだけならば、余計なことはせずにこの家の守りを固めるだけのほうがいい。だが自分が仕えるあなたたちは、それを良しとしないのですよね。


 そう期待を込めた確認なのだと、ボクには分かった。


「そうね、夫もそうするに違いないわ。避難所はどこになっているのか聞いた?」

「申し訳ありません。それについてはこれと取り決めがありませんので、私が聞いた者たちも確認中だということでした」


 さもありなん。この町に戦火が降り注いだことはないのだ。大きな地震も、噴火しそうな火山もない。近くを流れる川にしたところで、治水は完璧だ。


「それでしたら、警備隊の訓練場ではないかと」


 果実水を飲ませてもらって、落ち着いたらしいセクサさんが言った。


 なるほど三郭にある公的な広い建物と言えば、そこになるだろう。この騒ぎだから内壁の門のいくつかも開けられて、そこからよその区画へ避難している人たちも居るかもしれないが。


「確かにそうね、そちらへ向かいましょう。まず私たちが離れ離れにならないように隊列を組んで、行き場を失っている人が居れば拾っていきます」


 護衛の人たちが「おう」と一斉に答えて、破られた壁などからではなく、玄関から外へ出た。

 年の功などと言うと切って捨てられそうだが、夫人の指示で速やかに隊列が組まれて、ボクたちは訓練場のある東へ歩き始めた。

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