第39話:将軍との対面

 フォルト=ワシツ将軍。


 第七軍まであるハウジア王直属の軍勢とは別に、三千の兵力を任された重鎮。

 爵位の下賜を幾度となく断り、ひたすら武門の道を歩む。

 王からも貴族からも一目置かれ、同僚や部下からの信頼も厚い。その生き方に共感する民衆、特に男性からの人気が高い。


 東の国境に最も近いジューニを守り、そもその土地は、過去に将軍自身が隣国から切り取ったもの。

 もしもワシツ将軍が突然居なくなるようなことがあれば、国境はすぐさま後退するだろうと専らの噂である。



 という話を、デルディさんから何度も聞いた。

 同じ話を何度も聞いたのではなく、違う話であってもすぐにその話に結びついてしまうので、重複して聞く内容が多くなる。

 工事に携わった人数が延べ三千人と聞けば「ワシツ将軍が王から直々に任せていただいている兵力と同じくらいだな」といった具合に。


 そして今、その将軍が目の前に居る。


 正確には夕食のテーブルの一端に将軍が居て、その正面にフラウが居て、角を挟んだ隣にボクが居るという状況ではあるが。


「またドミナが勝手なことをしたものだ。あなたがたにとって迷惑であっただろうという意味だがね」

「そのようなことは全く。確かにこのお屋敷に泊めていただくことには心苦しさを感じておりますが、それは私などが武の砦に足を踏み入れて良いものかと躊躇うがゆえにございます」


 白い物の混じり始めたあご髭を撫でながら、将軍は「ほう」と感心した様子だった。


 男性を中心に民衆からの人気が高いと言ったが、それはボクも例外でない。

 内心「ひゃあ、かっこいい! 渋い!」と盛り上がっていたが、きっと将軍はそういう雰囲気を好まない。それこそ握手の一つもしてもらいたいところを、必死に耐えていた。


「これは嬉しいことを。儂としても、来ていただいた以上は精一杯にもてなさせていただく。男爵夫人とお会いするのはまだ数度目だが、ドミナの友は儂の友だ」

「ありがとうございます。そのように名誉なことを仰っていただきましたからには、明日から将軍のお友達を公言させていただくこととしましょう」

「いや、それは困る。夫人は人気者ゆえ、敵が増えてかなわん」


 デルディさんの笑い声と、それ以上に大きな将軍の笑い声が重なる。


「まあドミナには、あなたがたが無事についたことと、迷惑を考えるように連絡しておこう」


 ひとしきり笑って、仕切り直すように将軍は言った。そこへ、空いた皿を片付けるために従者のサフィスさんが後ろから手を伸ばす。


「また今日も、奥さまにお手紙を書かれるのですか?」

「サ、サフィス。貴様っ!」


 その短い密告で、将軍は飲んでいる酒とは無関係に顔を真っ赤にした。

 また。今日も。ということは、毎日のように手紙を書いているのだろう。こちらも仲のいいことだ。


 それにしても、この家は何だか他と少し違っている。首都のワシツ邸は建物の造りが珍しかったがそれとも違い、人の使い方が変わっている。


 まずおかしいのは、この町の太守ともあろう人物の家に、留守を守る使用人が誰も居なかった。

 社交界を嫌って引きこもる貴族のお話を聞くこともあるが、そういう家だって執事の一人くらいは居るものだ。


 それに従者と紹介は受けたものの、サフィスさんはかなりの年長者だ。

 普通は騎士に叙勲される前の若い見習いが従者になるもので、将軍よりも少し年下というくらいのサフィスさんはかなり珍しい。


 掃除や食事の世話をするメイドの姿もない。住み込みにさせず、通いで勤めるメイドも居るには居るが、少数派だ。


 更に言えば、最もおかしいのはワシツ夫人が首都で暮らしていることだ。

 聞けば納得する理由があるのかもしれないが、貴族や高級軍人の夫婦で別居している例は聞いたことがない。


 どうしよう。聞いてみようかな……。


「ところで。このお屋敷には初めてご招待いただきましたが、お勤めの方が見えませんね」


 何だろう、ボクが考えていることは周囲にばればれなのだろうか。心を読んでいるかの如く、フラウが質問した。


「すまない。普段は儂とサフィスしか居ないものでな。あなたがたの滞在中は不都合ないように、明日からは数人来られると思う」

「申し訳ありません。苦情を言ったつもりはないのです。お二人の普段の生活がご不便なのではと思いましただけで」


 女性ならではなのか、フラウは心配そうに言った。

 今はエレンさんやセクサさんが色々やってくれていて、実質的な不都合はない。これが普段は全てを二人――実際にはサフィスさん一人――でとなると、さぞ不便だろうと思う。ボクはそこまでイメージ出来ていなかった。


「夫人の優しさは身に沁みる。しかし心配は無用。戦場に出れば食える物は何でも食わねばならんので、その訓練として好きでやっている。耐えるのではなく、調理技術を上げるためにな」

「そのようにお考えでしたか、差し出がましいことを」


 フラウが謝ると、将軍はまた豪快に笑う。そんなに笑われては、気に病んだり遠慮したりするのが馬鹿らしくなるというほどに。

 しかしなるほど。武門の道に一筋とは、よく言ったものだ。生活の全てが訓練とは、ボクならそう考えただけでも気が滅入ってしまいそうだ。


 ただワシツ夫人の件は、それでは理由にならない。聞いてみたい気持ちはあるが、さすがに無粋が過ぎて聞くことは出来なかった。

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