第5話 不安や恐怖との闘い
神経難病のリハビリは、延命のためのもので、家族だけでなく本人ですらあまりの軽さにもやもやすると思います。
神経難病の患者は、筋肉を鍛えれば長く動けると勘違いしている人がほとんどです。
書く言う筆者も、初めは自分次第でなんとかなると考え違いをしておりました。
当時、看護師さん達からいろいろ指摘されて、反発していたことが、すべて我が身に起こりつつあります。
筆者の周囲のSBMA患者も、ほとんどの方が、病気を軽く考えておられます。
そうです。病気が初期のうちは、自分の病気を、受け入れられず、暴れたり病院の指導や言葉を否定してしまうのです。
主治医や看護師は、もちろん良かれと思ってアドバイスのつもりであれやこれやと話しをするが、患者にとっては地獄の宣告となりかねないことに気がついていない。
患者は、病気と未来の自分に不安や恐怖を感じ、諦めと絶望を感じていることに気がついていないのである。
そう、神経難病患者には夢と希望は持てないのだが、まだ人間であろうとする患者は、自身の運命を呪い怒りと悲しみと不安と諦めそして絶望しか残されていない。
だが、初期の患者には、まだそれを、受け入れられるほどの時間経過はない。
とあるアイドルの言葉に『努力は必ず報われる…』という言葉があるが、そんなものは、健康であってはじめてである。
SBMA患者には、努力をすることが許されないのである。
努力をすることを許されているということが、どれほど素晴らしいことか、若者達には、わかってほしいものである。
発症初期の患者であろうと進行度の深い患者であろうと、近かろうと遠かろうと、SBMAである限りは、将来必ず全身の筋肉が萎縮し、動けなくなります。
どんなにトレーニングをしようと、どれほど努力をしようと、関係なく動けなくなります。
つまりは、努力事態が頭から無駄なのです。
もちろん、長く動くための努力や、長く生きるための努力の方法もわかってきてます。
しかし、ある一線を越えた病状からは、生きることに疲れ果て、努力以前に気力も何も無くしてしまっている患者が増える。
しかも、SBMAのリハビリは、やり過ぎると逆効果になるというなんとも切ない現実がある。
万が一、筋繊維でも傷つけようものなら、とんでもないことになる。
健康体のトレーニングなら筋繊維を、傷つけてそこからの修復で筋肉が太く強くなるのだが、SBMA患者は二度と修復されない上に、余計萎縮が早くなる。
最終的には、すべてを理解するしかありませんし、自身で受け止めて受け入れるしかないのですが、人間そんな簡単に自身の未来がないことを理解して受け止めて受け入れられるものではありません。
そして、不安と恐怖が沸いてきます。
ある生命保険会社のCMで、生きる選択を前を向くと言っていますが、神経筋疾患の難病患者には、死ぬという選択肢は与えられません。
生きたところで、寝たきりで夢も希望も許されない。
そんな人生の何が、前向きなんですかね。
ただ、これは難病患者に限ったことですね。
政治屋さんは、日本に夢と希望をなんて臆面もなくおっしゃっておられましたが、それが実現しても尚、置き去りになるのが難病患者。
日本が悪いわけではありません。
世界中の医学者が必死で研究しています。
日本の医学者も、IPS細胞の山中教授しかりで、必死に治療方法を探しています。
それでも見つからないので、仕方ないです。
現在の地球上の医学では、治らないと思った方が正解なんでしょう。
政治や行政で治せるなら簡単なんでしょうが。
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