第3話オズ・フライハート(3)

オズが1歩、前に出る。

「オズさがって。相手の能力も分からないのに―――」リファの声は、オズには聞こえない。


「帝都警備隊か――しかもリファじゃねえか!!こいつは良い獲物だ!!こいつの首を取れば、有名人だ!!――あん?テメェは誰だ?」目の前にいた〈教会〉の人間は、オズを睨み付ける。スーツの襟に付いたバッジを見て。

「お前も警備隊かぁ?――だったら俺の事、知ってんだろ?俺はなぁ!!」男は名乗る。大きな声で、自らの名を叫んだ。


「エドガー・ドガだ!!!!」

屈強な体。スキンヘッド。手に持った拳銃。加えた葉巻。


「エドガー・ドガ――知らねぇな」オズは、彼の眼光に怯むこと無く答えた。それを見てリファは確信する。自分の名前を聞いても驚かなかった彼。彼は、感情が欠如している。快楽と狂喜が磨きあげられた自分とは、まるで真逆な存在だと。


「なら――その体に叩き込むだけだ!!」拳銃が1発。至近距離からの発砲。だが―その弾丸を難なくオズ。


「これが拳銃ってやつか?殴った方が強いな。〈銀眼の金獅子プラチナ・エンド〉」能力を発動して。オズはドガを殴る。殴られたドガは後ろへ吹っ飛び、居酒屋に突っ込む。窓ガラスの割れる音。ドガは頭を抑えながら起き上がる。起き上がり、オズを見る。


「テメェ――何をした」


「能力を使っただけだ」オズは淡々と答える。表情に変化は見られない。だが―その内心は、震えていた。けれど―それに自分でも気づかない。


「だったら、こっちも能力を使って良いよなぁ?」ドガの能力。


「〈隔絶空間の確定演出ペイント・ルーム〉!!」この能力は、飛び道具の命中率を100%にする。故に、彼の武器は拳銃。その体格からすれば、殴り合いの方が強い。だが武器を持つのは、この能力が故に。


「――撃てよ」オズは、やはり怯むこと無く、ドガの前に立つ。


放たれる弾丸。それを、素直に受けるオズ。リファが思わず駆け寄る。だが―それを制するオズ。右肩を撃ち抜いた弾丸。肩を抑えながらドガを見る。そして彼は口を開く。「この程度か?」と。事実、オズにはあまり意味のない能力と武器である。

「それなら――もっと喰らえ!!」ドガは容赦なく、手加減なく、全弾を浴びせる。全身を撃ち抜かれるオズ。倒れ込む。リファが駆け寄る。血塗れの彼の肩を抱いて――。

「オズ!!」名前を呼ぶ。だがオズは反応しない。


「よくも――オズを!!異能力!!」リファが戦おうとしたその時。異能力を発動しようとしたその時。


「待てよ、リファ」背後から聞こえるその声に驚く。

驚いたのは、リファだけではなく、ドガも同じ。


なぜ、この男は立てる。なぜ、。なぜ―――この男は。ドガの思考が追いつかない。追いつくはずがなかった。ドガは知らない。オズ・フライハートを。その能力を。〈銀眼の金獅子プラチナ・エンド〉を。


「飛び道具が確定で当たる。?それがどうした。確かに全弾命中したぞ。だがアンタの能力は、当たるだけだ。どれも、俺をみたいだな」オズが全身に力を込める。すると、傷口から、弾丸が出てくる。音を立てて地面に落ちる弾丸。それを拾い上げて。


「俺に当たる――確かにな。でも俺に当たるだけ。急所に当たるわけじゃない。殺したきゃ、銃口を俺の心臓に当てて撃つんだな」そう言いながら。弾丸を指で弾く。弾かれたそれは、ドガの心臓を貫いた。


「〈隔絶世界の確定演出ペイント・ルーム〉か――な」オズの独り言。呟きは、リファには聞こえていない。聞こえるはずがなかった。



――――――――――――――――――――



オズは上手くやってるみたいだね。僕は安心したよ。――え?1で自重するって言ったのに、結構な頻度で出てきてるって?いや、まぁ――それが僕の仕事だし。ちょっとは大目に



◻◻◻◻◻な。


とは言ってもね。僕だって君と同じさ。君だって、この世界に常に干渉してるじゃないか。だからさ。この世界の結末を一緒に



◻◻◻◻◻な。



だからまぁ――今は、大人しくしてようよ。ほら、君は君で都合があるだろうからさ。


ねぇ―――



――――――――――――――――――――



かつて世界を望んだ者がいた。かつて破滅を望んだ者がいた。2人の力は拮抗し、長きに渡る戦争の末に――世界は、世界を望む者によって統治された。

〈帝都図書館蔵・聖書前文より抜粋〉


「何が言いたい?」暗闇の中、男は女に問いかける。互いにフードを被り、顔は見せない。


「いやぁ―教会としては、聖書は読むべきだよ。――と言ってもとは違うけど。この世界には、この世界の書がある。当然だろ?」女は言った。


教会――帝都警備隊の管理する帝都において、犯罪組織とされる集団。

スローガンは〈理想の為に神の御加護を〉である。彼らの掲げる理想―即ち、異能力者至上主義なのだが――現在の帝都では、非異能力者と異能力者の立場、権利は勿論――平等。それを変えるための集団。そのために、神の加護と称する異能力を使い、帝都の政権を奪うのが目的。


「オズ・フライハートが警備隊にいる」女は唐突にそんなことを口にして。それに男は反応する。

「本当か?」


「うん。ドガちゃんが負けた――死んだ」


「なら――アイツでどうだ?ヴェルなら」


「うん。彼なら良いんじゃないかな」


「スグに向かわせよう」


そう言って男は消えた。男のいなくなった暗闇の中で、女はフードを取る。


暗闇の中でもわかる艶やかな金色の髪。

怪しく光る、銀色の瞳。


「〈銀眼の金獅子プラチナ・エンド〉か――ボクの名前は、随分と安くなったね。まぁいいや。オズ――君を殺すのはボクだ。は、2よ」彼女も、その場から消えた。



――――――――――――――――――――



リファとオズは、警備隊本部に戻ってくる。血塗れのオズを見て、ウォーカーがノアを呼ぶ。ノアの能力で治療をしてもらったオズは、レナに呼ばれた。


「オズ。良いかい?君の能力は、確かに出血量に比例して強くなる。だからといって、ここまでする必要はないだろ。リファが本気で心配していたよ」


「んな事――わかってるよ。だけど、俺には分からねぇんだよ。正しい戦闘の仕方なんて。だから―自分から被弾した。それで強くなれんなら構わねぇだろ」オズは気だるげな表情で答える。


分からない。分からない。戦い方なんて、知らない。でも、体が勝手に動くのだ。何故か分からないが――本能で。それは、彼の感情に〈恐怖〉がないから。だから、どんなモノでも怖がらない。誰が相手でも、怖くない。それは、長所であり短所でもあることに違いはないが、オズはそれを自覚していない。


「どうでも良いけどさ、ドガって知ってるか?」


「――エドガー・ドガかい?あぁ。教会の。まさかオズ――奴に勝ったのか?」レナの表情が、驚愕に変わる。代わる。


エドガー・ドガ。オズがあまりにもアッサリと倒したので、強いイメージはないだろうが、〈教会〉の派閥の1つである〈偉人組〉の幹部である。


他にも〈罪人組〉、どちらにも属さない〈中立組〉の2つがある。それぞれボスがいて、その下に幹部がいる。そして――この3つの派閥を纏め上げるのが、教祖である。


「それがどうした?俺は、アンタを信じてみようと思った。だからここにいる。誰が相手だろうと――アンタの為に戦う。ただ、それだけだ」オズの銀色の瞳が輝く。何故か、レナはそれが気味悪かった。表現のしようのない後味の悪さ。それが頭の中に残る。


「ウォーカー」レナは彼女を呼ぶ。すると、いつからいたのか、今来たのか――レナの背後に彼女が現れる。

「ここに居るよ」ヨレヨレのスーツを正して、ウォーカーはレナの隣に立つ。

「オズに、暫く――戦闘のいろはを教えてやってくれないかな」


「分かったよ、レナさん」彼女は、オズの意思を確認すること無く、オズの手を取り、例の白い部屋へと連れて行く。


その2人の後ろ姿を見るレナ。ため息を1つついて、自分の管理する部隊へと戻った。



――――――――――――――――――――



ウォーカーが笑う。あまりにも自然な笑顔。完璧な笑顔で。


「〈遥か彼方を歩む者ウォーカー・ハイエスト〉」


彼女もまた、身体能力を強化する能力者。そもそも、レナの部隊は、レナを含めて殆どが強化系の能力者である。何故なのか。それは、彼女の目的に由来する。帝都を変えるため――そのためには、やはり、強力な力が必要。1番対策されにくい能力が強化系なのだ。というレナの方針に基づいて構成されている。


「さて、オズ。私の強化倍率の仕組みがわかるかな?」レナとは違う。間接的にそう言ったウォーカー。だが―オズの頭ではそれを理解出来るはずがない。しかし。


「―――あぁ。正確には、強化してねぇな?アンタの能力は――相手の身体能力を含めた異能力の効果を下げる事ができる。つまり相対的に自分が強化される。―合ってるか?」オズは、誇るわけでもなく。淡々とその能力を当ててみせる。


「よく分かったね。やっぱり、君は――」ウォーカーは笑う。その笑顔は、さっきと同じく、自然な笑顔だった。


「それじゃあ、始めようか。オズ」


第1部隊長の右腕が―――オズを睨み付けた。



――――――――――――――――――――



気づけばオズが、宙を舞っていた。何が起きたのか。オズには理解が出来なかった。能力を発動していなくても、常人の3倍の身体能力を持っているのに。それが――なぜ。いくら下がると言ってもだ。せいぜい半減程度だろう。オズはそう思っていた。

だが―その実、オズの身体能力は、99%ダウン。もはや、体が動かない―重い――そんな次元ではない。


宙に浮かんだオズの上からのしかかるウォーカー。そのまま下へと蹴られる。ゆかへと背中から落ちる。ウォーカーは彼の足元に着地する。音もなく、彼女はそこに降り立つ。


「クソ――動かねぇ」起き上がろうとするも、オズ1人では動くことすらできない。


「これが――私の能力。君じゃ、到達しえない場所にいるんだよ。たとえ君の能力で身体能力を限界まで持って行っても、そこから更に99%ダウンするからね。勝てないよ」笑った彼女は、オズの頭に回り込み、全力で踏みつけた。



「やぁ。また出てきたよ。ボクだよ―オズ」


「、、、、、、」


「そうか。気絶してるのか。うーん。ウォーカーだっけ?そんなに構えないでよ。ボクはこの世界のオズ・フライハートを見守ってるだけだから。それとも――僕とやる?良いよ。どうせ君は勝てないから」


突如としてそこに現れた男に。

「〈遥か彼方を歩む者ウォーカー・ハイエスト〉!!」ウォーカーは異能力を使う。そこにいる男に。正体の分からないその男に。


「――っ!!」圧倒的な速さで背後を取る。そのまま右ストレート。だがそれは、空を切る。そこにいたはずの男は―

「後ろだよ」逆に背後を取って。


「異能力―〈暴威〉!!ヘヘッ。この能力に覚えがあるはずだよ」男は、レナの異能力を発動する。余裕ぶったその笑みが、冷静なウォーカーの判断力を鈍らせる。何も考えずに、直感で拳を出す。

「愚策だね」放った拳は、男に裁かれる。そのまま腕を掴まれて、引き寄せられる。 ウォーカーは為す術なく、男に殴られる。そのまま部屋の壁まで飛ばされる。態勢を立て直そうとするも、首を掴まれて、持ち上げられる。足が地面に付いていない。


「ねぇ?今――どんな気持ち?悔しい?それとも、恨めしい?憎い?――そうだろうね。だって、ボクが使った魔法はレナの魔法だもんね。自分が会得出来なかった異能力だもんね。いやぁ―実に無様だよ。ボクは、オズの監視をしている。それが任務なんだ。君に邪魔されたくないから、こんな事をしてるけどね。―――おっと、そろそろ失礼するよ」


「お前――名前は?」最後の力を振り絞り、彼の名前を尋ねる。


「〈死導者サリエル〉――とでも呼んでくれ。それと――傍観者さん。これは僕の正体じゃないからね」彼は笑って。消えた。



――――――――――――――――――――



やれやれ。平和主義者の僕からすれば、あまり戦闘はしたくないんだけど。


そんなこと言っても、嘘くさいわよ。だってアナタ、とても楽しそうな顔をしていたもの。


そうかな?


そうよ。


まぁいいや。それにしても―僕のコードネームが明かされちゃったのは、ちょっと痛いなぁ。


あら、それも嘘ね。だってアンタは、精一杯カッコ付けて名乗ってたもの。


そうかな?


そうよ。


うーん。客観的に自分を見るのはにがてでね。やっぱり僕は、だ。


それは否定しないわよ。だって、私だってそうだもの。


そうかな?


そうよ。



君と違うんだよ 。


そうかしら?


そうさ。


私には分からないわ。


分からなくて良い事だよ


そうかしら?


そうさ。



――――――――――――――――――――



重い頭を無理やり起こす。辺りを見回す。見慣れた医務室。隣には、専属医師のノアが。


「起きましたか?よかった」闇医者らしからぬ穏やかな声と表情。オズは、彼女が闇医者なのか、怪しく思えてきた。だが―本人が自称するのなら、それを信じる他ないだろう。


「あぁ――起きたぞ」オズは、頭痛を堪えて答える。


「頭が痛いんですか?――分かりました」彼女は、目を閉じて。



「異能力――〈戦場を駆る慈愛の女神メアリー・アンド・フローレンス〉」


ノアはオズの頭を触る。刹那―彼の頭痛は治まり。

「私の異能力です。死んでさえいなければ、どんな怪我でも病気でも治せます」と、微笑んだ。


その笑顔に、オズは何故かドキドキする。


これが―オズに初めて芽生えた感情だった。


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罪人格の心象背反 ガロン・ダース @45204520

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