その魂へ終焉を

 真夜中にも関わらず、草原は明るかった。その中央には人の形をした炎が立ち、火の粉を周囲にまき散らして草原を焼き尽くさんとしていた。

 炎の目の前に長く青白い髪を垂らして跪く。祈る女が一人静かにその場で呪文を唱えていた。


 魔法の紋様が入れ墨として描かれた顔を静かに俯け、小さな声で唱え続ける。ゆっくりと眼を閉じ、呪文の這う両の手を組んだ。

「もう、お前は消えて良いんだよ」

 優しく呟くと、目の前で今まさに彼女に手をかけようとしていた人の形をした炎が動きを止め、揺らめいた。

「辛かっただろう。お前はもう救われていいんだ」

 彼女がゆっくりと目を開く。未だ手を組んだまま、炎を見据えた。燃え上がる炎の音が消え、無音になった空間に小さな声がこだまし始める。


 それは泣き声のようにも、叫び声のようにも聞こえた。悲しみに満ちた、声にもならぬような唸りが響き渡る。炎は静かに動きを止めると、その場で燃え盛る両手を頭に当てた。それはまるで小さな子供が泣いているかのような姿であった。

 彼女は硬く組んでいた両手を初めて解くと、自ら炎へ右手を差し伸べる。じりじりと熱が彼女の手を焦がしてゆく痛みにも顔色一つ変える事なく、彼女は炎を静かに見つめながらゆっくりと炎に手を差し伸べた。炎もそれに気が付いたのか、恐る恐る手を差し伸べた。


 そして彼女と炎は手を取り合った、かのように見えた。

 ゆっくりと炎は薄まってゆき、そして掻き消えた。


***


「無理をなされる」

 精悍な顔立ちの男が、荷物の上に座り込んだ彼女の手に包帯を巻いてゆく。毛深く大きな手で包帯の上から焦げた小さな手を優しく握ると、彼女は少し身体を震わせた。

「これしか助ける方法がない」

 男が手を放すと、包帯は彼女の手を覆う白く薄い膜状に広がって黒く焦げた肌を覆った。男は放した手を背の低い彼女の頭にのせると、ゆっくりと長い髪を撫でた。

「そのような事は分かっています」

 彼女は白い膜に覆われた自らの右手を見つめ、感触を確かめるようにゆっくりと手を握り、また開いた。既に痛みはない。ゆっくりと立ち上がって、意思の強そうな凛とした目で男を見つめる。

「我が師の過ちだ。彼を止められなかった…弟子たる私が責を負うさ」

「あなたは優しすぎる。このような旅の途中にまで祈りを捧げる事も無いでしょうに、…あの炎は幸せ者です」

 男は傍らに置かれていた大きな荷袋を背負うと、彼女に手を差し伸べた。

「今度は私の番です」

 男は彼女の手を取ると、ひょいとその手ごと彼女の身体を浮かせた。そのまま大きな肩に女を乗せる。


「…何度やっても慣れない」

「傷ついて疲れた女性を歩かせるほど俺は愚かではありませんよ」

「お前こそ優しい奴だよ」

 そう言うと、彼女は男の長い髪を撫で返した。

「次へ参りましょう、ラキス。あなたの救いを待つ魂がまだ溢れかえっています」

「そうだな…少し眠ることにするよ」

 ラキスは男の頭に上体をもたせると、男の肩の上でゆっくりと目を閉じた。ゆっくりと男が歩き始めると、小さな寝息が頭にかかった。ふと微笑むと、男は小さな祈り手を起こさぬよう慎重に大地を踏みしめる。

 すでに火の消えた草原は再び夜の静寂を取り戻していた。月明りの下、大きな男が小さな女を担いで歩いて行った。




**********

・クロニクル第四稿/アルタバル帝国

・魔獣戦争時代

・登場人物

「終焉の巫女」ラキス・エゼルリード

「従士」ヴィーゼル・インパ

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