二代姫帝の手記
「綺麗だ、エイラ」
そう一言だけ発すると、彼女は照れ隠しに俯いた。
その姿を未だに覚えている。
穏やかに微笑む彼女の亡骸を葬ってから、もう二十七の月が流れた。
今でも彼女がそこに立って、微笑んでいるような気がする。
***
エルフたちは皆美しい。日本でいう所のイケメンと美女しか存在しない世界だった。ダークエルフの一員として初めてこの世界に生まれ直したときは何とも思わなかったものだけれど、日本で過ごした日々の記憶に目覚めて以来、鏡に映る美しい女性の姿に未だに慣れない。
自分の身体なのに、自分ではないように感じる。16歳の夏まではそんな事一つも感じなかったのに、あの日、記憶に目覚めてからはずっとこうだ。少しナルシストな気がするけど、未だに自分がこんなにも美しいものであって良いのかと悩んでしまう。
日本で過ごした時間よりも、こちらで過ごしている時間の方が何倍も長い。私にとっては自分が人間で日本人だった時間よりも、ダークエルフとしてルテーリアの仲間たちと共に過ごした時間の方がリアルだ。だからこそ未だに少しふわふわした気持ちになる。
日本では私はどちらかというとブサイクな方だったと思う。高校でも大学でも、私はいつだって教室の隅で、好きな本だけに向き合って生きているような女の子だった。話題の中心にいるような、流行に敏感な子たちにはついて行けなかった。
だからこそ、あの日お姉さまが一言だけ発した言葉を、ずっと覚えている。
あれはルテーリアに妖精王からの使者が来て、ぴったり一週間後だった。
エレクティークへと旅立つための準備を進めていた時だった。お父様が置いて行った衣装箱を開くと、それは一番上に畳まれていた。
白を基調として刺繍で飾られたワンピースに、足元を赤く彩るブーツ、青い羽型の髪飾り。荷造りを手伝ってくださったお姉さまはそれを手に取ると、懐かしむようにどこか遠くを見た。
それはかつてお母さまが着ていた衣であったという。
「妖精王の御前に出ても恥ずかしくないように」
そんな思いでお父さまは私に母の形見を託したのだった。
私は衣装に身を包み、鏡の前でくるりと身を翻す。ふんわりと広がったスカートが元に戻ると同時に顔を上げると、お姉さまと目が合った。
「綺麗だ、エイラ」
そう一言。それだけぶっきらぼうに言うと、お姉さまははにかむように微笑み、少しだけ顔を赤くして俯いた。お姉さまの乳白色の髪がさらさらと流れて、部屋に差し込む西日を受けてきらきらと輝いた。
私は少し驚いて、もう一度鏡を見つめた。
そこに立っていたのは、他ならないダークエルフのわたし。旅立ちを前にして、不安と期待の入り交じった表情を浮かべる、わたしの姿だった。
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・クロニクル外/ララス魔導帝国
・登場人物
「桜花の姫帝」エイラーク・ララス
「黒風王」エデルミナ・カノレイン・ララス
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