慈悲深き魔獣王は二度転生する
雨は止むことが無かった。
「俺を…俺の魂を、使ってくれ」
少女の前で崩れかけた竜の残骸がそう言った。少女には、彼を助けるための方法は分からなかった。親を殺され異界に転生し、物心ついた頃に再び親を殺された少女は正真正銘の天涯孤独であり、自らの中に湛えられた底知れぬ悲しみを彼に分け与える事しかできなかった。
「俺は…こんな出来損ないの竜でも…俺はお前の力になれる…だから…」
荒れた大地、横たわる竜の身体に降り注ぐ雨粒が、無慈悲にも竜の身体を砕き、流してゆく。竜にはもう時間は残されていなかった。
少女は何も言えぬまま静かに目を閉じ、横たわる竜の身体に寄り添った。ゆっくりと鼓動を打つ心臓の音は竜とは思えぬほど弱々しく、小さかった。冷たい雨の中で竜の身体から急速に熱が奪われて行くのを彼女は感じた。
彼女は静かに竜に寄り添ったまま、雨に濡れるのも構わず瞑目し続けた。温かな涙がその目から零れ落ちると、もう冷たくなり、物も言わなくなった竜の身体に染み込んでいった。
ゆっくりと少女の身体に、自分のものではない熱が宿ってゆく。少女が再び目を見開いたとき、その瞳には竜の光が宿っていた。
「驚きました、私の雨の中で竜の魂を食らって転生してみせるとは」
地面を覆いつくす泥がゆっくりと固まり、人の形をとる。
「その目…転生するのは二度目ですね」
少女は悲しみを湛えた目で蠢く泥の塊を睨みつける。途端に泥が爆発したように飛び散った。それを見ると少女は止まない雨の中をどこへともなく歩き出す。
「乱暴だなあ、雨を降らせることが私の役割なのですよ」
少女の傍らにはいつのまにか、吹き飛ばしたはずの泥の塊が再び人の形をとって現れていた。少女は一瞥もくれず、無視して歩き続ける。
「あなた様こそが、魔獣の解き放たれたこの大陸を再び統べる御方なのですか?」
泥は粘り強く少女に語り掛けた。一言も発さない少女は、濡れた髪をかき上げながら力強く歩き続ける。
「一言ぐらい言葉を与えてくれたって良さそうなものなのに…」
泥は地面の上をすべるように移動しながら、一人ごちる。少女はふと立ち止まると、飽きる事もなく付いてくる人の形をした泥に目を向けた。
「わわ、また吹き飛ばすんですか?私はあなた様に害を加えようとは思ってませんよ!」
少女が見つめる前で、泥は慌てたように手を振りながら答える。
「私は興味が湧いたのです…あなた様が私たち魔獣の戦いを統べる魔獣王であるならば、私はあなたに付いて行きたい…あなた様のお気が許せば、ですけど」
少女は黙り続けたまま泥を凝視する。
「あー…私はほら、こうして雨を降らせることができます。竜のような異質なものを認めるわけにはいきませんが、今はほら、竜の魂はもうあなたのものだ」
泥が幾ら饒舌に語り掛けようとも、少女は口を閉ざしたままだった。
少女は再び泥に背を向け、歩き始める。
「…やはり私をあなたの旅の仲間にはしてくれないという事なのかしら?」
不思議な泥が残念そうな声を上げる。少女は迷い無き足取りで荒野の岩陰に潜り込むと、一輪の花を手に持って泥の下に帰ってきた。
ずぶり、無造作に泥人形の頭に花を突き刺す。花の突き刺さった泥人形は呆然としてしまい何も喋れずにいたが、少女はそれを見て微かに笑った。
「静かになった」
そう一言だけ、呟くような声を発する。
「…何とも不思議な御方です。ますます興味がわきました」
しばらく呆気にとられていた泥は静かにそう言うと、徐々に晴れ間の見え始めた空へ向かって歩き出した少女に寄り添うようにしてずるずると移動し始めた。
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・クロニクル第四稿/ラグカの魔獣庭園
・登場人物
「鬼神の姫」ラグカ=ラーツヴァイル
「竜の涙」
「恵みの泥土」
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