剣姫と小さな女王
肩口で揃えられた真っ赤な髪、くっきりとした顔立ちに意志の強そうな目。長く伸びた耳の先まで白い肌。ハイエルフの美しい女であった。
男たちに殴られ、蹴飛ばされたのであろう、白い肌に血の滲む傷跡を幾つも作った女は、剣をしっかりと抱きかかえながら男たちをきっと睨みつけていた。
「なあ、何故剣を抜かない?」
群衆の開けた道を来たエデルミナがすっと女の眼前に立った。傲然と胸をそらしながら不敵に笑って見せる。
「剣を抜けばお前ひとりぐらい逃げられるだろ」
「…抜きません」
女がエデルミナを睨み付ける。剣を抱きしめる腕に一層力が入ったように見えた。
「剣を抜けば、…血を流すのは私だけでは済まないでしょう!」
「ほう…お前にとって、私たちは敵ではないと?」
「敵であるものは…血を流す事をいとわぬものだけです」
エデルミナは内心驚いていた。ここまで痛々しい傷を晒しながら、それでもなお剣を抜かぬという。エデルミナは彼女の顎に手を当て、くいと顔を上げさせる。
「お前、名は」
「…マーグレッタ」
「よい名だな」
そう言うとエデルミナは、倒れ込んだままのマーグレッタに手を差し伸べる。周囲からどよめきが上がった。
「立てよマーグレッタ、お前はそこに這いつくばっていて良い者じゃない」
「…私を、助けるのですか」
恐る恐るマーグレッタが差し出した手を、エデルミナは無理やり掴んだ。
「助けない」
エデルミナはそう言うと、にっこりと微笑んだ。無理やりマーグレッタの手を引っ張り、その場に立たせる。
「誰かこの者の罪を述べる者は!」
群衆はどよめくばかりで誰一人として意見を述べようとはしないようだったが、やおらこんな声が聞こえてきた。
「そいつは白い!」「白いやつを助けるのか!」
エデルミナはマーグレッタの細い手に力を込めて握り直す。そしてよく通る声で叫んだ。
「お前らぁ!こいつはハイエルフでありながら、お前らの身を案じて剣を抜かなかったんだぞ!それを考えろ!」
マーグレッタは驚きのあまり目を見開き、傍らに立つ少女の姿を見つめた。一回りも背の低い少女は、手を握る腕を僅かに震わせながら尚も叫ぶ。
「肌が白いからどうした!同じエルフだ!今この時より、この女は我らララスの賓客として迎える!」
エルフとしてはまだ一回り背の低い少女が、周囲の大人たちを傲然と睥睨する。
「何か異論のある者は!」
その気迫に誰もが気おされていた。誰からも声は上がらないばかりか、息遣いすら緊張のあまり止まってしまったかのようであった。
「ならば我が道を開けろ!」
群衆は慌てたように道を開けると、エデルミナはマーグレッタの手を引きながら屋敷へ帰る道を歩き出した。何も言えなくなってしまったかのように沈黙する群衆を取り残し、二人はその場を去った。
誰もいない農道を歩きながら、マーグレッタは目の前を歩く少女に問う。
「何故…私を?」
「お前の魂に価値があるからだよ、マーグレッタ」
そう言って勝気に微笑んでみせると、エデルミナは傲然と胸をそらして腕を組んだ。小さな王が、初めてその輝きを発した日であった。
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・クロニクル第四稿/ララス魔導帝国
・シナリオ第三版
・登場人物
「黒風王」エデルミナ・カノレイン・ララス
「白き騎士」マーグレッタ
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