煌めく吸血姫と妖精

 「先生は何故私を買ったんです?」

 「それを聞かなければならない程君はバカな子だったかしら」

 鏡を見ながらハサミ片手に金髪を自ら切りそろえる少女、その背後には蒼い髪を長く伸ばしたままの女が椅子に腰かけ、分厚い本を広げていた。

 「何を読んでいるんです?」

 「君と話しながらでも読める程度の本だよ」

 「…先生の髪も切って差し上げましょうか」

 「そんな事のために君を買ったわけではないから」

 二人は仲の良さげな姉妹にも見えた。室内は明るく、雪解けの季節らしい柔らかな光で満ちている。

 「先生はどうしてこんな小さな家に住んでいるんです?」

 「大きな家に住む必要が無いからだよ」

 答えながら蒼い髪の女は退屈そうにページをめくる。膝の上に置かれた本が立てた埃が室内の光を反射してキラキラと宙を舞った。

 「でも、先生…シピカは妖精の女王なのでしょう?」

 「そう…妖精の守護者であり、天使の一人…」

 「何だか凄い肩書きですね」

 「…私をバカにしてるだろう」

 女が目線を上げると、鏡の中の少女と目が合った。

 「いえいえ、滅相もございませんよ」

 笑いながら少女は舌を出して見せる。


 「君のそういう所は嫌いではないけど」

 「お褒めに与り光栄です」

 少女は大きく髪を掴み取ると、自らの背後でばっさりと切り落とした。

 「同じ影追いでも君のような性格の者もいるんだなと思ってね」

 女は再び本に目を落として言う。

 「面白かったから、君を買ったんだよ」

 少女はそれを聞くと、少し考えるような表情になった。

 「面白かった、ですか…」

 「偏執狂のアマーシアが何百年望んでも手に入れられなかった吸血鬼の最終形にして、影追い。そしてアレシアの再来かと思うほどそっくりな外見…面白いという以外には君を例える言葉は見つからない」

 「…そのアレシアさんと私は、そんなに似ているんですか?」


 蒼い髪を静かに輝かせながら、女は目線を上げる。どこか遠くを見つめながら、旧き時代の友人を思い出していた。

 「…そうだね、よく似ている」

 「どこがですか?」

 「吸血鬼たちの歴史の始まりになったこと」

 「それって…似てるって言うんですか?」

 「…そして何より性格。アレシアも明るくて悩む事を知らない性格だったよ」

 鏡越しに見つめる女は、ゆっくりとため息を吐きながら本に目線を戻した。彼女がため息をつく場面など、少女の記憶の限りでは見た事が無い。

 「…仲良しだったんですね」

 「もう何百年も前の話だよ。…君を初めて見た時、アレシアが戻ってきたのかと思ったんだ」

 少女は前髪を整えながら、事も無げに言葉を繋ぐ。

 「残念ですけども私はそのアレシアさんとは別人ですからね」

 「分かっているとも。君にアレシアと同じ存在になれとは言わない」


 「では、私に何をお望みで?」

 長かった髪をすっかりと切りそろえて整え終えた少女は立ち上がる。振り向いて女の方を見ると、彼女もまた本を閉じて立ち上がっていた。

 「君は、アレシアを超えられるだろう」

 そう一言、上から見下ろすようにしながら少女に言うと、女は本を抱えたまま蒼い髪を振りながら廊下の奥に消えた。

 「…超えるったって、まだあたしゃこの世界に生まれてから十年ぽっちしか経ってねぇってのに…」

 少女は妙に老獪な口調で呟くと、急ぎ足で女の後を追って廊下に出ていった。


***


 誰もいない部屋に残された鏡の中に、突如誰かが一瞬だけ写り込んだ。真っ白な髪を腰まで伸ばした女が、鏡のような湖の水面を歩いていた。




**********

・クロニクル第三稿/アレシア吸血姫領

・登場人物

「蒼き天使」シピカ・エレメイン(→ステラ・エレメイン)

「煌めく吸血姫」メディエッタ

「物語の神」ラゼリア

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る