鉄の剣姫は答えを探す
曇り空の下で一人の女が男たちに囲まれていた。
灰色の丈の短いスカート、ほっそりとした白い足を少し開き立つ。目元を覆い隠す円環型の魔導具から肩までの銀髪を海の風に揺らす彼女の姿は、それ単独で人形じみた美しさを感じさせる。
男たちはじりじりと距離を詰めて行く。
「こいつらは何?」
女が静かに口にすると、一瞬の間をおいて彼女の頭脳に直接声が響く。
<敵ですが攻撃性は高くありません、
声が響くと同時に、彼女が腰に佩く短刀に光がともった。
彼女が短刀の柄に静かに手を触れると、カチリと音がして鞘と剣のロックが解除される。
「なぜ襲ってくる?」
<…ジュリア、あなたの容姿は
声を聴きながら彼女は静かに剣を抜いてゆく。
<あなたは諸種族国家の基準に照らして「美しい」のです、船中で海賊たちに襲われなかっただけでも奇跡と言うべきでしょう>
抜き身の剣の表面には呪文が幾重にも刻まれている。それを確認すると彼女はフッと剣を振った。風を切る音。鋭い刃が彼女の右手に提げられる。
「どうすればいい?」
彼女が胸元に下げるペンダントから音声が響き渡る。
「トリグラフは敵性存在の排除について制限をつけてはいません、彼らがあなたに攻撃を始めた瞬間から戦闘が許可されます」
「だそうだよ」
彼女は静かに、不敵に微笑んで見せる。男たちが明らかにたじろぎ動揺するのが五感を通して伝わってきた。
「彼女は『トリグラフの剣』です。彼女への攻撃はエーヴィゼークを敵に回す事を意味しています」
冷徹な声が響き渡る一方で、男たちが退散する気配は無かった。男たちのリーダーと思しき体格の良い髭面が余裕の笑みを浮かべながら彼女を見据える。
「お嬢さんが誰であろうと、ここは取引に従ってもらう必要があるからなあ」
「取引、とは?」
「金も払わず俺たち海賊を足にしようってのか、随分肝の据わったお姉ちゃんだな」
その声を聴いた存在がペンダントを介して声を上げる。
「あなた方にはエーヴィゼークより魔導鋼を相当量お渡ししました」
「そんな事は分かってる、だが俺たちはこの姉ちゃんからは何も貰ってねえ。そうだよな野郎ども!」
髭面の掛け声に合わせて周囲の男たちが肯定の声を上げる。
「さてお嬢さん、お前は何を支払ってくれるのかな」
髭面が下卑た笑い声をあげると、取り囲む男たちが更に一歩彼女に近づく。
「…面倒くさい」
<交渉は無駄なようですね>
髭面へ向けて剣を突きつける。笑いをぴたりと止め、怒りに顔をゆがめて行く髭面は、一瞬の後堪忍袋の緒が切れたように大声でがなり立てた。
「…このクソ女をぶっ殺せ!」
男たちが一斉に向かってくる。
<戦闘を開始>
「冷却限界までは」
<あと三時間>
「問題ない」
そう短くつなぐと、彼女は人間離れした脚力で曇り空へ跳び上がった。
空中で宙がえりする間に彼女の髪、肌からワンピース型の衣装の先端に至るまで全てが曇り空の灰色と同じ色に変色する。
男たちが上を見上げた時にはもう彼女の姿はどこにもない。男たちの一人がふいに蹴とばされ、そのまま海へと吹き飛ばされた。
続けざまに彼女は手にする短刀の峰で男たちの首筋を正確に打ち据えて行く。
悲鳴を上げてその場に
彼女の姿は誰にも捉えられなかった。
長く伸びた
彼女のスピードは上がってゆく。
男たちは今や一人の女に気絶させられ、海に放り込まれ、翻弄され続けていた。
「ビビるんじゃねえ!相手は女一人なんだぞ!」
髭面が叫んだころにはもう彼を除いて一人足りともその場に立つ者はいなくなっていた。髭面の目の前にぴたりと静止し剣を突きつけた女は汗一つかく事もなく、息を切らせてもいない。
男は目の前で何が起きているのか理解できなかった。
ゆうに十秒近くもの間、男は目の前の女を見つめていた。海の風に揺れる髪が目元にかかる。十数人の海賊たちを一瞬で打ち倒したとは思えない静けさが彼女の表情からは漂っていた。
「まだやる?」
彼女が一言そう言うと、髭面は血相を変えて三歩ほど後ずさる。かと思うとくるりと背を向け逃げ出す。そのまま街の方へ走っていった。
***
戦いが終わると、彼女は静かに海の方を振り向いた。
灰色の空と灰色の海が水平線で交わっている。冷たい海風が強まっていた。
「風が…」
髪を押さえながら彼女は風を感じる。幾多の記憶が渦巻いた後の世界で造られた彼女は、目覚めた時から風を感じて生きてきた。
静かに短刀を鞘に戻すと、カチリと小気味良い音を立てて刃が鞘にロックされる。
風の中で彼女は振り向き、灰色に染まった体の色を元に戻しながら歩き始めた。
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・クロニクル第三稿/エーヴィゼーク
・登場人物
「鉄の剣姫」ジュリア
「設計官」ロキサ
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