夢の終わりで待つ
――まま、りんはもうこんなにおおきくなりました。もうおとなのおんなのひとです。だからままもしんぱいしないで――
***
彼女は自分の領域から一年に一度、決まって紅月の終わりごろに出てくる。影追いである彼女の様子を確認するために、紅月の末には必ず三姉妹がそれぞれの仕事を切り上げて一堂に会することになっていた。
その晩は猛吹雪であった。夜更けも過ぎ吹雪の音がひとたび落ち着くと、積もった雪を踏みしめて歩いてくる音が聞こえた。
「…おはよう」
扉の前に立つと、彼女は今にも消えてしまいそうな小さな声でそう言った。それが毎年の彼女の挨拶である。
「やあ…待っていたよ」
三姉妹の長女、蒼い髪を膝まで伸ばした女が扉を開く。濡れた全身から水を滴らせながら、ぼろを纏った少女が部屋の中に入ってきた。ありったけの布を抱えて待っていた次女と三女は、濡れたまま室内を横切ろうとする少女の小さな身体に布を押し付けるようにして水をふき取った。
「こら…風邪ひくだろうが」
ずぶ濡れの少女を必死で拭きながら次女が言葉をかけるも、耳を貸すそぶりも無い。ゆらゆらと身体を揺らしながら少女は暖炉の前にぺたりと座り込むと、ぼそりと言葉を放った。
「…それで、今年は…」
全くの無表情のまま暖炉の火を見つめる。そんな少女の姿を気の毒に思った三女が奥の部屋から皿を持ってくる。湯気を立てるスープが少女の目の前に置かれた。
「まずはそれを食べなさい、リム」
リムと呼ばれた少女は、目だけを動かしてスープを見つめると、ゆっくりと手を動かして皿を口元へ運んだ。三姉妹が見守る前で、スープを啜る音と暖炉の火がはぜる音だけが響く。
蒼い髪の女は少女の背後に設えてある椅子に腰を下ろし、しばらくして無造作に言葉を放った。
「お前の母が来た」
生気の欠片も無かった少女はその言葉にびくりと肩を震わせ、スープの皿を取り落とした。飲みかけのスープが床にこぼれるのも構わず、少女は青白い顔で振り向く。
「…どこに」
一言、それだけを絞り出すように言った所で、蒼い髪の女は首をゆっくりと左右に振った。
「残念だけど、どこかまでは分からない」
「…どうして」
はあ、とため息を一つ付いて、女は椅子から立ち上がった。次女が差し出した小さな布切れを乱暴に掴み取ると、少女の汚れた口元に布を押しあてて乱雑に拭き始めた。
「お前がいくら影追いだからって、天使の力をお前のためだけに使う事はできない」
乱暴に口をふさがれながら、少女の目は徐々に涙で潤んでゆく。
「蒼の翼は、この世界の均衡を守るための力だよ」
「…もう、いい」
少女はそう言うと、服も乾かぬまま立ち上がった。ゆっくりと扉の方へと歩いてゆく。
「もう帰るのかよ、もっと話ぐらいしていきゃ良いのに」
次女がそう言うも、一切を諦めたかのような少女の表情は変わらない。そのまま乱暴に扉を開け放つと、雪の積もった土を踏みしめて一歩ずつ彼女は去っていった。
***
――ママ、わたしはもう大人です。もう何百年もこの不思議な世界であなたの事を探し続けて、いつの日かまたあなたに絵本を読んでもらえる時を待っています――
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・クロニクル外
・登場人物
「蒼き天使」ステラ・エレメイン
「黄海の女王」ラキア・エレメイン
「雨の司書」ルクノア・エレメイン
「外典の民」リムルファ
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