涙の庭-短編集

汎野 曜

妖精と壊れた人形

「シピカ、シピカ?どこにいるのシピカ」

 大きなお屋敷、長く仄暗い廊下、一人の子供が背の高い女の手を引いて歩いている。

「ここに居ますよ、お師様」

 少女、蒼い髪を膝下まで伸ばした少女が背の高い黒髪の女に返答した。


 足首まである長いスカート、不自由な足をぎくしゃくと動かしながら力なく歩く女は今にも倒れてしまいそうだった。

「…これから私は…」

 床のくぼみに足を取られそうになった女がよろめく。少女は振り返って倒れ込む女の身体を抱きとめた。

「…壊されるのでしょう?」

 少女の肩に温かな滴が落ちた。少女に抱きしめられた女は、不安定な体勢のまま涙をこぼす。

「…そうであるとも、そうでないとも言えますでしょう、お師様」

 少女の身体を支えにして、女は再び立ち上がる。深くまぶたを閉じたままの女の手を再度少女が取る。

「あなたは優しいのね、シピカ」

 女と少女は再び歩きだした。僅かな光のみが差し込む廊下は常人であっても足を取られそうな暗闇に満ちていたが、女は目をきつく閉じたまま歩く。

「あなたたち天使に仕えられる存在になれた事だけ…それだけが私の幸福よ」

「…そうですか」

 目を閉じたままの女が寂しげな笑みを浮かべる。


***


「この扉から先は、私たちの領域」

 少女は女の手を引き、そっとその小さな手をドアに添えてやった。

「ありがとう…シピカ」

 女の手が震えているのが分かった。少女は自らの背中に手を伸ばし、何処からともなく青く美しい羽を一枚取り出す。

「…これを持っていてください、二十八番目のお師様」

 女の左手に小さな青い羽を握らせる。女は震える手でそれを握ると、閉じられたままの目から涙を流した。

「…私にも…魂と呼べるものがあったのかしら、シピカ」

「そう…そうであるならば、必ず私があなたと…を助けに参ります」

「…そうだった…そうだったわね、待って…いるわ…妖精の天使様」


 少女は手を離した。女は震えながらもゆっくりと扉の向こうへ足を踏み出し、そして扉は閉じられた。

「…」

 そして物音一つ立たなくなった扉の前で少女はしばし立ち尽くしていた。やがて何かを決めたように振り返ると、長い廊下を歩いて戻っていった。その背には煌めく半透明の翼が、蒼い光を放っていた。




**********

・クロニクル外

・登場人物

「蒼き天使」シピカ・エレメイン(→ステラ・エレメイン)

「外典の民」エレゼ=マリオネット

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る