雪夜口論

ゆったりと尾が揺れている。

クソが付くほど寒かった部屋は古き良きストーブによって暖められ、意識が次第にまどろみの中へと飲みこまれそうになったところで視界の端にそれを捉えた。

変態現出を一部解除した状態で、本を片手に何やら走り書きをしている相方はまだ当分眠気とは無縁のようだ。

寝台の上で毛布にくるまりながらその様子を観察してみる。

ペンが動き、ページが捲られ、時折何かを思案するように頬杖をついてはその手で髪を梳る。

それらの動作に合わせて、ゆらゆらとぱたぱたと尾が動きまわっている。

どうやら尾の動きは完全に無意識下で起こっているらしく、本人は机の上での作業に没頭していた。

細い指で煌めく結晶を含んだ何かの原石を持ちあげては部屋の照明で反射を確認し、また紙に書き込んでいく。

恐らく宝飾のデザインか何かだろうが、こんなバカが付くほど寒い夜にわざわざ御苦労なことだと思う。

本人に伝えれば、その苦労が人間っぽくていいだろう、なんて返ってくるに決まっているので言おうとも思わないが。

ネジトモ雑貨店の4階にある間借りの住居スペースは最上階の屋根裏に位置するだけあってそれなりに手狭であり、相方の書斎兼工房兼俺の寝床となっているのはまことにどうしようもない仕様なのだが、人間らしくを意識するのであれば生活リズムのほうももう少し省みるべきではないだろうか。

剣を振るしか能のない竜屍士の俺でも知っている、人間というのは六時間から八時間前後の睡眠を必要とするって知識を竜のカランが持ち合わせていないということは考えにくいので、まぁなにかしらの理由はあるのだろうが生憎とそんなことよりも眠気のほうが勝ってきたのでどうでもよくなる。

「いい加減蝋燭の火を落としてくれ。寝不足になる。」

「む。まだ起きていたのか。夜更かしは身体に良くないぞ?」

「お前にだけは言われたくないので早急に人間が睡眠をとるのに相応しい部屋の明るさに調整してくれるととても嬉しい。ついでに寒過ぎて冬眠してしまうから季節を春にしてくれ。」

「人間が冬眠するという記述は、惰眠を貪るの意味するための隠語以外で文献に用いられたことはなかったと記憶しているんだが。」

軽く背伸びの動作をしつつ読んでいた本の頁に付箋を張り付けて閉じる。尾も背筋と一緒にぴん、と立っていたのが面白かった。

冬毛に覆われた狐のような尻尾を見る機会は実はそう多くはない。

普段戦闘や交渉において相手を威圧する場合、カランは6枚ある背中の翼を大きく広げることが多い。

人の肉体から羽根が飛び出す様子はさながら天使のようにも見えるが、大抵その時は悪鬼羅刹の如く視線で殺すといった形相なので、相反する属性が無理矢理同居させられた結果完成した割とえげつない代物だったりする。

パンケーキの材料を切らしていたネジトモとの喧嘩を思い出して、毛布を口元まで引き上げる。竜ってやつは見目が良い分怒らせると大変心臓によろしくない。

銀の長い髪に、続く背中を覆う雪原の肌。

竜の特徴である流星群が降り注ぐラピスラズリの眼が気だるそうにこちらへ向けられる。

「まぁいい、イメージもあらかた纏まったことだしあとは研磨剤を調達するまでは作業が進まんからな。」

「そもそも俺からすれば、わざわざ苦労を増やしてまで仕事をする理由が不明だ。俺みたいにこの仕事でしか食っていけないわけでもないだろうに、夜更かししてまで仕事をする理由はなんだ?」

竜基演算を使えば並大抵のことは思うがままにできる竜連中は、何を好き好んでか人間の姿を模した形態で、人間のような生活を送るものが多い。

生身で多元宇宙の星海を渡る生き物の考えることなんて理解できるわけもないのかも知れないが。

呆れ混じりの視線を全力投球してみれば、得意げな顔で人差し指を付きつけられる。

「人間は物事に没頭すると時間を忘れ、巨匠は寝食を削って傑作を創造すると言われている!ならば僕が寝る間を惜しんで趣味に傾倒することは、実に人間らしい行動ではないかね?」

「大変自信たっぷりに語っているところを悪いんだが、人を指差してはいけない。俺でも知ってる。」

「む、前に端末からサルベージした文書情報では主人公が他人に指を付きつけている場面がいくつもあったが?」

「それは漫画とかゲームとかの創作物だから許されてるだけだ。」

「むむむ…。」

指差し体勢のまま器用に顔だけを歪ませる相方は、実に多くの無駄を抱えているのだなぁと色彩の薄れた意見が俺の脳内を漂う。

男も女も二度見せずにはいられないような美貌も、竜の因子を自在に操る竜基演算 ドラゴンズ・マジックも、なんというか全てを持てあましているようにすら見えてくる。

「この僕のどこに無駄があるというのだ!」

「大体全部だと思う。というか夜遅くに大声出すな。ネジトモに大雪ん中で追い出されて困るのは俺だ。」

じゃあおやすみ、と毛布の上にさらに外套を被る。下級の竜の爪や牙なら通さない特注の生地は保温にも優れているから、布団変わりに丁度良いのだ。

納得いかない、と顔に書いてある相方は無視する。竜の謎のこだわりについていちいち追求していたらどれだけ時間と脳味噌の容量があっても足りる事はないというのが俺の持論だ。

ヨキは横暴だ、とか浪漫に理解のない男は女に相手にされんぞ、とか多少気にしていることを言われたような気もしたが、そんなことは瞼と共に降りてきた再びの睡眠欲に比べればなんと些末なことであろうか。

かくして、俺の安眠は今晩も無事確保されたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

花嵐の凪に @saisakiyoi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ