親の顔より見た天井の模様

ブゥーン、と蛍光灯が切れる直前のような音が頭の周りを駆け巡る。



思い出す。ゆっくりと思い出す。

私。俺。ぼく。いやの一人称がはっきりしない。

誰だっけさっきまで何をしたんだっけ。


そのとき

カンカンッという金属音をぼやぼやとした思考のもやの中から聞き取る。



「もーお兄ちゃん!いつまで寝てるの!もう朝だよ。」



私はそのとき直感する。いわなければ。あのセリフを言わなければ。


「う~ん…むにゃ、むにゃ、、なんだよ、うっせーな…」



「もー寝ぼすけなんだから!学校遅刻するよ!おきておきて!」



見なくてもわかる。血の繋がらない妹だ。

だって世界じゃ「それがお約束」だから。




ジリリリリと同時に目覚まし時計の音が共鳴する

言わなければ。あれを言わなければ。


「やばい!遅刻だ!」



なぜ遅刻する時間に目覚ましをかけたのだろう。

と、一瞬思ったが既に忘れた。だってそれが「お約束」だから。


急いで布団を蹴り上げ、寝起きで靄のかかった視界に肉体を突撃させる。


ぽよん。


聞こえるはずのない擬音。けれど聞こえる。

顔面にやわらかい感覚。



何にぶつかったか、見なくてもわかる。お約束だから。

だって世界は、そういう物だから。



「きゃぁ!お、お兄ちゃん!」


耳をつんざく高周波数が脳を撫でる。

どうせ、胸だ。乳房だ。


そして。意思とは無関係に、声を発する。



「いってぇ!こんなところにまな板なんてあったか!?!?」


「な、なんですってぇ!」


ぷすぷす。という擬音。妹が怒っている。

湯気が出る。人間の脳が耐えられる温度の限界は40℃。

仮にこの湯気が本物ならー、コイツは死んでいるはずだ。




先に覚悟を決めておく。本来なら致死量の内出血による腫れ物、ことたんこぶができる事。ソリッドな図形にデフォルメされた星が頭の周りを飛ぶこと。


グンッっと空をフライパンが切る音。

見てないけどわかる。妹がお玉とフライパンをもって入室しているであろう事がわかる。



「わっわっちょ、ちょーーっとまって!!!」






ガンッ









瞬間。口の中に鈍い痛みが走る。

やけにリアルで、口内から血の味がする。



あまりにリアルな痛覚に、私は声を出そうとしたが、その声はガボガボという擬音と共に気泡にに変換され、天井まで反響した。







呼吸ができない事を自覚すると、酸素を求めて反射的に頭が動いた。


ガンッっとまた、頭に何かがぶつかる感覚。理解する。洋式便座の蓋だ。



妹は、いない。妄想だった。

ありもしない妄想に興じていた自分への。

乾いた音は、便座からのはげしいツッコミだった。




そっか。私はー。

「山田太郎」で、暴力を振るわれたんだった。




いや?天才チート美少女だっけ?あれ?



どっち。。。だっけ。




頬から血が垂れ、白い便座に堕ちてひとつの華を形づくった。

怪我してる。



そうだ、治癒魔法を、かけなきゃ。



詠唱の姿勢に入り、精神を集中する。

右腕がうずく。魔力を展開の合図だ。



「レ・ラルデルヨ・ホーリー・ホイミ・ベホマズンケアル!」



「治癒の女神よ、私をめっちゃ元気にしたまえ!」


グンッっと突っ伏したまま右手を天にかかげる。



光が放出ー、されず。

魔方陣は浮かびあがらー、ず。



勢い余って便座カバーにぶつかった手が便座カバーの怒りを買い、もう一度私の頭に無慈悲なギロチンを落とす。




カンッ。



「治癒魔法なんてあるわけねーだろ。」




きっと、便座カバーはそう言ってる。





わかってる。わかってた。


魔法なんて、存在しない。

血のつながらない妹だって、いない。




だって、世界はー、「そういうお約束」だから。
















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