最終回2 性別と容姿を失った。
最終回2回 まず、容姿と性別を失ってもらう
気づいたら、教室の掃除ロッカーの隣でモンハンをしていた。
私は、学校を知らない。私の世界に学校はない。
けれどー。知っている。ちょうど、誰かの人生のバトンタッチを受け、私が引き継いでいるように。あるいは、最初から、コレが私だったように、今を理解している。
知らない。はずなのに、知っている。
自分が、今までどんな人生を送ってきて、誰と友人で、この世界に魔法無くて、私が高校生2年生で、もう冬で、名前は山田太郎で、この学校に通っている。と、いうことを理解していた。
体がプラチナじゃない。歩いた後に石油の臭いがしないのは久しぶりだ。
いちいちまどろっこしい、未知の状態から、定住の地と、出会いを探すのではなくー。
誰かのセーブデータを、私が引き継いだのだ。
「うあ!!」
なぜか咄嗟にどでかい声で叫んでしまった。聞いたことのない自分の声に、驚く。
思案にふけっていたうちに、プレイ中だったモンハンでブルファンゴに吹っ飛ばされ、リオレウスに焼かれて死んだ。そりゃ、声も出る。
不思議だ。このゲームをしらないはずなのに、知っている。
「おい、山田。うるせーぞ。」
つかつか。と、ガラのわるい男が寄ってくる。
いかにも、なヤンキー。略してイカヤン。
顔は薄黒く、眉毛は細い160cmほどで、貧弱だ。
理解するー。こいつが、「邪人」と、書いて、ジャビット。と読む。と、いうことを。なんだよジャビットって。
私のことが嫌いな、クラスメイトだ。
「お前相変わらずキモいな。ちょっと黙れよ。」
わき腹あたりを蹴られる。いきなりかよ。しかし、なかなか安定感のあるローキックだ。
でも、全然痛くない。当たり前だ。
私にそんなものが通用するはずがない。
「いきなり、なんだよ。」
邪人の胸倉をつかむ。どうやら私が引きついだ、セーブデータの主だった山田太郎は-こいつにいじめられてたらしい。
こんなひ弱で、矮小で、頭の悪そうな男に、いじめられていたのだ。
「あ?んだよ、殺すぞ?」
邪人が睨む。ボキャブラリーがやばい。なぜ声を出しただけでいきなり殺す。
お前だってブルファンゴに邪魔されたら声出ちゃうだろ。
イカヤンだ。やばくてやばすぎる。本当にボキャブラリーがアレでガーンって感じだ。
説明の手間がないくらいに、わかりやすい悪役だ。いじめっ子だ。
かわいそうに。山田。辛かっただろう。私が、お前の人生を変えてやるから。
ギロリ。と、邪人を睨む。
「昨日までの私だと思うな。今から、今までの報いを受けさせてやる。」
右手に魔力を集中させる。青白く光、稲妻がバチバチと光る。
これは--「サンダースパークオブゴッド」
私の8375937京個ある魔法の一つだ。
本気を出せば、この教室が消滅してしまう。力をセーブし、右手を銃の形にして、邪人に向ける。
「お、おい、お前…なんだよ…それ…」
邪人が後ずさりをする。こんな初歩魔法でおびえるなんて。ダッサ。
ゴブリンのほうが、まだ勇敢だった。小物なヤンキーだ。
まぁー、いちいち絡まれても面倒だ。軽く気を失ってもらおう。
「散れ。蒼桜。」
邪人に向かって閃光が走る。
バチバチ。と空気が鳴いている。
閃光が相手の体に光る。アニメみたいに、一瞬骨が見えてバチバチする。
「うぐぅっ!!」
情けのない声をあげて、邪人は気を失って倒れた。
しん。と空気が張り詰めたのを感じる。
クラスの全員が私に注目する。しまった。この世界に、魔法は存在しなかったのだ。
ヤバい。言い訳しなければ。私の正体バレてしまう。
咄嗟に後ろのコンセントを指差す。
「え、えーっと、なんか、急にバチバチってコンセントが…アハハ…漏電かな?」
唖然とした顔で、みなが私を見つめる。
「キャーー!!すごーーい!!山田君!!なにそれ!!」
黄色い声援があがり、女子たちが寄ってくる。やばい。少し調子に乗りすぎたか。
早く逃げよう。このままつかまると面倒だ。
「あ、わ、わりい!!俺、家に忘れ物したんだった!!ちょっととってくるわ!!」
踵をぱっと蹴って一目散に駆け出す。
石油が出てないだけ走りやすくてありがたい。能力がチューニングされているのだろうか。
これは--チート能力。
この世界には、現実でイケてない連中が、異世界で無双する異世界転生テンプレ。と。いう物があるらしい。
「まさか、異世界でスーパーエリートな私が、テンプレの逆で、この世界に来ることになってしまったなんてな…」
かけだしながら、ボソッとつぶやく。
そして授業を抜け出したこの後ー、絶世の美女だった私が、異世界転生のテンプレの逆で。まさか男のイケメンに生まれ変わってる事に気づくのは、もう少し後の話である。
「ーーーー次の日へ続く。」
ーーーーーーと、出した声は、ガボガボ。と水の音でかき消された。
「いい顔してんじゃん。遠慮するな。ドンドン飲めよ?」
咄嗟に後頭部ににぶい刺激が走り、うしろに頭を引っ張られる。
目の前に、トイレの便器が現れる。
ゼェゼェ。と、必死に酸素を取り入れる。心臓がバクバクと震えている。
「あ、アレーーー。わ、私はーーー。」
ぼそり、と声に出し終わる前に、再度強力な力で押される。なすすべもなく。便器に吸い寄せられた。
酸素を取り入れようとしていた体は、咄嗟の環境の変化に対応が追いつかず、思い切り水を吸い込む。喉が爆ぜる感覚。頭の中で必死に思い出して、言葉を作る。
「そういえば山田太郎はいつも、いじめられているときに、謎のチート能力で反撃する妄想をしていたっけ。」
かすみゆく意識の中でー。山田の記憶と私の記憶が混ざる。
退屈だった、王国での日常。やさしい母。日向で眠りながら、雲を数えていたこと。
父の作るバタースコッチパイの味。私を待つ観衆のために、精霊のハーブのチューニングを行っていた、舞台での裏の瞬間。
混ざる。混ざる。
逃げたい日常。私を存在しない物として扱う、母。閉じ込められたゴミ箱で。耳元で鳴くハエの羽音を数えていた事。女子のリコーダーの味。
消えゆく景色の中で、二つの色が混ざり合う。
異世界チート転生の、本当の逆。
現実で、かなしい時に、音楽は流れない。
高校合格の瞬間に、勝利のファンファーレはならない。
チート能力や、都合よく、誰かが助けて、気にかけて、くれない。
「ぼんやりと暗闇に落ちていく様な感覚」と、いう小説ならではの比喩は、ただ、酸素が欠乏して、脳の大脳皮質が酸欠になって、心拍が止まることを示す。
ただ、そこに現象があるだけの、現実。
どうしようもないわけでも、美くしいわけでもなく、ただ、存在し、在るだけの、現実。
限りなく、普遍的で、世界で、今も普通に、私と同じような経験をしている人が、何万人もいる、事件になるほどでも、自殺するほどでもない、ありふれた、いじめ。
そして、ドラマのように、安いスマホ広告に乗っているグロ小説のように、理不尽ではなく、私は私が嫌われるだけの、正当な、理由のあるのを知っている。行った過ちへの報い。正当な、暴力。
暗闇に意識が落ちていく中で、じっくりと、現実の輪郭を、思考の舌でなぞる。
早く。気絶したい。けれど、上手くできないから、今から、気絶しているフリをしよう。
異世界転生の、逆?違う。そもそも、私は、もともと、異世界にいたんだっけ?
もとから、山田じゃなかったっけ。山田の解離性の人格障害が、生み出し、たんだっけ。忘れた。どうだっけ。
以外にも、気絶するフリをする前に、酸素が欠乏して、本当に落ちていく。
邪人め。よっぽど腹が立っていたのか。
混ざる。混ざる。
失ってしまったのか、もともと失っていたのか、わからない。
少なくともー、解離性の妄想障害か、本当に転生したファンタジーかはわからないが、意識が目覚めたこの後、トイレの鏡に映った自分の老けた赤ん坊のような、卓球部や帰宅部にいるような、わかりやすいブサイクだと実感し、「学校にいきたくない。」と思いながら、眠りにつく。という事だけは、限りない真実だ。
眠りについている最中も、世界は、今日もただ、在るだけだ。
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