柔道

 高校時代の話、若干の自慢も含まれます。


 私は高校の頃、総合格闘技に憧れて柔道をしていました。我ながら、身体能力と指導者に恵まれて県内ではそこそこ強かったです。無差別でベスト4、自分の階級なら県内では二年の秋から負けたことがない、くらいにはやれました。すいません自慢ですね。


 高三の時の全国大会が九州で開催されました。うちの高校は弱小なんで、顧問の車で顧問と稽古相手のNと自分の三人で向かいました。試合会場の近くの宿泊施設は出場選手、関係者でいっぱいでした。折角の九州、試合の方も優勝なんて無理、出場することに意味があるくらいの私は顧問の許しを得てからNと稽古後、電車で近くを観光しました。その電車の中です。明らかに柔道関係者だとわかる集団がいました。五厘刈りの頭に潰れた餃子耳、ゴツゴツした筋肉質な体、ぶっとい指、間違いなく柔道関係者です。そんなイカツイ五、六人がビニール袋を手に突っ立っています。椅子空いてんだから座れよなと思いながら見ると、イカツイのに囲まれて一人だけ座ってます。年の頃は40代半ばのイカツイおっさんが。はだけたジャージに、足元はサンダル、胸元には金ネック、おまけに黒のサングラスで大股を開き深く腰かけていました。おいおいどこのヤクザ屋さんですか?頭に浮かびました、ガラ悪すぎです。絶対に声なんてかけたくないタイプの人です。周りの五、六人は直立不動で無言でした。えぇっ柔道の上下関係ってそんなんなの?うちの高校とはえらい雰囲気違うんだけど。隣のNもマジかよって顔でした。強豪校とか伝統校はあんなんかもなと小声で話しました。弱小校でよかったです。


 さて試合当日。自分の試合は10頃開始でした。なので6時には起きて朝食とトイレ等を済まして8時前には会場入りして柔軟や打ち込み、投げ込みのアップを済ませて体を整えました。試合前は軽く動くくらいにしてました。周りでは自分以外にも出場選手がそれぞれアップを行っていました。畳の擦れる音、打ちつけられる音、気合いの声、いろんな音が耳に入ってきます。その中で一際大きな声がありました。

「参ったすんなよ!絶対だ!まだ極まってない!耐えろっ死んでも耐えろっ!!」

大声をあげる監督らしきイカツイおっさん、腕ひしぎ逆十字を取られ顔を真っ赤に染める選手。どう見ても極まってます。靭帯か関節を傷めること間違いなし、なんならもう壊してるかもってレベルです。

「稽古でてきんことが試合でできるか!耐えろっ返せっ!根性みせろや!」

おいっ、あいつ今から試合でんのかよ、試合前に何やらしてんだよ、いかれてる!相棒のNも顧問の先生もマジかよって顔でした。関節技なんて基本的に極まったら返すのは難しいと思います。完全に極まる前とかならどうにかできますが一度極まってしまえば根性どうにかなるものではないと私は思います。しかしそれをおそらく強豪校の指導者であろうおっさんは選手にやれと言っているのです。おいおいこりゃ無理だ、住む世界が違う、同じ思考回路じゃない、体の構造も違うんじゃね、等と思いました。所詮私は高校の部活で真面目に頑張っている程度、向こうは命がけでやっている、目指しているものが全く違うということがわかりました。絶対に俺にはできない、やっていけない世界だと恐怖を覚えました。


 肝心の試合の方は案の定一回戦で抑え込みによる一本負けました。立ち技ならいい勝負だったと今でも思っています。ちなみに私に勝った相手はベスト8まで残りましたが、それに勝った選手も優勝した選手には圧倒されていました。そして優勝者もオリンピックや国際戦の代表にはなれませんでした。

 

 上には上がいて、狂ったような稽古に明け暮れる修羅の世界、恐ろしきかな柔道。


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