温泉

 今から六年くらい前の冬のことです。


 実家に帰省していた私は友人のTと二人で県内の温泉に行きました。そこは以前から何度も行っているお気に入りの場所でした。料金も安くてサウナもついて、おまけにあまり混まない。まったりしたい時には最適です。


 その日は夕方の四時くらいから行きました。マナーとしてまず体を洗ってから湯船につかりました。少し温めのお湯に日頃の仕事のストレスや疲れがとけだしていくようでした。体を温めた後は水風呂を経由してサウナへ。旨いビールを飲むためにはかかせません。狭いサウナ室には先客が一人、60代の小柄なおっちゃんでした。おっちゃんの隣に座ります。並びはT、私、おっちゃんでした。Tと話していたのですが、そこにおっちゃんが声をかけてきました。うざっと思ったのですが、狭いサウナ室の空気を悪くするのも嫌なので無難に受け答えしておきました。話の内容は、地元はどこか、年齢はいくつか、仕事は何をやっているかといったそんなありきたりなものでした。そこに五人ほど新規さんが入って来ました。人口密度は一気にマックスです。お互いの体が触れないギリギリの人数です。なんだよ出てけよってのか正直なところですがそんなこと言える権利はありません、かといってこっちが出てくのも嫌です、私はサウナはがっつり入りたいのです。ちょっとイラッとしていた時に、隣のTが肩を叩いてきます。「なん?」と聞いても、何も言いません。どうしたんたやろと思っていると、またおっちゃんが話しかけてきます。仕事は具体的に何をやっていて年収はどれくらいだとしつこく聞いてきます。おいおいグイグイ来るなこのじじぃ、常識ないんちゃうんか?と思うものの日々の営業で鍛えられたトークスキルで「いやー多分聞いてもわかりませんよ、恥ずかしいんて内緒にさせてください。年収はそこからお察しで」流します。断ってるのにそれでもしつこく聞いてくるじじぃ、「それならいい儲け話がある」みたいなことまで言ってきます、お前は三流映画のヤクザかと脳内で罵倒しておきます。その間もTがしきりに肩を叩いてきます、ちょっかいかけんな、なんかあるなら言えや、余計にイライラします。

「親分お先に失礼します。」

「おう。」

後から入ってきた内の一人が私の隣のおっちゃんに声をかけて出ていきます。振り返った背中にはお絵かきが裸眼のぼやける視界に映りました。あぁそういうことね、ヤクザ屋さんに囲まれているのね。ようやくわかりました、Tが私の肩を叩くわけが。見えづらいですが、後から来た残りの四人も腕や足にちらほらお絵かきが見えます。って親分ってこのじじぃが!?やばいかなりくだけた感じで話してたけど大丈夫か、とりあえず出よう。

 そこからじじぃに「そろそろ限界なんでお先に失礼します。」と声をかけてサウナを出て、シャワーで汗だけ流して、温泉から逃げ帰りました。帰りの車中でTが「なんで気づかんの?」と責めてきますが、何でって言われてもわからんもんはわからん、眼鏡ないししゃーないだろ、まぁ無事だしいいやんけ、と流しておきました。


 家に帰って家族に話すと父親が「あそこは長い階段とヤクザで有名。○○組がよく使ってる」と教えてくれました。よくよく思い出したら入れ墨禁止の注意がありませんでした。皆さんも温泉、銭湯に行かれる際はお気をつけて。

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