鳥
富山で勤務していた頃の、今から五、六年前の話です。
営業職の私は得意先に行くため高速道路を使っていました。その日も富山インターから高速に乗り得意先に向け快調に車を飛ばしていました。北陸道を運転したことがある人はわかると思うのですが、平日の晴天だとかなり空いています。雪が降ると馬鹿みたいに渋滞しますが道路状況が良ければ、混むことは少なかったです。つまりスピードが出やすい、出しやすいということです。ただ注意しなければならないのが覆面パトカーです。富山県警は私の経験上ですが、かなり気合を入れて勤務されているので、よく高速で捕まってる人を目にします。私も二度ほどお世話になりました。他県では捕まっことはありません、富山だけです。閑話休題。その日も秋晴れのよい天気でした。快調に飛ばす車は、まあ警察に見つかればお世話になるくらいにはスピードが出ていたと思います。前も後ろも車がいない二車線の道を爆走していると、前方に茶色の点が見えました。ゴミかなと思っているとその点は不規則な動きをしました。距離がつまるとその正体が分かりました。トンビです。道路に落ちた何かを食べている様子でした。ここで車線を変更して避ければよかったのですが、悪戯心を起こした私はそのまま減速することなく直進しました。ドンドン縮まる距離。トンビの方も気づいているはずですが、一向に飛んで逃げません。トンビ対私のチキンレースです。視界に映るトンビは刻々とその姿をはっきりさせます。これマジで無理、轢いてまう!と思った時、何を思ったのかトンビが真っ直ぐこちらに突っ込んできます。焦った私は左にハンドルを切りました。!?間一髪でトンビとの接触を回避したのですがハンドルが利きません。車はそのまま流れるようにガードレールへ、一瞬にしてパニックになりながらも今度は右側にハンドルを切ります。滑るように右方向に流れる車体、今度は中央分離帯へ、あっ死ぬ、本当にリアルに頭に死がよぎりました。一瞬で昔読んだ漫画の、主人公が「俺が高速で交通事故起こして死んでもみんなふーん済ませそう」という場面が再生されました。ここで何故か一気に冷静になりました。怖いとか死ぬかもとか一切浮かんできません、ただただどうすればいいのか頭に浮かび行動にうつしていました。ハンドルを切るたびに右に、左へと蛇行する車、徐々に車体の流されっぷりも大きくなっていたのですが、どうしてかブレーキを踏んだら駄目な気がしてアクセルから右足を離しただけにしていました。車は不安定の極みって状態だったのですが、頭の方は冷静で恐怖心もありませんでした。サイドミラー、バックミラーで後続車がないことを確認して、よし、横転させようって思うくらい冷静でした。中央分離帯に向かう車に対して一気に左にハンドルを切り、ブレーキを軽く踏みました。衝撃に備えたのですがありません、かわりに感じたのは遠心力、助手席に置いていた書類が、ドリンクホルダーのお茶が飛び散る様子がはっきり見えました。スローモーションの世界です。お茶の飛沫の一つ一つまで見え、飛ぶ書類の文字が読めました。カッターシャツが汚れたら嫌だなと思うくらいに冷静でした。車は右回りに四回転半して後ろから中央分離帯に激突して停車しました。激突の衝撃はあまり大したことありませんでした。それからすぐに警察と会社に電話して事故の後始末をしました。単独の物損ということもありすぐに終わりました。車も後ろがへこんだだけだったので、そのまま運転しました。ただ何かあったら怖いと上司から言われ、その日の商談はキャンセルし下道で会社に戻ることになりました。業務変更の指示だけしようと帰り道沿いあるにパートさんの家に寄ったのですが、運転席から降りた途端立てなくなりました。腰が抜けたのです。パートさん曰く顔は真っ白だったそうです。十分くらいで立てるようになったのですが、どこかフワフワした感覚でした。上司の判断は正しかったのです。その日は鳥が突っ込んできた不慮の事故ってことでおとがめもなく終わりました。一部の先輩からは本当は携帯でもいじってよそ見してたんだろうと茶化されましたが、警察から聞いた年に数回鳥が突っ込んで事故が起こってるってことと、その場合は避けるのではなく轢いてしまえという話をしたら納得しました。それからしばらくは高速を運転することが怖く、スピードも100キロ以内の超安全運転を心がけました。皆さんも運転中は鳥が突っ込んで来るかもと用心してください。
家に帰ってから誰かにこの経験を話したくなり、実家の両親や当時の彼女、友達数人に電話しました。高速道路でスピンするとスローモーションの世界を体験出来ること、高速道路では鳥が突っ込んで来ることもあるので余りスピードは出し過ぎないこと、もし鳥が突っ込んで来たら轢くのが正しい対処方法だということを臨場感溢れる巧みな話術で伝えました。みんな私の無事を祝ってくれ、鳥がきたら轢くと言ってくれました。
その二日後、事故のことを連絡した友人のNから電話がありました。普段あんまり向こうから電話してくることはないので、何かな?と思いながら通話ボタンを押すと
「鳥ってマジで突っ込んでくるんだな。いやぁ聞いといてよかった。パニくらんで済んだわ、ありがとう。でも、フロントガラス割れんって因幡言ってたけど蜘蛛の巣みたいにヒビ入ったで。上司に怒られたわ」
おいおいマジかよ?俺の助言タイムリー過ぎんか?と思ったのですが、冗談でもなくマジな話でした。バイパスを、上司を助手席に乗せて飛ばしていたNの車に鳥が突っ込んで来たそうです。上司は「避けぇ」と叫んだそうですが、Nは私の助言を信じて直進、結果哀れ鳥さんは天に召され、Nの運転する車のフロントガラスはオシャカで交換、上司からは危ない奴と思われることになったそうです。ちなみに私に説明してくれた警察官曰く、フロントガラスは頑丈で鳥は軽いから基本的にはダメージはないとのことでした。ならなんでフロントガラスはヒビだらけになったのか疑問ですが。
滅多に起きない鳥の突っ込みが原因の事故が、私が電話したNに二日後に起きるってそれどんなシンクロニシティって話ですが、これ、マジで実話です。皆さんも本当にお気をつけください。
鳥を轢くか轢かないかの判断は、あなた次第で…
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