自殺の名所

 これは私が大学の三回生の夏の話です。


 その日は友人のMとEの三人で居酒屋で飲んでいました。ギャンブルや下ネタといったいつものくだらない話で盛り上がっていたのですが、話題も尽きた頃、Eが昨日見たテレビの話をしました。心霊特番で芸能人が心霊スポットに行き、いかにもな演出でキャーキャー騒いでくだらなかったとこきおろしました。そんな風に思うなら見るのをやめろよと思ったのですが、空気を読んで、それならいっちょ俺らも肝試しでもしてみるかと提案すると、Mが、じゃあ自殺の名所東尋坊にするかと乗ってきました。アルコールで頭がとろけていたので深く考えずにその場の勢いで別の友人Sを運転手として召喚し、車で向かいました。

 

 現地に深夜二時頃到着しました。車中でも運転手のS以外飲み続けていたため、テンションは絶好調でした。東尋坊は景勝地としても有名で観光名所にもなっており、広い駐車場があるのですが、深夜ということもあり私たち以外には一台しか車はありませんでした。駐車場からは歩きで土産物屋が軒を連ねる坂道を上り、いざ、お目当ての断崖絶壁を見ようかとしたところで、強烈な尿意に襲われて、遊歩道にあるトイレに向かうことにしました。蛇足ですが、この遊歩道も観光名所として有名です。整備されていて散歩するにはうってつけだと思います。途中女性とすれ違い、変な時間に散歩するんだなと思ったのですが、尿意が限界に近かったので気にせずトイレを目指しました。用を足しすっきりしたところで断崖に向かっていると公衆電話がありました。携帯電話が普及して当時でもあまり見かけることは少なくなっていたのですが、親しい人に電話かけ、自殺を思いとどまらせるため設置してあり、電話かけるために何枚も十円玉が積んであると地元のMが得意気に説明してくれました。“いかにも”なモノに私たちのテンションは爆上げでした。写真を撮ろうということになり、折角だから誰かが電話をしているところの方が雰囲気があるということで、ジャンケンをしました。もし心霊写真が撮れてしまったら流石にまずいということで誰も電話する役をやりたがらなかったのです。厳しい戦いの末、被写体は私でした。はい、負けてしまったのです。渋々、電話BOXに入るとMの言うとおり、十円玉が積まれていました。これ、マジのやつや、ふざけたらあかんやつや、と思いましたがここまで来たらやってやれと受話器を耳に当て、撮影のポーズをとりました。友人三人はそんな私を笑いながら、携帯や今では懐かしい使い捨てカメラで撮影しました。携帯で撮った写真には幸いにも何も写っておらず、使い捨てカメラの方は後日のお楽しみということになりました。ふざけた三人は記念に十円玉を持って帰ろうと言ってきましたが、流石にそれは悪ふざけが過ぎると思いとどまらせました。

 撮影会も終了し、今度こそ飛び降りの断崖に向かいました。またここで人とすれ違います。懐中電灯を片手に歩く60才くらいの男性でした。こんばんはと挨拶してきたので私たちもこんばんはと挨拶を返しました。すかさずMが自殺防止のNPOの人じゃないかと教えてくれました。そこからは誰ともすれ違うことなく遊歩道を抜け岩場に着きました。東尋坊は世界的にも珍しい「輝石安山岩の柱状節理」という奇岩だそうですが、まあ要するにゴツゴツした岩の塊です。月明かりだけが頼りで、酒も入っており、おまけにサンダルだったため歩くのに苦労しました。海に転落するよりこけて怪我をする方が怖かったです。何とか断崖絶壁のところまでたどり着くと怖さもありましたが雄大な自然の力に圧倒されました。岩場に打ち寄せる波の音、月明かりに見える真っ暗な海。吸い込まれそうとよく言ったものだと感心しました。ここで雄大な自然に感動したで終われば、まだいい話なのですが、はいそこは酒の入ったバカな大学生、崖をどこまで降りれる大会のはじまりです。ゴツゴツした岩なのでかなり降りやすかっです。だいたいみんな二~三メートルは降りれた思います。大声を上げて馬鹿騒ぎしていました。そこに照らされるいきなりの光。なんだと思って見ると、先ほどの自殺防止のNPOのおじさん。騒ぎすぎた、怒られる、頭に浮かんだのはそんなことでした。しかしおじさんからの言葉は、

「四十代ぐらいの女の人見なかった?白いカーディガンを着てたんだけど?」

女の人?あぁトイレの前にすれ違った人か、とそのことを伝えるとおじさんは難しい顔をして、

「あの福井ナンバーの白い乗用車はお兄さんたちの車?」

と、重ねて質問してきました。そうだと答えるとますます難しい顔をします。あぁそうか、もう一回探してみるかと独り言をつぶやいたおじさんは、騒いで怪我をしないようにと言って去って行きました。 

 ???なんだ?あのおっさんは何を言ってんだと疑問に思っていると、「あっ!」と唯一酒の入っていないSが声を上げました。

「トイレですれ違った女の人、飛び降りてるかも。さっきおっさん車のこと聞いてきたろう。多分駐車場にあったもう一台の車はあのおっさんのだろ。じゃあ、あの女の人はどうやってきたん?ここ車じゃないときついだろ。タクシーできたんかもしれんけどわざわざこんな時間に来るか?そもそも、こんな時間に女が一人でこんな場所にいるってのがおかしい。おっさんも探してる感じだったし地元の人間ってこともなさそうだし。飛び降りにきたんじゃないかなやっぱ。」

Sは顔色を悪くしながら一気に言い切りました。とろけた頭で考えます。おばさんは散歩してただけ、もうタクシーを呼んで帰ってる、単純におっさんが探せてないだけ、Sの言葉を否定する考えがいくつも浮かんできますが、この場所、この時間、おっさんの表情とSの考えを肯定する要素もいくつもあります。血の気が引きました。MとEも顔色を悪くしていました。あくまでも可能性の話ですが、あのトイレの前ですれ違ったおばさんは、私たちが到着する前にここから飛び降りていたかもしれないのです。冷静になればここはそういう場所で幾度も、幾人もここで海に身を投げているのです。気持ちが悪くなりました。それからはみんな無言で帰りました。帰りの車中もあまり会話はありませんでした。


 後日、あの日飛び降りがあったか新聞やネットで調べて見たのですが見つけることはできませんでした。自殺者の増加を、自殺の記事を読んで引き寄せられる人を防ぐために情報は公開されていないそうです。

 あの日あの女性が飛び降りたのかはわかりません。しかしああいう場所には軽はずみ、遊び半分で行かない方が良いと思います。

 ちなみに、公衆電話で撮った写真には使い捨てカメラの方も何も変なモノは写っていませんでした。

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