第二節:Dear My Name and…

遠く山の端に日が近づく頃、私達は平原の真ん中で野営することになりました。

草原の所々には小さな花が可愛らしく覗き、遠くには薄くなった山々がみえる見晴らしのよい所でした。

私達は馬車を円のようにして簡素なバリケードにし、テントなどを馬車から下ろして順に貼っていきます。

テイル・メイツの人達は手馴れたもので次から次へとテントが並んでいき、あっという間にキャンプが完成してしまいました。

その間、マリーはファルさんやダンさんと狩りに出かけ、残った私はカルーとギルと一緒にノーブルリザードに襲われていた子の看病をしていました。


「ホムンクルスってな…、噂は聞いてたけどまさか本当にいるとは驚きだよ。

なかなか信じられねぇよな…」


ギルはそう言いながら後ろの馬車へと背を預けます。

私はチラリとまだ目を覚まさないホムンクルスの子を眺めます。

少し肌は青白いものの、綺麗な黒髪に端正な顔立ちで一見すると普通の少年で魔法によって作り出されたとは思えませんでした。

でもランゼルさんの話ではこの子に心臓はなく、代わりに魔法石か何かが埋め込まれ、血液の代わりに魔法液を介してオドが身体を巡っているのだそうです。

ただ他の部分は殆ど人間と同じらしく、怪我も自己修復魔法でなおさなかったり、ゴーレムとは別物だと言うのです。

でも詳しいことは何も分からないのでこの子が起きてから話を聞こうとのことでした。

しかし、この子を襲っていたノーブルリザードも野生ではなく訓練または洗脳でもされ、傭兵のように扱われていた可能性が高いみたいで、狩りに出かけたマリー達は周囲の捜索も兼ねていました。


ホムンクルスの子が目を覚ましたのは、マリー達が狩りから戻り、それから料理のいい香りが皆の鼻をくすぐり、その夕飯に手を付け始めた頃、その子はそっと目を覚ますとおもむろに身体を起こしボーと辺りを眺めました。

それに気付きギルが皆に知らせてくると言って立ち上がります。

私が「気分はどう?」と調子をたずねると、その子はまだおぼろげな視線で私を見つめて言いました。


「君は…?それに、ここはどこ…?」


「えっとな…ここはテイル・メイツのキャンプで、うちはカルー。でこっちのがアリス。

で、調子はどうなん?」


ホムンクルスの子はカルーの言葉をゆっくり飲み込むようにして聞くと、静かにお腹がぐうぅとだけ返事をします。

それを聞いたカルーはクスリと笑うと自分のスープを差し出していいます。


「お腹空いてるんでしょ?あげる」


カルーからその器を受け取ったその子はボーっとそのスープを眺め、首を傾げます。


「これは…?」


その言葉にカルーはキョトンとして答えます。


「スープよ?身体が温まるから飲みなよ。お腹空いてるんじゃないの?」


「わからない…、外に出たのは初めてだから…。これは空腹なのか…?」


その言葉に私とカルーがどうしたものかと目を合わせ困惑してると、テイル・メイツの皆がガヤガヤと集まってきました。


「ガッハッハッ!空腹かわかんねぇなら食っちまって満腹になってから考えりゃいいんだよ!

そんなもん些細な問題よぉ!

メシがありゃ食って、酒がありゃ飲んで、歌って踊って楽しくやりゃいいんだよ!」


「おぅともよ、兄弟!落ちてるモン拾って食ってあたりゃそれも一興つってな!さっきルークナのやつに拾ってきたキノコ食わせたら泡吹き出してな!

ちょっとカルーみてやってくれよ!」


肩を組んでそんな冗談をいってるファルさんとダンさんにカルーは「何やってるのよ、アホ!」とだけ言い残して泡を吹いて倒れてるというルークナさんを探しに駆けていきました。

その様子を呆然と眺めていたホムンクルスの子にダンさんがニヤリとしてからお酒を煽ります。


「プハァ…、ルークナはダメだったがホムンクルスならいけるかもしれねぇ、にいちゃん、このキノコ食ってみねぇか?」


そうやってダンさんが齧りかけのキノコを顔の前でチラつかせてホムンクルスの子を困らせていると、そのキノコは横から掠めとられダンさんの口にねじ込まれます。


「酔い醒ましにお前が食ってろ、クソ兄貴!」


エルジェードさんに無理矢理キノコを食べさせられたダンさんは慌ててキノコを吐き出します。


「テメ!何しやがる…、こんなもん食わせやがって…。

お?でも意外とこの痺れるような刺激、酒の肴にはいい、かもなぁ…」


そう言い残すとダンさんはバタリと倒れ込みました。

エルジェードさんはダンさんの脇から齧りかけのキノコを拾ってボヤキます。


「シビレダケ…、強力な麻酔薬の材料にもなるキノコじゃねぇか…。

ったく、アニキはどこでこんなんいつも採って来るんだか…

っと、まさかこれ食いたいわけじゃねよな?」


愚痴を零していたエルジェードさんは、その様子をじっと見つめてホムンクルスの子に笑いかけます。

ホムンクルスの子は首を振って答えます。


「うぅん、ただどうしたらいいかわからなくって…。

でもなんかよくわからないけど不思議な気持ちがするんだ…」


そう言いながらその子はエルジェードさんから目を外し、その視線の先ではドワーフのデルシンさんと鬼のダグラさんが豪快にお酒を飲み交わしていました。

馬車のバリケードの隙間からは涼しげ夜風が吹き草原を撫で、空には薄い雲の隙間にほとんどまん丸な月が浮かんでいました。

焚き火が小さく爆ぜる音が静かに響きます。

そんなキャンプの賑やかな様子を遠く眺めながらポツリと呟きました。


「…でも、あの試験管の中よりはここにいたい気がする…」


「あぁ、その気持ちは居心地がいいって言うんだ」


エルジェードは静かに笑って答えます。

それからホムンクルスの子は丁度ルークナさんの治療を終えて戻ってきたカルーの方をみて言います。


「それと…このスープを貰った時も不思議な気持ちがした…。

温かいようなそんな気持ち…、これが感謝ってやつなのか?

うん…、ありがとう…」


「ハハハ、それが感謝とか安心ってやつだ。

だが、簡単にはカルーはやらんぞ!」


エルジェードさんが頬を少し赤くさせたカルーを隣に座らせながら笑って応じます。

カルーも小さく「どういたしてまして」と照れくさそうに呟いていました。

そんな様子にファルさんが茶々を入れながら割り込んできます。


「おぅおぅ、甘酸っぺぇな!

ところでよぉ、ボウズ!

今更だが、お前の名前を聞いてなかった、教えてくれや!」


「名前…、ぼくに名前は…」


ホムンクルスの子は視線を落とし口篭ります。

その視線をおった先にある腕には文字が刻まれていました。

皆その文字の意味する所を察知します…。

それは…


「エリオン…?」


そう呟くカルーの声が聞こえ、場は波打ったような静けさに包まれました。

意表を突かれた皆がカルーの方を向き、カルーが慌てます。


「え?え?みんなどしたの?

うち、なんか変なこと言うた!??」


その言葉に皆がワッと笑い出します。

困惑するカルーの隣でエルジェードさんが笑いながらカルーに教えます。


「あれ、Elionじゃなくて、U0113だろうなぁ、ハハハ…」


ホムンクルスの子の腕には多分、その子の識別番号か何かの数字が並んでいました。

でも、その数字の一部は傷によって欠けていて反対から覗いたカルーにはE l i 0 Пと見えたのです。

その事に気付いたカルーは顔を真っ赤にして俯きます。

ホムンクルスの子は自分の腕を暫く眺めた後、カルーの方を見てニッコリと笑みを作り言いました。



「エリオン…

うん、僕の名前はエリオン。

それでいい…

それがいい。」


エリオンはその言葉を大事そうにそっと胸の中にしまいました。

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