第一節:椅子に揺られ、馬車に揺られて

静かな夜に燻った火が息を潜めて踊り、安楽椅子がゆったりと揺れる床が控えめなワルツを添える。

幼い我が子を寝かせつけたアリスはそこで縫い物をしていた。

ささやかな加護が小さな服に描かれていく


「エリナは今日もすぐに寝ちゃったな…。

私の旅はまだまだ始まったとこだったのに…」


アリスは一人そっと微笑む。

お母さんに見送られエールの村を出て、すぐにマリーに会って、スクイーズに着くとギルドのクエストボードでギルとカルーに出会って、一緒に山にスノーラビット捕まえにいって、そしたらマリーがスノーウィーボアを仕留めてて、夜は宴になって、テイル・メイツの舞台をみて、それから…


それはもう遠い昔のこと、アリスは思い出の世界へと浸っていく…。

思い出すのは遠い日の記憶…


宴の次の日のこと…



その日は雲一つない綺麗な青空でとても清々しい気分でした。

私はマリー達と屋根のない馬車を選び、広い草原をテイル・メイツの一団が進みます。

そして空には一羽の鳥が優雅に舞っていました。

私は目を細め鳥をよく見ようと目を凝らします。


「あー!だから、違う、違う!全然違うって!

それじゃただよく見ようとしてるだけなんだって!

見ることを意識するんじゃなくて、こう…グワッと睨む感じなんだよっ!」


私は鳥から意識を外して、少し疲れた目を擦ります。


「よく違いが分からないわ…。」


「そうは言ってもなぁ…、こればっかりは感覚みたいなとこがあるし…」


ギルが頭を掻いて顔をしかめます。

私達は移動の時間を利用して魔法の練習をしていました。

そして今はギルから"遠見"の魔法を教わっているところでしたが、感覚が全然掴めずに苦戦していました。

指導役のギルも誰かに魔法を教えたことがなく四苦八苦していました。

そんな状況にギルがボヤきます。


「もういっそのこと目にオドを集めるとかでもいいのかぁ…?」


「こんな感じ?」


「「ぶはっ!!?」」


振り向くと、マリーが目からメラメラと燃えるようなオドを溢れさせて遊んでいました。

私もギルも思わず吹き出してしまいます。

私達の様子にニヤリとしたマリーはまだ悪ふざけを続けました。


「目からビーム!」


草原の一角へとビームを放つマリーに私達はゲラゲラと笑い転げてしまいました。

それからもマリーは口に鼻に色々なところからオドを吹き出しおどけます。


「オゥオゥ!面白そーなことしてんな、オマエラ!」


「オヤジ!?」


私達が笑い転げているとファルさんが私達の馬車へと跳び乗ってきました。


「オレは耳からだせるぜ?」


ファルさんは頭の耳を指差しながらそんな冗談をいい、目を瞑り集中します。

私達はゴクリと固唾をのんで見守りますが、ファルさんの耳からオドは出てこずにファルさんの表情は段々と険しいものになり、額からは汗が流れます。

そして…


ボンッ!!


耳からではなく頭からオドが火山が噴火するように溢れました。

さっきから笑い転げてばかりで私達はお腹が痛くて大変でした。

ファルさんは満足そうにニヤリとすると少しだけ真面目な顔に戻ってアドバイスてくれました。


「ま!オドもマナも重要なのはイメージってこった!

"遠見"は"見る魔法"じゃない。

"眼を良くする魔法"だ!

感覚としては目を光らせるイメージだな」


そういうファルさんの目はギラギラと輝き、見つめられると全てを見通されているような感覚に囚われました。

私はファルさんの言葉にハッとします。

確かに私は鳥をしっかり見ようと鳥に意識を向けてしまっていたのです。

ファルさんのいいたかったことは意識を向けるべきは"眼"だってことでしょう。

私は目を瞑り頭の中にイメージを描きます。

ファルさんのように全てを見通すような眼…。

ボゥっと私の瞳に淡い魔法の光が灯ります。

そして私は眼を開けると空を舞う鳥を睨み付けます。

クリアになった視界の中ですぐに鳥にピントがあい、空を薙ぐ翼の羽根の一つ一つまで鮮明に浮かび上がりました。

しかしそれも束の間、すぐに鮮明な視界はふわっとボヤけていつも通りの景色に戻っていました。

ドッと疲れが押し寄せた私は一息つき、荷馬車の端に背を預けます。


「ふぅ、なんとか出来た…、でもすっごい疲れたわ…」


「もう出来たのっ!?

ほんとにアリスは飲み込みが早いね…!

まだ午前中よ?

せめて今日一杯はかかると思ったのに…」


「そうやね…、ギルなんか…」


「おい!カルー余計なことは言わなくていいんだよっ!!」


「ガッハッハッ!そりゃ、こんな魔法に5日もかかったなんて知られたくはないわな!」


「オヤジィ!!」


そんな秘密をギルの些細な秘密をあっさりと暴露したファルさんにギルが抗議をしていると…


アォーーン!!


突如聞こえた遠吠えに冗談を言い合っていた雰囲気はすぐピリッとしたものになります。

前の方から聞こえた狼の遠吠えはテイル・メイツが使う緊急の連絡手段でした。

最初の一吠えに続くようにあちこちから遠吠えがあがります。

まだ遠吠えの意味を知らなかった私にカルーがそっと耳打ちしてくれました。


「前の平原にノーブルリザードの群れが現れたんだって…。

でもなんか様子がおかしいみたいなの…」


「あぁ、そもそもノーブルリザードが群れるなんて聞いたことないしな…」


私達がそんなことをヒソヒソと話していると、何かに気づいたマリーがファルさんに声をかけながら荷台から跳び降りました。


「ファル!!人が襲われてるわ!皆に知らせて!」


「なに!?任せとけ!」


ファルさんは大きく一吠えするとマリーに続いて前の方へ走っていきました。

走っていく、というよりも跳んでいくように凄まじい速さで消えていく二人を私が呆然と眺めていると、こちらに二人の人がやって来ました。

筋骨隆々で茶褐色の体、額からは二本の小さな角が覗く鬼、ルークナさんと真っ白なフードを目深に被ったスラリとした女性、シーニャさんです。

二人は私達の馬車の後ろから荷台にあがってきました。


「よぉ!君がアリスちゃんだな?俺たちは君たちの護衛さ!

まあ実のところはまだ俺たちも安全なとこで待機ってだけだけどな!ワハハ!」


「でも心配いらないと思うよ!私なんて父さんが『ノーブルと着く位ならばさぞかし高潔な血なのだろうな!!』って飛び出すものだからそっちのが心配よ…」


シーニャさんが襲いかかるようなポーズをとってランゼルさんの真似をし、冗談をいいます。

シーニャさんは雪女とヴァンパイアのハーフで、お父さんのランゼルさんは狼男の血も混じったヴァンパイアでやたらと好戦的な人でした。

いつも血を吸うこと夢中になり過ぎて周りが手を妬いていました。


「あー、それとアリスちゃんにお願いがあるんだけどさ、氷の魔法使えるんだよね。

欠片でいいから氷くれない?

もう暑くって、暑くって…」


「あの…氷は出せますけどそんなに涼しくはならないと思いますよ…?」


私がおずおずとそんなことを尋ねるとシーニャがイヤイヤと手を振ります。

フードの奥で笑う口元からは小さな牙が覗きます。


「あ、違うの、違うの!

ちっちゃな氷でいいの。

私雪女でしょ?

私の魔法だと氷とか生み出せないけど、その代わりにその性質を強めることができるの!

雪とか降ったり寒い日には簡単に吹雪とか起こせるんだけど、暑い日には何も出来なくなっちゃうのよね…。

今日なんて溶けちゃいそう…」


そう言いながらシーニャさんはフードを目深に被っていることもあってとても暑そうにしていました。

私が魔法を使って氷の欠片を作るとシーニャさんは「ありがとー」と嬉しそうに受け取ると…

私達の馬車の辺りが真冬へとなりました。


「ぶぇっくし!!おい、シーニャ!やりすぎだ!」


「えー、気持ちいいのに…」


ルークナさんに注意されたシーニャさんは不貞腐れながらその極寒を自分の周りへと縮めました。

でもその温度は寧ろ下がったようでシーニャさんの周りには霜が降りていました。

シーニャさんは少しだけフードをずらすと苦笑しながら言いました。


「まあ、こんな冷やしても直射日光だけはダメなんだけどね~

吸血鬼と雪女のハーフってどれだけ日に弱くしたら気がすむのよって感じ…

ってギル~、今笑ったなー?」


思わずプッと吹き出してしまったギルにシーニャさんが冷たい空気を吹きかけます。


「ちょ…シーニャさん、寒いです…!!

って笑って欲しくて冗談言ったんじゃないんですかぁー!!?」


ガクガクと身を震わせながら抗議するギルにシーニャさんが無慈悲な宣告をします。


「いやー、アリスちゃんには笑って欲しかったけど、あんたに笑われるとなんかムカついたわ…!」


ギルに追い討ちをかけて遊ぶシーニャさんにルークナさんがそっと漏らします。


「お前最近そうゆうとこランゼルさんに似てきたな…」


「誰に似てきたと…?

だが我が娘が似てくるのは良きことか…!」


突然聞こえたその声に振り向くと馬車の脇に漆黒のコートに包まれたランゼルさんがいつの間にか立っていました。

ランゼルさんフードを目深に被り、その奥から紅の眼がゆらめきます。

肩には服が破け、傷だらけになった少年を抱えていました。


「カルー、こやつの治療を頼むぞ…」


カルーがコクリと頷くと、ランゼルさんはルークナさんに肩の少年を渡し、少年はゆっくりと荷台に寝かされます。

その脇にカルーが座りは両手を広げて治療魔法を展開させました。

その様子を見守りながらシーニャさんがランゼルさんに尋ねます。


「父さんが早々に戦線を離れるって珍しいね…?

ノーブルリザードの血は不味かった?

それともこの子の血が目当てだったり??」


最後はイタズラっぽく笑っていたシーニャさんにランゼルさんは首を振って答えます。


「流石にこう日が照っていては思うように戦えぬ故な…。

しかしノーブルリザードの血は愉しませて貰った。

なかなかの美味であったぞ」


ランゼルさんは真っ赤に染まった牙を覗かせてニヤリとします。


「…して、娘よ。

私もワインは嗜むがオイルは勘弁故な、その少年には手を出しておらぬぞ?」


私達がその言葉に首を傾げていると、ランゼルさんが険しい顔をして告げます。



「その少年…『錬成生命体(ホムンクルス)』であるぞ…!」

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