第三節:小鳥と湖とお伽噺
のどかな昼下がり、私達は透き通るような水面に釣り糸を垂らしていました。
小鳥のさえずりに合わせるようにして、私の釣り糸がくいくいっと揺られ、湖面に小さな波紋がばちゃばちゃっと踊ります。
「わわっ!かかった!」
「落ち着け!魚と反対側に引っ張るんだ!」
「網は用意してあるで!」
「おねーちゃん、がんばえ!がんばえ!」
皆が口々に指示や声援を送る中、マリーの指示がとびます。
「私が硬化の魔法かけてるから糸は切れないわ!
思いっきり引っ張りなさい、アリス!」
そんなご無体な…
私が力任せに引っ張り上げると辺りに水飛沫を散らしながらバシャッっと魚が水面から飛び出します。
そこにすかさずカルーがタモ網を差し出し、ぽすりとその中に魚は吸い込まれていきました。
何はともあれ、私初めての魚ゲットです。
カルーが桟橋に引き上げた魚にちびっ子トリオのデンク、ルーラ、シルクが駆け寄って覗き込みます。
この3人はもう釣りには飽きてきたようで既に桟橋の上で遊び始めていました。
エリオンも興味があったようで一緒にバケツに移した魚を観察し、ちびっ子トリオに怪しげな知識な教えられていました。
周囲の木立が身を震わし、吹き抜ける風にのって、さざ波と一緒に小鳥が飛んでいきます。
ほんの少しの肌寒さを温かな陽射しが和らげてくれるそんな昼下がり。
私達がスクイーズの街を発ってから2日目、今日はそこまで移動をせず、お昼を少し過ぎた頃、木立の中にある湖の傍らで遅めの昼食をとり、直ぐにキャンプの準備を始めました。
私達はルシウスさんに釣竿を作って貰い、ちびっ子達のお守りをしつつ、夕飯の魚を調達してくることになりました。
ギルは釣りが上手で魚をどんどん釣っていき、もう4匹も、カルーはちびっ子達の面倒をみつつ、シルクとデンクと一緒に1匹ずつの2匹、エリオンは初めての釣りに苦戦し、私と同じで今は1匹だけ、マリーはのんびりとしていて0匹ですが、マリーのことです、また魔法で捕まえているのでしょう。
昨日の夜、ランゼルさんに聞いたのですが、マリーは『風読み』という周囲の状況をマナの様子を読み取るこで把握する魔法を、しかも『遠見』の魔法のさらに上位魔法『千里眼』にも匹敵する広範囲に展開できるのだとか…。
流石の『花の魔術師』さんというわけです。
私がそんなことを考えながらぼーっと見つめていると、マリーがこちらに気付いて笑いかけてきます。
「どうかした、アリス?」
「え?ううん、なんでもない。ただ『風読み』の魔法をまた使ってるのかなーって…」
「あー、これ?アリスも興味ある?でも、残念。この魔法は中々難しいのよね…」
マリーはため息をつきながら首を振ります。
でもギルや子供達も興味津々なことに気付いたマリーは苦笑して言いました。
「ま、釣りをしながら練習でもしていつかはってとこね…。
『風読み』のコツは、自分のオドをマナに溶け込ませる感じ…、ってよりか自然にあるマナを自分のものにしちゃう感じの魔法なの。
だからね、実は応用も効かせやすい魔法なの
例えば、こうね…」
空を見上げたマリーを追うようにして上を向くと沢山のピンクの小さな花びらが宙を舞っていました。
私達はマリーの創り出した異国の景色に感嘆の息を漏らします。
「これ、『桜』って言うの。東方の国では春の有名な風物詩なんだって」
マリーはその舞い散る"サクラ"の中、柔らかく微笑みます。
マリーの魔法はいつも優しく穏やかなものでした。
そんなマリーの魔法を想像しながら私はゆっくりと目を閉じます…
(マリーは自然に溶け込むようにっていってたわ…)
頭の中にマリーの作り出したピンクの小さな花びらを思い浮かべます。
周りには先程の美しい花びらとともに僅かにマリーの温かなオドが溢れているような気がしました。
バシャッ!
どこか"遠く"で水に誰かが飛び込む音がしました。
「デンクー!なにやってんの、もー!」
「だって、花びらが気持ち良さそうに浮かんでんだもんさ!」
ずっとずっと"遠く"でのカルーとデンクのそんな会話が耳を撫でていきます。
そんなことを感じながら、私の意識は周りから離れどんどん深い所へと落ちて行きました。
まるでこの湖の水面のように澄み渡り、そしてゆったりと流れにそうように穏やかに揺られ、溶けていきます…
しかしその意識を何かが断ち切りました。
「あれっ!?えっと、魚…!!?」
「えっ?!!」
バシャッ!!
「うわっ…!」
水面から勢いよく魚が飛び出し、湖に浮かんでいたデンクの顔を打ちました。
その魚がデンクの顔で跳ね高く飛び上がった所にルーラの目が光ります。
「おれも、魚ゲットだぁぁあ!!」
「うわぁぁ!」
バッシャッーーン!!
魚を目掛けてルーラがデンクの上へとダイブをかまし、激しい水飛沫が飛び散ります。
そして騒がしく揺れる水面から二つの頭がガバッと現れ、大きく首を振り水滴を散らします。
満足そうに捕まえた魚を掲げるルーラとそれに文句を言うデンクです。
その2人をギルとエリオンが桟橋へ引き上げると、2人はすぐに文句だったり冗談をいいながら岸の方へとびしょ濡れのまま追いかけっこを初めました。
その2人のあとをシルクが仲間外れにされまいと追いかけていきます。
その微笑ましい様子を見送っていると、マリーがおそるおそるといった感じで口を開きました。
「ね、ねえアリス??あなた魚が跳ねる前に気付いてなかった…??」
私は自分でもその時のことはよく分からなかったけれど、コクリと頷いてマリーに返します。
私が感じたのは穏やかに溶けていったような、私の意識に何かが割り込むような、そんな感覚でした。
その何かは無理矢理というよりも周囲の流れに沿うようにしてスっと現れ、何かを掴むとその流れを上に向け、浮上をしだしたのでした。
そして何かに掴まれたものが生き物、魚だと気付いたら水面へと飛び出していたのです。
「もしかして、マリーがあの魚を…?」
それを聞いたマリーは更に驚いた顔をすると、すぐに顔を綻ばせながら1つ溜息をつきました。
「そ、あの魚は私が『風読み』で捉えて、飛び跳ねさせたよ…。
でもね、最後に誰かのオドが割り込んできたっていうか、混ざり込んできたんだよね…
まさかいきなり『風読み』が出来ちゃうなんて信じられない、アリス…!」
私の背後をサッと通り抜けた風に、残った花びらが舞ったような気がしました。
淡い何かをすくいとるようなそんな微かな感触。
それが私の心の奥をほんのり温めました。
それから私達は釣った魚を夕飯の準備に取り掛かり始めていたソフィさんに届けると、小さな赤い花が可愛らしく咲く岸辺で、再び風読みの練習を始めました。
しかし、やっぱりそう簡単にいく魔法ではなかったようで先程のようには上手くいきませんでした。
上手くいかないのは私だけじゃなく、みんな同じで苦戦をしていました。
私達の中で一番上達したのはエリオンでマナの流れを微かに感じれ始めていて、マリーが褒めるとこそばゆそうに顔を綻ばせていました。
そんなこんなしているとご飯まで手持ち無沙汰になった旅団の皆がいつの間にか集まって、見学しにきました。
「おぅおぅ、ソフィに聞いたぜ!アリスちゃんがいきなり『風読み』やってのけたんだってな!?将来有望じゃねーか!」
狩りから帰ったファルさんが道具整備を終えたルシウスさんとやって来ました。
「それがな、今エリオンの奴が中々の伸び代でおもしれーんだよ!」
「ちょっと、うるさいって…!こんなガヤガヤしてたら集中が出来ないじゃない!」
ファルさんを手招きしながら自分の隣を空けたダンさんに、マリーが頬を膨らませて怒りました。
私達はその様子を苦笑しながら見やります。
確かに先程から賑やかになりすぎて、余り集中できていなかったのです。
でも周りがうるさくなってしまっただけではなく、風読みはオドを放出し続ける魔法ですから私達が疲れてきてしまったというのもありました。
勿論マリーもその事に気付いていて今日の練習はこの辺で終わりかという感じでした。
私達は疲れた身体を伸ばし、柔らかな地面へと仰向けに倒れ込みます。
それでもご飯にはまだ時間がありましたから何をしようかとぼーと考えていると、ファルさんが何気ないことのように話始めました。
「まあ、こんなとこでいきなり『風読み』覚えちまって、ノーヘッド見つけちまうよりは良かったんじゃねえか?ガッハッハッ!!」
「いやー、それなら大丈夫だろ!覚えたての『風読み』じゃ手の届く範囲が精々だ!第一、俺たちでもそれくらいにしか展開できないしな!そんな側にノーヘッドがいたら手遅れだって」
そんなことを笑いながら言うダンさんに私が小首を傾げていると、隣でギルがゴクリと喉を鳴らす音が聞こえました。
「あれ、ギル。ビビってるん?」
カルーがギルの様子に気付いてからかいます。
それにギルが慌てて抗議しました。
「ち、違ぇよ!あんなお伽噺、信じちゃいねよ!まあ、ただ…その…なんだ…?」
どんどんと尻すぼみになってしまうギルにマリーが追い討ちをかけます。
こうゆう時のマリーは本当に楽しそうです。
「大丈夫よ、ギル。あなたは"美しいもの"じゃないもの…!」
「ちょ、うるせえな!」
そうやって皆が楽しそうに笑う中、私にはちょっと分からないことがありました。
"ノーヘッド"、つまり"首無し"
それが何か関係あるのでしょうか?
私はマリーの袖をクイクイッと引っ張りこっそり聞いてみました。
そしてこうゆう時のファルさんは凄く耳がいいのです。
いつもの楽しそうな調子でファルさんが言いました。
「なんだぁ?アリスちゃんはノーヘッドの伝説を知らねぇのかい?」
そして旅団のメンバーの中で素早く目配せが走り抜けるのを感じました。
「いいか、アリスちゃん。ここでは昔ちょっとしたことがあってだな…。この湖のことを『ノーヘッド・レイク』、つまり『首無しの湖』って言うんだがな…!少しおっかねぇがその由来となった話…、聞いてみる覚悟はあるか…?」
私は思わず生唾を呑んで身構えます。
そしてダンさんは少し不気味な様子で語り始めました。
「それは昔々の事…」
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