第八節:小さな祝福
ファルさん達、"テイル・メイツ"の舞台が終わり、広場では片付けをする人達が宴会の余韻を彩っていました。
広場の愉しげな灯りは皆が持ち帰り、家々に灯したようでした。
私は2階のテラスに上がり、一人その様子を眺めていました。
そして今日の舞台でのことを思いだしていました。
舞台を観るなんて私には初めての経験で舞台の世界に呑み込まれ本当に世界が崩嵐に呑まれて終わってしまうのではないかとヒヤヒヤとしてしまいました。
でも今私が考えていたのはそのことではありませんでした。
シューレン・ニク・マーヴェルとファーブニル…。
この二人はこの後を共に過ごしたとされていますが、でもシューレンの冒険譚ではいつも二人、シューレンとその兄、テレスティア・マク・マーヴェルの二人だけ…。
時にはシューレン一人だけの時もありましたけれど、龍と共に旅をしただなんてお話は聞いたことがありませんでした。
私はお母さんに貰ったシューレンの手記を取り出して眺めていました。
やはり手記は開くことなくそのページを固く閉ざしていました。
「あら、可愛らしいウォーカーの娘…、ここにいたの。
アリスだったかしら?」
私は突然かけられた声に驚き振り返りました。
そこには一人の狐の獣人の女性が私に笑顔を向けて立っていました。
「自己紹介がまだだったわよねぇ、私はシルよ。どうぞよろしく」
「あっ!こちらこそよろしくお願いしますっ!わ、私アリスって言いますっ!」
その女性、シルさんはとても優雅にそして丁寧にお辞儀するものですから私は慌ててしまいました。
確かシルさんは舞台が始まる前にテイル・メイツの団長さんと並んでテラスにいた人でした。
「考え事のお邪魔でもしちゃったかしら?」
「い、いえそんなことないですっ!ただちょっと不思議だなって…。
シューレン・ニク・マーヴェルの冒険譚では、この後の話も沢山あるのにファーブニルが登場する物語ってありませんから…。
それに私達ウォーカーの家系はシューレンの子孫だって云われてますけれど、シューレン・ニク・マーヴェルの冒険譚では一度もウォーカーだなんて名前は出てこないですし…」
「そうね、なかなか不思議なものね…」
シルさんは私の隣へと歩みより、星空を見上げました。
私もシルさんの真似をして星空を眺めます。
「真実の、その全てを知るのは少し難しいかもしれないわね…、もう随分と昔のことだもの…。
でもアリスちゃんにいい事教えてあげる。
私達テイル・メイツはテレスティア・マク・マーヴェルが創ったのよ?」
私は驚いてシルさんの方を振り返ります。
シルさんは相変わらずこちらに優しく微笑んでいました。
「だから、団長に話でも聞きにいくと面白い話知ってるかもね」
シルさんは笑みを少し悪戯っぽくするとクスクスと笑い、ふわりと後ろを向くとギルドの方へと戻って行きました。
そして扉の手前でこちらをもう一度振り返って言いました。
「でも団長のとこ行く前に下の酒場に行くといいわよ?マリーやカルー、ギルが面白そうな話をしてたわ」
私はコクリと首を縦に振ります。
シルさんはとても美しくて私はなんだか狐につままれたような不思議な気分へとなってしまいました。
でも、テイル・メイツがテレスティア・マク・マーヴェルが創っただなんて驚きでした。
早く団長さんに会ってお話を聞いてみたかったけれど、まずは下の酒場が先です。
マリー達がしている面白い話ってなんなのでしょう?
私は手記をしっかり抱えて下へと降りて行きました。
下の酒場に着くとマリー達はすぐに見つかりました。
マリー達はお菓子が盛られたお皿をつつきながら話しあっていました。
私が近づいて行くとマリーが私に気付いて声をかけてました。
「あっ、来たわね、アリス!こっちこっち!」
「おせーぞ!お前いないうちに全部決まっちまうぞ?」
「バカね、ギル!呼んでもなかったんやから遅刻も何もないでしょ」
私がマリーに急かされるようにして席に着き、輪の中へと交じりました。
「ねぇ、アリス!この後の旅のことなんだけどさ!グルーナへ行かない?とても大きな街で賑やかなとこよ!
テイル・メイツが今度はそこで公演するから一緒について行こうと思うの!」
「え?テイル・メイツと一緒に旅を!?それは面白そうだわ!でも勝手についていってお邪魔じゃないかしら?」
「いいの、いいの!うちらも賑やかな方が楽しいし、団長もきっと許してくれるわ!」
「でも、この街でゆっくりは出来なくなっちゃうけどね!出発は明日よ!」
マリーの提案はなんとも突飛でワクワクとするものでした。
きっとシルさんが言っていた面白い話ってのはこれのことでしょう。
出発は明日の早朝なのでその日は早く寝ないと行けなかったのですけれど、マリーとカルーちゃんとギル君と一緒にとても夜更かしをしてしまいました。
そして私達は夜空に輝く星の祝福を受けて眠ったのでした…。」
アリスはそこまで語り終えるといつの間にかスヤスヤと寝息をたてる我が子へとそっと布団をかけ直し、起こしてしまわないように静かに部屋を後にしました。
そしていつものようにドアを占める前に言うのでした。
「あなたにも星の祝福がありますように…。おやすみなさい」
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