舞台:『崩嵐の祈り』 後半

空が白み始める頃、しかし太陽の昇るべき東の空は更に暗さを増していました。


「あれが『崩嵐』ですか!なんという禍々しさか…!

あれに呑まれたものはどうなるのでしょうか?」


「あれは高濃度のマナ、神の魔力の渦…。

呑まれたりしたら髪の毛ほどの形を保つことも出来ないでしょう…。」

「既に東の村は凄惨なものでした…。急ぎ鎮ましょう!」


「そうですね、これ以上被害が広がる前に!…ですが……」


タクトは既に頂きが欠けた黒い東の山脈を眺め躊躇する…


「あれを…あれを鎮めることなんて!…できるのでしょうか?

私の剣ならばあの魔力の渦を打ち払い、あるいは『ファーブニル』へと一太刀浴びせることも出来ましょうか!

でも…それも刹那のこと…。すぐに嵐の渦は勢いを取り戻し、再び世界を喰らい尽くすでしょう…」


「ご安心を!

『ファーブニル』へと至る道さえ開ければ私達が彼の神龍の怒りを鎮めましょう!

私の言葉は無限へと広がる『可能性』!

それこそが私の魔法です」

「そしてその無限の可能性を私の揺がぬ『意思』で掴みとりましょう!

さぁ!もう『崩嵐』はすぐそこです!

私達だけではこの思いの言葉を届けられません!

タクト殿どうかお力をお貸しください!」


その間にも崩嵐はどんどん迫り、3人を呑み込もうかと牙を向く中、タクトは一歩前へと進みでました。


「承知しました。

ならば!ここは私にお任せ下さい!

私はここで全力を振り絞りお二人の道を切り開くのみです!

さぁ、導きよ!闇を払え!!

王の剣よ!!道を切り拓け!!!」


タクトの振るった剣から放たれた光は暗い崩嵐の渦を打ち払い一筋の道が現れました。


「では、私達をこの言葉を!」

「思いを!届けて参ります。では…」


シューレンとテレスティアの二人はそう言い残し、光の道の中へと歩みを進めていきました。




光の中を幾許か歩いていると、じきに嵐の渦は勢いを取り戻し始め、二人を取り囲む。

そしてその中心からは巨大な龍が姿を現す。


「旅人がなんの用だ…」


静かな、だが押し潰されてしまいそうな声で龍はシューレンとテレスティアに問いかける。


「旅人なのですからどこにでも現れるでしょう!」

「しかし此度の旅はその声に導かれて参りました」


「吾が声に導かれてと申すか、面白き者達だことよ!

だがその実…、この嵐に呑まれ、救いを求めに来たのではないのか?」


シューレンの答えに龍は二人へ顔を近づけ品定めするように眺めた。


「えぇ確かに私達は救いのためにここを訪れたのでしょう。人が怯え、震えているのは心苦しいものです!」

「ですが救いを求めているのは私達だけではないでしょう!

貴方は何を求め、この世界を呑み込むのでしょうか!」


「フン!そんなもの吾の気まぐれよ!!

今更醜く救いを求めたりなどせぬわ!」


龍と同調するように辺りの嵐の渦は苛烈さを増していく。

気圧されるような凄まじい魔力を放つ龍に、しかしシューレンは引くことなく鋭い視線で龍に向き合い言葉を紡ぐ。


「何も醜くなどありません!

寧ろ!気まぐれで民に牙を剥き、怯えさせる今の方が醜いのではないでしょうか!」

「貴方の牙は悪を裁き、民を導く"冠"を称した高潔なもののはず!」


「なんと、よもや吾のことをまだ"冠"と称する者がいようとはな!

だが既に吾に従う民などおらぬ…!

今更それがなんだと云うのだ!

民のおらぬ王など有り得ぬ!

そんなもの吾のしったことか!」


「いいえ、貴方に従う民は去ってはいません!

まだ東の地に住まうものはいます!」

「そして暴君であれば民を従えず、虐げる王もいましょう!

だか民を従わせれぬ王を王と呼ばないのは貴方が賢王が故にでしょう!」


「クハハハハ!

それで吾が賢王であってそう振舞えと申すのか!?

そんな口車に乗るほどの吾は愚者ではないぞ?」


「それでは貴方が求めているものが求まりますまい!」

「貴方は孤独のうちにあって救いを求めたのではないでしょうか!?」


「フフフ、クッ!カハハハハ!!

この!この吾が!孤独に怯え!もがき苦しみ!暴れ!世界を崩すと!

そんな下等なものに思えたのか!

片腹痛いわ!」


「いいえ、貴方はただ孤独に怯えたのではないでしょう。

貴方は"人を愛することが出来ない孤独"に苦しんだのでしょう」


大袈裟に嗤いシューレンを嘲るようにしていた龍はその言葉で嗤うのをやめる。

荒々しさを増していた嵐は今度は静かに、しかし鋭さを増し、龍は全てを貫くかのような視線でシューレンを睨みつけた。

シューレンはその視線を真っ向から受け止め言葉を続ける。


「貴方は『冠位の魔術師』達と別れ東方の世界を収めた。

それでも民がいるのなら孤独ではなかった。

東方の民は貴方をずっと畏怖し恐れていた。

それでも貴方は民を愛していた。

でも貴方の『龍』の祝福はいつの間にか"力"から"畏れ"へと変化してしまった…。

そして貴方の祝福を受けた者は忌み嫌われるようになってしまった…。

貴方は民に慕われなくとも民が平穏であるならそれで良かった…。

見守るだけでよかった…。

孤独でも良かった…。

でも見守ることすら許されなくなってしまった。

だからこの嵐は貴方の行き場のない愛…。

どうしようもなくなってしまった大切な思い…」


いつしか龍の瞳からは一筋の線が伝っていた。

しかしその眼は未だ厳しい視線でシューレンを睨み付けていた。

龍は荒々しい声で問う。

しかしそれは激しい怒りのそれではなく、どうしようもなくもがく者のそれであった。


「ならば!ならばどうしろと言うのだ!

また!人を愛し迫害させれば良いというのか!

この憎悪にも似た愛はもう吾にはどうしようもない!

どうしようもないのだっ…!

これを貴様等にどうにかできると言うのか!」


「私がずっと貴方といましょう。

貴方の愛を私が受け止めましょう。

これで貴方は一人ではない」


その言葉に龍は沈黙する。

そして歯を噛み締めるようにした口から漏れた言葉は、龍の威厳など失い拒まれることを怯える子供のもののようであった。


「だが…それではそなたが…、それでも受け止めると言うのか…?」


「えぇ、貴方への畏怖が尊敬へと変わるその日まで」


「そなたはそのような未来が、可能性があると言うのか…。

それは楽しみなものよ…」




『ファーブニル』は静かに涙を流し、『崩嵐』はいつの間にかしずまっていたと云います。

その後、シューレンと共に旅をした『ファーブニル』のどんな苦境にも負けない物語は『星』の祝福へとなりました。

それは孤独な者へと与えられ、苦境を乗り越える力となり、いつしか何者にも負けぬ輝きを放つ星となる"可能性"の祝福…。

それは世界を創り東方を収める龍とそれを救った少女の祝福。


今、貴方が苦境にあるのならどうかこの祝福があらんことを…。



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