第七節:おれにゃあ聞くなっ!
春先のまだ早い日が山の端に隠れようかという頃、ギルド内の酒場、とあとは、厨房や近くの食材屋は多くの人でごった返し、急ピッチでの宴会の準備が進められていた。
こんな慌てての準備になってしまうのも当然のことでしょう。
だって報せはとても急なものなのでしたから…
『"山の主"スノーウィーボアの討伐』
そう、マリーが仕留めた大きなイノシシのことです。
スノーウィーボア自体はそれ程好戦的な性格ではないのですけれど、この"山の主"クラスの大きさにもなると周りの生態系への影響や農作物への被害も甚大で、警戒心も強く一度暴れだしたら手が付けられなく、普通はギルドへ依頼を出し討伐隊を組むような相手…
それ故、"山の主"を冠する強敵…のはずが、マリーの気まぐれ、しかも「自分で食べたいから」という理由でギルドの依頼も介さず、"フリーハント"の形式で仕留めたものですからこの騒ぎというわけです。
そしてその騒がしい酒場の一角…
「おぅ!マリー!うちのギルとカルーが世話になったそうだな!にしても"山の主"を仕留めてくるたぁ驚きだ!流石『花の魔術師』様だなっ!」
準備の邪魔にならないようにと酒場の端っこの席に座っていた私達のところに、大きな酒樽2つを肩にのせた狼の半獣の男が話かけてきました。
「いいのよ、ギルにはクエストも手伝わせちゃったしね」
「おう!それだ、それ!ギルのやつがな、お前と互角の勝負をしたってうるせぇんだよ!ちょーしにのってるときにはコテンパンにしちまってやれよな!ガッハッハッ!!」
「うるせぇよ、おやじ!!それに勝負が引き分けだったのは事実だろっ!!?」
「そうね…。それにギルのが先に5匹仕留めてたし私の負けかな…」
半獣の人にくってかかるギル君にあわせるようにしてマリーが大げさにくびをふります。
「ガハハ!ここまで相手にされてねぇと悲しいな、ギル!!ま、相手が悪かったってこった!!」
「おい、ファル!サボってねーで手伝えよ!」
「おぅ、悪ぃなダン!じゃあまたあとで話聞かせてくれや!」
そう言うと狼の半獣のファルさんは宴会の準備へと戻っていきました。
それからまもなく日も沈み辺りも暗くなると酒場から賑やかな灯りが漏れだします。
「酒は持ったな、ヤロウどもっ!!世紀の気まぐれハンター『花の魔術師』マリーに乾杯だっ!!!」
「「「乾杯っ!!」」」
先程のファルさんの音頭で宴会が始まりました。
宴会は誰でも出入り自由の大判振舞で酒場の外まで様々な山盛りの料理がのせられた皿が机の上に並びます。
勿論今日の主役はマリーですからいつのまにか色々な人に囲まれどこかに連れてかれてしまいました。
私はギル君とカルーちゃんと一緒に美味しい料理が並ぶ机へと向かいます。
私はみたこともない料理が沢山並んでいたものですから少し食べ過ぎてしまいました。
そこでカルーちゃん達と広場の噴水の端に腰掛け少し休憩することにしました。
「うち、なにか飲み物とってくるね〜、あ!ギルも手伝ってよ?」
と言ってカルーちゃんはギル君を連れてそばの机へとジュースをとりにいきました。
私はその様子を目で追っていると誰かに名前を呼ばれました。
「あなたがアリスちゃんね〜、ってあら?故郷の懐かしい料理よりも、他の地方の珍しい料理のがよかったかしら?」
私がその声のする方を振り返ると髪の真っ白な美しい女性が立っていました。
片手には私の村でよく作られる山菜とお肉の炒め物の器をもっていました。
「あ、ありがとうございます。」
私はお礼を言ってその料理を受け取ります。
ジュースを手に戻ってきたカルーちゃんが私達に気付き少し驚きます。
「あっ、お母さんっ!」
私はカルーちゃんの言葉でハッとします。
この女性どことなくカルーちゃんに似ていたのです。
私の様子に気が付いた女性は自己紹介をしてくれました。
「あっ!そうね、自己紹介がまだだったわね。うちはベアシーナ・マーベル、みんなにはベティって呼ばれてるわ。そう、それとカルーの母。それとねー、うち半妖なんよ〜、だから〜アリスちゃんみたいな可愛い娘は食べちゃいたくなっちゃう!」
ベティさんはそう言うと満面の笑みで私へととびかかってきました。
私はびっくりして手に持ってる料理を零さないようにバンザイの格好をしてしまったため、逆にベティさんを受け入れる形になってしまいました。
「あー!お母さんまた飲んだなっ!」
私に抱きつき頬ずりをしていたベティさんをカルーちゃんが引き剥がそうとします。
「なら〜、カルーが身代わりになる〜?」
「あっ、しまった!やめてーお母さーん!」
ベティさんは私からパッと離れると今度はカルーちゃんに抱きついて撫でたり頬ずりしたりでカルーちゃんがもみくちゃにされてしまいました。
そこに大きな笑い声を響かせながらファルさんがやってきました。
片手には樽に取っ手をつけたような豪快なジョッキを持ってお酒を飲んでいました。
「ガッハッハッ!いつみても仲のいい親子だなっ!ギルも悪態つくばっかじゃなくて、もうちっと甘えてもいいんだぞ?」
「うっせえよ、オヤジ!」
「そうよ、ファル?煙たがられてるのあなただけじゃない?この前だってギル、ソフィに甘えてたんだから」
「ちょっ…ベティさん、それひみt…じゃなくて、オレそんなことしてないですっ!」
「あら〜ギルも可愛いとこあるのね〜」
いつのまにか私達のところに戻って来ていたマリーも混ざって、ニヤニヤしながらギル君をからかいます。
「それならオレもみたぜ、ギルがソフィに甘えてるところっ!」
「ちょ…ダンさんまで…」
ふらっと銀髪の狐の獣人が冗談をいいながらやってきました。
それに、ギル君は顔を真っ赤にして抗議します。
「子供は甘えとけばいいんだよ、ギル」
「なぁ、アリスちゃんもアリシアに甘えることあるだろ?」
「えっ?!!」
私は思わずファルさんに聞き返してしまいます。
だって急にお母さんの名前が出てくるからびっくりしてしまったのです。
ファルさんも少し驚いた様子で聞いてきます
「おろ?あれだろアリスちゃんってアリシアの子だろ?ほら、『氷雪の姫君』アリシア・ウォーカーの」
私はただポカンとしてしまいます。
確かにアリシア・ウォーカーは私のお母さんですけど『氷雪の姫君』だなんて名前には全然聞き覚えがありませんでした。
「あちゃー…言っちゃったか、ファル〜」
カルーちゃんに抱きついていたベティさんが片手で頭を抑えます。
マリーも首を振ってハァ…とため息をついていました。
「あ、なんだ?これ秘密だったやつか?」
「あんたねー、あのアリシアよ?そんな対した秘密ではないんだろうけど、アリシアが自分からそんなこと教えてるわけないじゃん」
「あっ!しまった!!今のなしっ!今の忘れてくれ!」
周りからファルさんに野次やブーイングが起きます。
私が状況についていけず困惑しているとマリーがスッと隣にやってきて説明してくれました。
「ま、バレちゃったものは仕方ないね…。あなたのお母さんと私は昔一緒に旅をしてたの。それと一時期、この旅団にも混じって旅をしてたわ。だから皆知り合い。アリシアはね、『氷雪の姫君』って通り名で呼ばれてたの」
「そうよ〜、アリシアってば凄かったのよ?『氷雪の姫君』って呼ばれ出したのも、旅団で劇やってる時に盗賊が乱入してきたことがあったんだけど、ソイツらをアリシアが瞬殺!氷漬けにしちゃったの!で、その時アリシアがヒロインのお姫様やってたから『氷雪の姫君』ってわけね!」
「え?え?お母さんってそんな凄い人だったの??それよりマリーと一緒に旅してて…ってあれ?マリーってもしかして私よりもずっと年上??ん?あれれ??」
「ん?そうよ!私マリーよりもずっと年上よ?」
またマリーは悪戯した時みたいな笑顔をしていました。
「そうだ、そうだ!マリー、お前全然成長してねぇじゃねーか!化けの皮剥がすぞっ!」
外野から愉しげな野次が飛んできます
「何よ、失礼ね!花のアロマ効果よ!アロマ!!デトックス凄いんだからっ!私、キツネみたいに化けたりしませんーっ!」
「おっ?言ったな!だがしかぁーし!おれらをそこら辺のキツネと一緒にされちゃあ困るっ!変化はおれ達一族のキツネだけの特権だぜ?」
マリーに野次を飛ばした銀色の狐の獣人がクルリと宙返りをすると、地面に着地する時には見た事もない異国の真っ黒な甲冑の騎士の姿へと変わっていました。
板のような金属を何枚も合わせたような鎧の兜にはとても綺麗な装飾が額についていました。
いつのまにか集まって来ていた人達が一斉に拍手や指笛で囃したてます。
「おれ達のルーツは遥か彼方、大地の東の果て!時は群雄割拠の戦…がぁぁぁ……」
そこまで言うと鎧の騎士は崩れ落ち、もとの獣人の姿へと戻ってしまいました…
「…酔ってる時に宙返りなんてするもんじゃねぇ……。すまん、誰か袋…」
笑いとブーイングの渦の中、その獣人の男の人は脇へと消えていきました。
私は少し気になったことがあったので、ベティさんからやっと解放され疲れた顔をしていたカルーちゃんに聞いてみました。
「ねぇ、カルーちゃん、その…『テイル・メイツ』って何をしてるの?」
「おっ!おれ達のことが気になるかっ!」
すぐ隣で話を聞いたファルさんがすかさず話に割り込んできます。
「ガッハッハッ!オイオイ!テイル・メイツが何かってっ?!!」
「「おれにゃあ聞くなっ!!聞くなら奴らに聞けよ!!奴らは語り部、街にぃ〜笑いと活気を届ける吟遊旅団!!」」
ファルさんの掛け声に合わせて周りの人達の大合唱が始まりました。
「おい、お前ら!あれやろうぜ、あれ!折角アリスちゃんがいんだ!」
「ま、やるならそれがいいわね。でも団長に許可無しに勝手にやっていいの?」
「ガッハッハッ!団長ならまたテラスとかからシルさんとこの騒ぎ眺めてんだろっ!」
「おぅおぅ!勝手に決めつけんな!」
声のする方を振り向くと2階のテラスに深い青の髪の男性がいました。
その隣では真っ白の雪のような狐の獣人の女性が手すりに頬杖をついて愉しそうに広場を見下ろしています。
「お前ら啖呵きったんだ!ここでやらねぇ手はねぇだろっ!だけどあれだ!さっきのダンみたいなのはすんじゃねぇぞ!」
「それでこそ団長だ!」
「おい、お前ら場所あけろ!場所!テイル・メイツの舞台が始まるぞ!」
「お?マジかマジか!」「これ逃す手はねぇぞ!」「今までの公演は仕事でみれなかったんだ!ありがたいぜっ!」
騒がしさが一気に増した広場からはどんどん机が動かされ、あっという間に簡易ステージが作られました。
私達は今日の主役ということでステージの一番前の特等席で見ることになりました。
カルーちゃん達は子供だから舞台には参加させて貰えないみたいで私達の隣に座っていました。
少しすると準備を終えたファルさんが舞台へとあがります。
「あー、あー、皆の衆、皆の衆。突然の公演にこんな多くの観客にきてもらってとても感謝している…。ってお前らっ!メシに釣られただけだろっ!!おれらもそうだがな!ガッハッハッ!!!お前らぁー!"山の主"は美味かったかぁー!!?」
「「おうともよー!!」」
劇を見にさっきよりもだいぶ増えた観客がファルさんの呼びかけに応え一気に広場は盛り上がります!
「とりあえず気まぐれハンターマリーに乾杯だお前らっ!それともう一人!今日の宴の立役者アリスちゃん!彼女はウォーカーの出だ!お前らも知ってる通り、ウォーカーはかのシューレンの血筋!!その旅路は有名だろうっ!ならば今日やる演目は『シューレン・ニク・マーヴェルの冒険』その中の一節!!『崩嵐の祈り』だぁー!!さぁヤロウども!舞台が始まるぞ!自由に聞いてくれて構わねぇがもう少し静かにしてくれやっ!」
大歓声と拍手に広場が包まれるとファルさんはお辞儀をして舞台袖へと引っ込んでいきます。
そして拍手がなりやみ訪れた一時の静けさの中からベティさんの語り出しが聞こえてきました。
『それは遠い昔、神話の時代のこと……
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