第六節:木立の中の勝負

「いいなっ!スノーラビットを多く捕まえた方が勝ちだからなっ!」

「えぇ、望むところよ!」


正午の太陽の木漏れ日が溢れる温かな木立の中、闘争心剥き出しの獣人の少年とマリーがバチバチと火花を散らしていました。

この勝負の始まりは酒場でのこと。そう、事の発端はマリー…


酒場の依頼板で同じクエストを受けようとして被ってしまった後のこと…。


「ま、被ってしまったものは仕方ないね。私達にしか出来ないもっーと難しい依頼でもしよっか、アリス」


と、マリーは依頼板から適当に別のクエストの紙をとり、いきなり挑発しました。

そんなこと言われればその狼の獣人の男の子が黙っているわけもなく…

「はっ!これは!か弱い女の子でもできる簡単な依頼をとってしまってはすまないねっ!!ここはおれ達が別の依頼をうけてもいいぜっ!」

「ふーん、もしかして簡単な依頼に変えたいとか??」

「そっちこそ、そんな背伸びして大丈夫か??」

不穏な空気が漂いだす中、マリーはニヤリとして提案します。

「ならさぁ、勝負!しない?」


私はマリーが突然喧嘩をふっかけるものだからヒヤヒヤしましたがそこまで物騒なことにはなりそうになく一安心…ですが、どう見ても喧嘩をふっかけたのはマリー…。

私は一緒にいた狐の獣人の女の子に謝りました。

「その…マリーがごめんね…。」

「あ、別にいいよ…ギルもギルだから…。あ、それより初めましてだよね?うちはカルメン。カルーでいいよ。で、あっちのオオカミがギルフット。」

「私はアリスよ。で、あの子はマリー。いきなりこんなになっちゃったけどよろしくね」

「うん、こっちもよろしく。」


私達がそうこうしてるうちにマリー達の方も勝負のルールを決めたようです。


「じゃあ、夕暮れまでにここに多くのスノーラビットを捕まえて来た方が勝ちだからな!いくぞ、カルー!!」

「あっ、ギル待って〜!」

そう言うとギル君とカルーちゃんは木立の中へと消えて行きました。


私はなんとなくマリーがこの勝負をふっかけた理由を予想していました。多分この勝負は私の魔法の練習…

「さ、アリス行くよ!あの二人を追いかけて!」

「え??ちょっと待ってなんでぇ?!!」

「なんでって色んな魔法が直に見れた方が勉強になるでしょ?あ、勿論スノーラビット捕まえるのはアリスの役目だからね?あの子より早く狩るの!頑張らないと負けちゃうよ!」

私が予想を軽々と飛び越える修行です…。

もうマリーは追いかけ始めていました。私も二人の後を追いかけることにします。


「あ?なんだよ…。お前達も付いてくんのかよ?獲物を横取りしようとかそんなんじゃねえよな?」

「なに?疑ってるの?そんな卑怯なことはしないから大丈夫」

堂々とそんなことを言ってのけるマリー。

サラリと受け流します。


「ま、なんでもいいけど邪魔はすんなよ」

ギル君はそう言うと木々の中へと鋭い視線を向けます。

私もそれに倣って耳をそばだてると微かに何かが擦れるような音がした気がします。

「なにかいるな…。ふぅ……。」

ギル君は深く息を吐き出し集中します。

ピンと張り詰めた空気の中、ギル君が詠唱を始めます。


『其れ自然の掟なれば、疾く捉え、…』


詠唱に合わせギル君の眼光には淡い黄色の光、魔法の輝きが灯りより一層鋭くなった眼光で獲物のスノーラビットを捉え…


『…疾く駆け、…』


目にも止まらぬ速さで疾駆しスノーラビットが逃げ出そうとする間もなく、ギル君は飛び掛り空中で身を捻りつつ狙いを定めます…


『…疾く仕留めよっ!!』


鋭い手刀がスノーラビットの首筋を捉え、地面に叩き伏せます。

まさに目にも留まらぬ早業というやつです

「わっ!すっごーい…」

私が小さく拍手しながら褒めるとギル君は少し頬を赤くしていました。

「う、うるせぇよ…。とりあえずおれ達が1歩リードだな」

「そうよ、アリス!頑張らないと負けちゃうよ!ほらっ、スノーラビット探してギルより早く仕留めるの!」

「はっ!それはムリだな!獣人の五感なめんなよ!」

そう言うとギル君は再び集中し次の獲物へと狙いを定めます。


「はっ!見つけたぜっ!『疾く捉え、疾く駆けれっべぇっふぇいっ!!!」


再び勢いよく駆け出そうとしたギル君は、何故か足元に生えてきていた木の根に足をとられ地面へと猛烈な勢いで叩きつけられました。


「ぶへぇっ!なんだこれっ?!!!」

「アリス!チャンスよ!!コイツがバカやってる今がチャンスっ!!」

「えっ?あっ…!!ごめん、ギル君っ!!『アイス・アロー』!!」


なんとなくギル君の足元の根っこの事情を察した私は一言だけ謝っておいてから魔法陣を展開します。そして淡い水色の魔法陣から放たれた氷の矢は、逃げ出そうとしたスノーラビットの後ろ脚に命中し動きを鈍らせました。私はそこにすかさず追撃をかけます。


「『アイス・アロー』!!」


今度の矢はスノーラビットの脇腹へと突き刺さりスノーラビットが地面に倒れ込みます。

仕留めたスノーラビットへとマリーが近づいていき様子を確認すると頷きました。


「うん、ちゃんとできてるね!上出来よ、アリス!これで私達も1匹目!並んだね!」


「だあっ!クソッ…!なんでこんなとこに根っこが…!ってか、さっきあったか?こんなのっ!!」


私はマリーの方をチラッとみると視線を逸らしていました。

私が疑惑の視線を無視してマリーは何か思い出したように私に近づき捕まえたスノーラビットを私へと差し出します。


「とりあえず初討伐って言うのかな?おめでと!まっ、こんなチャンスはもう多分来ないだろうから次からは一人で頑張るんだよ、アリス」


それから少し時間は流れます…


「なぁ…。お前達やる気あるの?」

「失礼ね、油断してると足元すくわれるよ?」

「だって…お前らさっきから1匹も狩ってねぇじゃん…」

ギル君の深いため息がきこえます。

それもそのはず、私は最初の1匹のスノーラビットを捕まえてから1匹もスノーラビットを捕まえていませんでした。

ギル君の方はというと今捕まえたスノーラビットで5匹目、クエストはスノーラビット10匹の捕獲ですのであと1匹ギル君がスノーラビットを捕まえたらギル君達の勝ちというわけです。

そして、私達はスノーラビットを捕まえるために悪戦苦闘してる…わけでもなくマリーの魔法の講義を私とカルーちゃんで聞いていました。

「ちっ…勝負にならねぇじゃねぇか…っと、ここにはもう居そうにねぇな」


「それで…どこまで話したっけ、アリス?」

「えっとね、簡易詠唱を説明し始めたとこだわ」

私は少し不機嫌なギル君の様子を伺いつつ答えました。

「ギルのことなら気にしなくて大丈夫。あとうちの予想だけどマリーちゃんいい勝負してる」

「アリス〜、こっちの話しをちゃんと聞きなさい?」

「あ、うん」

少しカルーちゃんの言葉が気になりましたがマリーの話へと意識を戻します。

「で、簡易詠唱っていうのは使い慣れた魔法の詠唱をイメージを思い起こすための詠唱だけに留めて、普通に詠唱するよりも早く魔法を使うこと。アリスの『アイス・アロー』なんかがそうだね」

「あれ?でもマリー、私『アイス・アロー』は最初からそこだけの詠唱だった気がするわ。それに『アイススロー』の時と同じ気がするのだけど…」

「いいとこに気がついたね。簡易詠唱でもやっぱり『言葉』の力って大事よ。アリスはもともと基礎が出来てたから「投げる」イメージから「矢を放つ」イメージに変えてあげるだけで上手くいったの。魔法陣を描くための詠唱は必要なかったってわけ」

「うーん、なんとなくだけどわかったかしら…」

「難しかったけどマリーさんの話はタメになるわ〜」

「あ?なんだよ、カルーまでそっちの味方かよ…。さっさとあと4匹かって終わりにしてy…」

「あ、ギル、ストップ。たぶんかかった」

「なんだよ…おれの邪魔するな…って…」


ドサッドサッドサッ!


ギル君の言葉を遮るようにしてツタに縛られたスノーラビットやブラウンベアー、さらにはとても大きな猪みたいな動物が茂みから飛び出し目の前に乱雑に積まれていきました。

「うん、スノーラビットが4匹とブラウンベアー3匹。あとスノーウィーボアが1匹ね!」

「な…お前、罠を仕掛けてたのかっ!」

「それより…これ、"山の主"じゃないん…?!」

「よし、これでギルとの勝負は引き分け!と、ついでにブラウンベアー3頭の捕獲も完了ね」

マリーはそう言いながら1枚の紙を取り出しました。それは1枚のクエスト依頼書。


『ブラウンベアー3頭のクエスト』


「助かったわ、アリスの魔法の練習をしつつブラウンベアー3匹とスノーラビット10匹は流石に面倒だったからね。ありがとう!!」

呆然とするギル君にマリーは笑いかけます。

マリーの計画性のよさに3人とも言葉も出ませんでした。

ですが、すぐにギル君がハッとしてマリーにくってかかります。


「なっ…てめぇ!ふざけやg…」

「それよりさ、スノーウィーボア!高級食材!しかも天然モノ!クエストも出てたんだけどこうゆうのは自分達で食べたいよね!一緒に食べない?これすっごく脂のってそう!」


しかしそのギル君の抗議もマリーに出鼻をくじかれてしまいました。

怒ろうとしたギル君は口を開いたまま固まりまた暫しの沈黙…。


グキュルルル…


沈黙を破ったのは多分ギル君のお腹の音。

固まったままだったギル君の顔は一気に真っ赤になりました。

それをみてマリーがニヤニヤします。

「おっ、正直なお腹だね〜!いいのいいの、気にしなくて!クエスト手伝って貰ったお礼とでも思って!」

「ま、まぁそこまで言うのなら仕方なくだなぁ…」

「変な意地貼らないの、ギル。だけどみんなのことはどうするん?」


「あ、旅団のことなら気にしなくていいと思うよ。あなた達『テイル・メイツ』の子達でしょ?」


「なんだよお前、旅団のこと知ってたのか」




「そうだよ、おれ達は吟遊の旅団『テイル・メイツ』の一員だ」

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