Encore.4 Beside Y 愛衣の場合
「あのさ
修学旅行もそろそろ折り返す、2日目の夜。佳乃――
「ん、何かあったの?」
努めて平静を装って訊き返す。
由梨がほかの人のことを意識している姿を見ると、つい思い出してしまうから。あの頃、私の声も届かないくらいにほかの人に夢中になっていって、それで最終的にひどく追い詰められてしまっていたことを。
『これね、犯罪だからね?』
『え、あ、あの、えっと、えっと……』
『今回はこうやって注意するだけで終わりだけど、今後この近くで何かあったら
『えっと、はい、すみませんでした、ごめんなさい』
由梨の家の前で、念を押すように厳しい口調で言うスーツ姿の人と、その目の前でただ泣きそうになって――いや、堪えきれなかった涙を目尻からぽろぽろ流しながら――俯いて謝ることしかできずにいた由梨。
どうして、由梨だけが責められるの?
悪いのは由梨を唆した、ううん、自分たちとの関係しか縋るもののなかった由梨を脅してあんなことさせたあいつらなのに……!!
でも、言えなかった。
クラスメイト達にも事情を聴くとかでやってきた人たちを前に平気で嘘を並べ立てられる――そのうえクラスの中心にいる――ような相手を前に、私がいくら声を上げたって、何にもならないって、わかりきってしまっていたから。
それに由梨は、ああなる前に散々私が言ってきたことを拒んで、自分から彼らとの関係を優先していったんだから。
だから、私は十分やって来た。
そんなことを考えて、由梨に何もしてあげられなかった自分を、思い出してしまう。
「うーん、何かね。佳乃ってさ、いつも弱みを見せないっていうか……、昔何かあったっぽいことはわかってるのに、そういうの話してくれないんだよね」
どこか拗ねたような返事をしてくる由梨。
うーん、この子はちゃんと学んでるのかどうか……、まぁ、姫河さんとは去年同じクラスだったし、悩みに悩んでいるときに一緒にいたから一応知ってはいるけど……。たぶん彼女にとって、あの頃のことはあんまり人に話してほしくないことなんだと思う。
それこそ、私と由梨の中学時代みたいに。
たぶん、姫河さんとの関係は、以前の私たちの関係に似ているんだと思う。由梨は、誰かにべったりな状態が当たり前みたいな子だったから。
それでも何となく。
「今度はそっちかぁ」
「えっ?」
「ううん、別に?」
たぶんこれは、私の個人的な感傷なんだと思う。
1番大変だった頃に何もしてあげられてなかった私には、どうしても踏み込めない一線があって。その分を、たぶん当時を知らないからこそ踏み込んでいける一歩があるのかも知れない、なんて。
思わず姫河さんに嫉妬したりしてしまう。何か、妙に負けた気分みたいで嫌だけどね。
「ねー、知ってるの? 知らないの? どっち?」
「うーん、別に私の口からいえることじゃないな~」
いろんな感情が私の背中を押したから、私はあえて何も言わないでおくことにした。「明日も早いんだから、寝といた方がいいよ? 由梨朝弱いんだから」と言ったら「えー」とか「けちー」とか色々返ってきたけど、まぁ、放っておこう。
星が綺麗な夜空の下でいつまでも起きていても、たぶん私の気持ちは定まらないから。
「あっ、そうだ、これ」
「え?」
水族館で由梨と姫河さんが2人で迷子になった夜。ふぅ、姫河さんが一緒なら大丈夫かと思ったんだけど、何かあの人もこの旅行で様子がおかしいぞ……?
そう思っていたときに由梨から手のひらサイズの何かを手渡された。
見てみると……
「あっ、懐かしい」
「でしょ?」
そこには、私たちが幼い頃に流行っていたキャラクター、チック☆タック♪ズーの顔だけビーズクッション。何となく気持ち悪い造形なんだけど、どうしてか私は無性にハマっていた。
「どうしたの、これ?」
「えっとね、佳乃と2人でお土産屋さんで待ってるときに何か見つけてさ、そういえば愛衣好きだったな、って。結局何のキャラなんだろねこれ」
照れくさそうに笑いながら、お風呂の準備とかを始める由梨。
思わずにやけてしまいそうになりながら、「ありがと」といつも通りの口調で返して、私もお風呂の準備を始める。どうしようかな、これ。どこかにぶら下げたいようだけど……、ほんとに何のキャラなんだろ。都市伝説だっけ。
そんなことをぼんやり思っていた背中に、一言。
「何かさ、愛衣って何だかんだでずっとわたしの傍にいてくれるよね」
あっ、これは駄目だ。
私は由梨が思ってるより単純なんだから。
「そっかな」
つい普段より弾んだ声を返してしまう。そんな私を見て、由梨がクスッと笑う。うぅ、何となく恥ずかしい……。
「元気になってくれてよかった、愛衣。たぶん、愛衣が元気ないのが1番やだからさ」
そこからの弾けるような笑顔は、たぶん幼い頃のままで。
あぁ、たぶん私はこの幼馴染から離れるとかはきっとないんだろうな、不確かなことだけど、何となくそう思った。
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